055-ラディカルに、心理学を

イアン・パーカー 八ッ塚一郎(訳) 2008 ラディカル質的心理学:アクションリサーチ入門 ナカニシヤ出版

 もう先週になりますが、筑波大で開催された質的心理学会に行ってきました。明和電機代表取締役社長、土佐信道さんをお迎えしてのシンポジウムに司会として参加するためです。

 シンポジウム会場は盛況だったかと思います。個人的には、土佐社長とゆっくりお話しすることができたことがなにより嬉しい出来事でした。

 ところで、会場の廊下にて熊本大の八ッ塚一郎先生と少しお話しする機会がありました。とある研究会で数回お会いしただけなのですが、私のことを覚えていてくださっていました。

 先生もこの大会でシンポジウムを企画されていて、私もそれにちょこっと顔を出していたので、それについて話を振りました。そのシンポは、先生が最近翻訳された、イアン・パーカーの『ラディカル質的心理学』に関連したものでした。

「新しく本を出されたんですね」
「はい、ああ、送りますよ」
「いやいや、そんなつもりじゃ」
「いや、ぜひ」

 そんなやりとりがあって、ご恵贈くださいました。謹んでお礼申し上げます。

 訳者である八ッ塚先生のあとがきによると、イアン・パーカー(Ian Parker)はイギリス生まれ、マンチェスターメトロポリタン大学の教授で、ラカン派の精神分析家でもあるそうです。

 本書は、研究方法について書かれた入門書です。ラディカルというくらいですから、本書で推奨される方法は、心理学における従来のそれとはまったく異なる考え方に基づいています。

 その考え方とは、以下のようなものと言えるでしょう。すなわち、心理学研究がすべきことは現象の分析や予測にとどまらない。最も重要なのは、わたしたちの社会について「未来的に構想」(p.2)することである。どのような社会を構想するかは自由でしょうが、落ち着く先は、人々にとってよりよい社会でしょう。

 ここからいくつかの原理が導かれます。たとえば、構想するにあたっての唯一の媒体である言語に注意すること、人々の中に潜在する視点の多様性を前提とすること、心理学の政治性について自覚すること、などなど。

 本書ではこれらの原理にのっとって研究することが可能な6つの研究方法が掲げられています。エスノグラフィ、インタビュー、ナラティヴ分析、言説分析、精神分析、アクションリサーチです。いずれもそれほど新しい方法ではありません。精神分析やアクションリサーチはほとんど前世紀の遺物として扱われてきたものでもあります。

 しかしパーカーは、これらを遺物としてではなく、自らも社会の一員である心理学者が、その住む社会を変えていくために必要なツールとして取り扱っています。社会の趨勢の変わっていくのをただぼんやりとながめているのではなく、むしろ積極的に介入し、変革していくこと。ここにパーカーの言う、ラディカルな質的心理学の矜恃があるのだと思います。

 翻訳は大変こなれていて、安心して読むことができます。訳注も豊富。巻末の文献一覧で、邦訳のある文献については邦題を併記していただけるとよかった、というのは一読者のわがまま。

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