2004年前半の日記より

dun (2004年6月30日 21:27)|コメント(0)| トラックバック(0)

040621
 北大では高校生を対象とした1日体験入学というイベントが毎年開かれる。「体験」なので,いくつかのコースに分かれて実際に90分の授業を受けてもらうのだが,今年は自分も担当することとなった。はて,何をしようかと悩んだ。せっかく幼児園という施設があるのだから,と,園庭の遊具でどのような身体動作が可能なのかを調べてもらうというプランを立てた。子どものころに遊んだ遊具について思い出してもらいながら自己紹介。その後,幼稚園設置基準から「すべり台,ブランコ,砂場の3つが園庭に設置されていること」という項目が削除されたことを紹介。ここから,子どもの遊び場をもう一度考え直してみることを提案し,いよいよ園庭へ。3人ずつ5チームに分かれてもらって,ブランコ,ジャングルジム,アスレチックジム,シーソー,築山の5つの遊具(最後のは遊具か?という声もあがったが)を使って可能な身体動作をすべてリストアップしてもらうという作業を行なった。リストアップされた動作をすべて演じてもらい,ビデオに撮影。部屋に戻ってビデオ鑑賞しようと思ったのだが,ここで時間切れ。最後はベンソンや佐々木正人さんの本を紹介して終わってしまった。高校生たちも,当方も,緊張してうまくいかない部分があった。来年以降はもう少し流れを洗練させてみよう。やはり授業は難しい。

040607
 数年前から全国をまわっている水俣展が札幌に来たというので,昼休みを利用して出かけた。北大正門脇の建物で開催されていたので,そんな気にもなったのだ。これが,電車を使わねばならないなどとなったら,たぶん行かなかった。他意はない。単に出不精なだけである。それにしても,と思う。魚を捕って暮らしていた人々は,その魚を売って生計を立てていた。だから,売れなくなることを恐れ,病気の発症に沈黙した。その魚を買う人々がいた。工場に働く人々もその一部だった。工場に働く人々は,働く場を相手取って金を要求する人々を殴りつけた。市は懸命に工場を誘致し,そして病気が出たあとも,懸命に工場を擁護した。一方を擁護するからには,他方を棄てなければならなかった。こうした関係性において,棄てられた人々がいた。市民は漁民を棄て,国はその市民を棄てた。大事なのは,この関係性が,経済がぐるぐる回るシステムにもとから潜在していたものだった,ということである。それがたまたま,九州の海辺であらわれた,ということだ。事実は一つであり,連鎖している。だからこそ,この連鎖のどの部分を「事実」として切り取るかによって,表現が大きく変わってくるのである。しかしこの連鎖は,あくまでもあるシステム上の出来事だ,ということを認識しなければならない。別のシステムには別の連鎖があるはずだ。人間は金を作った。しかし,金は人間を作れない。だから,経済と生命は別のシステムである。生命のシステムを経済という別のシステムで測定し,交換しようなどというのは,仏教とキリスト教のどちらが正しいかを判断せよ,というようなものだ(そもそも測定とか交換とかいう概念は経済システムを構成する関係性だ)。どちらもシステムである限りにおいて正しい。選択は信念の問題だ。そして,私は生命のシステムを信じる。(※書いていて,なんと猪口才な,と感じた。言語というシステムの上でだけ,何を分かったようなことを,とも考えた。その通り,批判は甘受する。ただ,言語システムに乗せた途端,自律的に動いてしまうので,いろいろと差し障りもあるかもしれず,可能な限りあいまいに書いた。なんだか分からん,という人は,言っていただければ酒でも飲みながらきちんと話します。)

040530
 もう酒飲むの止めよう。へろへろの胃袋をかかえるといつも思うのだが,実行したためしがない。ジョッキにビール2杯,お酒なら2合くらいが自分の適量だって,よ~く分かってるんだけどなあ。教訓1...飲み会では勝手に飛ばすな,のんびりと飲む人のペースに合わせて飲め。

