054-半径300メートルの文化心理学

有元典文・岡部大介 2008 デザインド・リアリティ:半径300メートルの文化心理学 北樹出版

 常日頃よりお世話になっている、有元典文先生と岡部大介先生の新刊が出たようです。

「ようです」と書きましたけど、今、手元にありますので、確かな事実です。手元にあるのは、著者よりご恵送いただいたためであります。謹んで御礼を申し上げます。

 本書は、いわゆる、心理学における社会文化的アプローチや状況論といった理論的立場を踏襲して書かれた、心理学の専門書です。ですが、表紙からしてなにやらカッコイイ。また、ページをめくってみましても、随所に楽しい仕掛けがしてあります(17ページや、奥付の著者略歴をご覧あれ)。イラストも楽しく、それだけ眺めていてもいいくらい(148ページのイラストはキョーレツ)。おまけに、答えのない練習問題つき!

 サブタイトルに「半径300メートルの文化心理学」とあります。半径300メートルが指すところは、本書で扱われる対象が(「自分自身」を含めて)ごく身近にあることを指すのでしょう。なぜ100や200ではなく300メートルか?というのはさておき(たぶん、ここにも何らかの仕掛けがあるのでしょう)、対象の雑多さにまず目が引かれます。スタバや焼肉屋の店員、ケータイやプリクラで撮る写真、コスプレや腐女子のコミュニティ、そして、童貞。これらはいずれも、わたしたちがある程度の確信をもって日々行なう実践です。

 こうした実践にたいして目を向ける際の切り口が、「文化心理学」の指すところのものです。「文化とは現実の見え方のデザイン」(p.216)だというのが、著者らの立場です。わたしたち人類は、環境を変化させ、意味のある対象とすることを通して生きてきました。そうした変化が積もり積もったのが現在のわたしたちの生きる世界です。ですから、この世界には、先祖たちや同時代を生きる他者が仕込んだ仕掛けが満ちあふれています。

 ある仕掛けがあったとします。それを手がかりに生きる人もいれば、それが手がかりにならない人もいる。この二人の間では、「現実の見え方」がそもそも異なることになります。本書の例を使えば、「コスプレ者のルール」というのが仕掛けであり、コスプレコミュニティへの参加を通して、人はそれを手がかりとするようになっていきます。もちろん、この仕掛けも突然誰かが決めたわけではなく、社会的なすりあわせの帰結として生まれたものでしょう。

 本書を読む前に、ヴィゴツキーやレイヴ&ウェンガーといった理論書をとりあえず読んでおくことをおすすめします。そこで頭を悩ませ、学問の門の狭さに困惑したあと、本書を取り出してみてください。「研究って何を対象としてもいいんだ」「こんなことでも対象になるんだ」と、ぱあっと視界がひらけてくると思います。

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