040522
 「王の帰還」,ようやく観ました。「指輪物語」映像化の話を聞いたとき,衝撃的でした。かつて,ラルフ・バクシがアニメーションとして映像化したときには,中途半端な終わり方といい,不思議なもやもやっとした画面といい(そういえば,アニメに実写がかぶせられていたりもした),残念だった覚えがあります。調べてみると1978年の映画なので,たぶんぼくはバクシ版をテレビででも観たのでしょう。ともかく,「指輪物語」を映像化するのは不可能なのだ,と諦めていました。そういうわけで,実写による映画化,しかも,3部を3年がかりで公開,などと聞いたときは,正直なところ「頼むからもうそっとしてあげて欲しい」と思いました。さて,3部作を通して観たわけですが,まずは映像化の功績に拍手を送りたいと思います。しかしあらためて思うのは,「絵にも描けない美しさ」は,やはり絵に描けないのだ,ということです。と同時に,「絵にも描けない醜さ」も,描いてしまうと絵としての醜さになってしまう,ということも感じました。想像力というのは,やはり「力」であるのだなあ。でも,この物語が叙事詩である以上,「余白」があらかじめ排除されているのかもしれない,いや,余白は排除できないにせよ,そこに何かを託すということをはなから当てにしないのかもしれない,そういう気もしました。

040518
 義弟が那覇で働いている。義父母はもう1年も彼に会っていないそうで,妻の発案により,ぼくも含め4人で義弟に会いに沖縄へ。札幌との気温差20度はやはりこたえる。レンタカーを駆って2日間,昼夜と沖縄料理を楽しんだ。もちろん観光も,なのだが,義父母も妻も暑さにくたびれていたようなので,無理せずのんびりめぐることに。結局,那覇近郊の世界遺産巡りに終始した。次来るときは,1ヶ月くらい島でぐうたらな生活を送りたい。30年後くらいか?

040507
 ゴールデンウィーク中は遠出しなかった。行楽らしい行楽は,円山動物園に行ったくらいか。仔白熊のツヨシが,今かわいいさかりである。母熊は観客を威嚇しっぱなし。

040427
 おとといの新歓合宿,2日目に学生・教員入り乱れての大運動会というのがあるのだが,どうも張り切ってしまったらしく,体の節々が痛い。特に背中と脹脛と太股の裏。歩くたびに「うう」と唸ってしまう。故在って礼服を買った。これから着る機会も増えるだろうから,と思い,冠婚葬祭用の袱紗とともに揃えておくことにした。

040425
 昨日,今日と,日高へ。学部1年生の新歓である。去年も行った。昨年の台風や大雪の爪痕がところどころ,痛ましい。沢はすっかり崩れ,川を流れる水から濁りが取れない。山の白樺は雪の重みで幹ごとすっかり曲がってしまっていた。ということにお構いなしに,1年生は今年も元気であった。猛者は朝5時まで騒ぎ,6時半には起床したという。おじさんはほとんど飲まずに,さっさと寝ましたよ。そうそう,今年も「4年生ですか」という質問は健在だった。教員2年目,なんとか教員に見えるように頑張ります。

040422
 まず,「わたし」と同様に他者も思考する存在だとする。このとき,他者の思考を「わたし」は知ることができない。ゆえに,他者が「わたし」についてどのように思考するかも知ることはできない。他者とは「わたし」と思考を共有しない存在のことである。さて,「わたし」に対して,「わたし」に関する他者の思考を調べよ,という命令が与えられたとする。この命令は「わたし」にとって完遂可能なものか?答えは,ゆるやかに,可能である。但し,次のようにして。「わたし」がなんらかのアクションを起こし,それに対する他者の反応を観察し,その思考を推測することを通して。他者の反応を観察しないあいだ,原理的に,「わたし」は他者の思考を推測する根拠を持つことはできない。したがって,他者が「わたし」の行為に関して,「迷惑だ」という思考をするかどうか,「わたし」がなんらかのアクションをする以前に推測せよ,というのは不可能である。不可能なことは命令しても無意味だ。

040414
 ふっと思い立って,サイトの見た目を変えた。ファイルの構造を整理したついでに。

040408
 研究室が広くなった。部屋を共有していた院生が別の建物に移ったためだ。しばらく見ていなかった,幼児園の子どもたちも新学期になって戻ってきた。構内を歩けば,妙に上気した感じの,兄ちゃん姉ちゃんが歩いている。4月ってのは,こういうことだ。ぼくらが「4月」って言うとき,こういうことをすべてひっくるめて,そう言うのだ。この感覚を,意味と言うのだろうな。

040402
 札幌に来て1年が過ぎた。春はポプラの緑,夏は山の青,秋は銀杏の黄金,冬は天地の白,みんな見てきた。仕事では,教員として,そして本格的な研究者として,何ができるのか試した1年だった。ときどきは研究発表をしたし,論文のようなものもちょこちょこ書いた。共同で何かをやろうと,うろうろと動き回ったりもした。気がつくと,ズボンの腰回りが少しゆるくなっていた。今日,サスペンダーを買った。ベルトからサスペンダーへ。ささやかな新年度の儀式である。

040331
 今月末の本人動向。21~23日,白百合女子大にて発達心理学会に参加。この学会でのポスター発表は実に4年ぶり。毎年参加はしていたのだが,発表するネタがなかったのだ。自分ではイロモノ研究だと思っていたのだが,意外と興味を持ってくださる方がいて驚く。25~27日,名古屋にてグレゴリー・ベイトソンを読む会に参加。この合宿,気兼ねなく参加できる数少ない研究会なので,飲み会のペースも上がる。レジュメの準備を前日までしていたこともあり,ついに記憶をなくした。どうも風呂でなにか叫んだらしいのだが,さっぱり覚えていない。それでも,手羽先,どて煮,いずれもうまかったことは強烈に覚えている。29日,筑波で開かれた研究会に参加。ごくごく内輪の集まりかと思って行ったら20人弱もいて驚く。ここ半年関わっているプロジェクトの参考に,いろいろと尋ねる。打ち上げは,自分の飲み助人生が始まった思い出の居酒屋にて。安心したのか,ここの記憶もところどころ欠けている。記憶をなくすというのは困ったことだが,こういうとき,健忘というのはどういう感覚か,が身をもって確認できるので面白くもある。

040315
 身内の結婚式があり,代官山へ行く。10時から親族紹介があるということを事前に電話で聞いていたはずなのだが,すっかり失念しており,案内状にあった11時半にのこのこ出かけていくと,親族一同どうしたのかと心配していた。こういうときに限って,携帯電話を家に忘れているし。どうもこのたびはすみませんでした。

040305
 ものを書くとき,書き出しに困ったなら,「書き出しに困っている」ということから書き出せ,と言っていたのは誰だったか。自己言及が創作を可能とする,つまり意味を開闢するという点で面白い。ある時代までの数学者や論理学者は人間の知り得る最も美しいトートロジーこそが数の集合だと考えていた。しかしゲーデルという変な人が現れた途端,トートロジーを語るこの私をトートロジーに含めると,そのトートロジーは美しくないものになってしまった。不完全性定理である。しかし,このトートロジーもおそらく意味を開闢するはずである。不完全(=証明できないものを含む,かつ,矛盾を含む)だからなのだろうか。

040221
 紀要執筆のための研究会を終えた足で知人の結婚お祝いパーティへ。ごくごくカジュアルな集まりなのだろうと思っていったら,披露宴に近いもので,出席者はみな正装をしていた。自分はいつもの出で立ちだったこともあり,また,途中からの参加ということも手伝い,隅の方で大人しくしていた。お開きのあと,一緒に出席していた院生とすすきのへ。今月いっぱいで札幌から名古屋へ引っ越す友だちとその旦那さんとワインバーで合流し,夜中の3時まで飲む。

040217
 流山,竜ヶ崎に出張。保育にわらべうたを取り入れている保育園,幼稚園を参観する。両園長先生のお話は最初から最後まで説得力に満ちていた。本ばかり読んで「わらべうた研究者でございます」などと猪口才な研究者など足元にも及ばぬ(無論,私のことである)。たとえば,「取り入れている」と言っても,保育者がオルガンを鳴らし,昔の懐かしい歌を歌うというのではまったくない。わらべうたは遊び歌でもある。保育者と子どもたちの生の声が唯一の楽器であり,また遊びの道具である。生の声が道具となるにはどうすればよいのか?そのような環境をつくる作業も並行して行なわねばならない。では,「そのような環境」とは何か?ここが目から鱗のポイントなのであるが,わらべうた遊びが可能な環境の条件とは,「静かであること」なのだそうだ。せっかく手を繋いで輪になって遊んでいたとしても,まわりにいる子どもがぎゃあぎゃあしていては,歌が歌にならない。遊んでいる子ども同士でも聞こえないのだ。私のように,周辺の園からもたびたび見学が来るそうである。しかし,その園にわらべうた遊びが定着することはあまりない。歌だけを移植したところで,それが育つだけの土壌がなければ立ち枯れするに決まっている。良い保育実践の「良さ」が発現するためには,環境や生活の流れにきちんと埋め込まれていることが必要なのだ。幼児のわらべうた研究は,歌がいかにして生活に埋め込まれているのかに注目しなければならない。

040210
 1月末からここのところ猛烈に忙しかった。通常業務以外にも,海外からのお客さんの接待や(と言っても僕はほとんど何もしてないのだが),研究会の準備やなんやかやで,わたわたと動き回り,ついに顔に吹き出物までできた。先週末から札幌では雪祭りが開かれる。それにあわせて妻が遊びに来たので,真駒内と大通りを2日に分けて見て回った。思ったよりも雪像はでかいものだった。でもあれはたぶん,作る方が楽しい。

040128
 出張で筑波,流山,立川と転戦。どうも出先で本を買う癖がついた。時間が余ると本屋でつぶそうとする。すると,買う気のなかったものまで手に取ってしまうのだ。普段は専らアマゾンに頼っているため,目的の本しか買わない。しかし,本屋に足を踏み入れると,途端にいけない。

040121
 卒論発表会,修論発表会がこの2週間で立て続けに開かれたが,なんとか終わった。卒論生と院生のみなさま,お疲れさまでした。それにしても,といつも思うのだが,執筆経過を見ている者からすると,発表の際にはまがりなりにも形になっているのが実に不思議である。そういえば自分の修論はどうだったか。1月締切りにも拘わらず,確か12月までデータを取っていたのではなかったか。やっぱり不思議だ。

040115
 どうやら虫歯は奥歯以外にもあったらしい。時間がなかったのでそこは次の治療に回すことに。三十路を目前に控え,生命維持の根幹である歯にガタがきているようだ。そんなことを考えながら夕食をとる。詰め物をしたところに違和感。噛み合わせがうまくいっていない。そのうち慣れるものだろうか。それとも医者が下手なのか。次に訪ねたとき尋ねてみよう。

040107
 久々に歯医者に行った。奥歯に詰めていたものが正月に取れたのだ。診てもらうと,どうやら虫歯があるらしい。詰め物の下で進行していたのだろうか。さほどの状態ではないらしく,ちょっと削ってもらい,歯の形に合わせてもう一度詰め物を作り直した。というわけでただいま顔の左下半分が麻酔のためじんわりと無感覚である。無感覚のはずだが,なんだかじんわりとしている。

040105
 学部新年交礼会というのを終え,昼間から酔っぱらって今画面に向かっている。遅ればせながら,『千年女優』観ました。さて,創作の過程は決してリニアではないですね。もちろん冒頭から書き始めてもよいし,真ん中からでもよい。とすると,最後の一文が創作過程の劈頭にあってもよいわけです。現に,「さよう,スナークは,たしかに,ブージャムだったのだ」というセンテンスを思いついたルイス・キャロルは,それを最後の一文とする詩『スナーク狩り』を書き上げました。で,『千年女優』ですが,これもやはり『スナーク狩り』と同じプロセスを辿ったのではないかと思うのです。(これを書いている時点で,今監督のインタビューや『軌跡』など未見である。) 以下追記。上記予想は大はずれでした。当初の企画書には,「老女優の語る一代記」と書かれてあったようです(040112)。

040104
 みなさま あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

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