FW1 22-24

dun (2005年8月31日 23:33)|コメント(0)| トラックバック(0)

     and their upturnpikepointandplace is at the knock out in the park where oranges have been laid to rust upon the green since devlinsfirst loved livvy.

 そいつがひっくり返った地点場は公園でぶっ倒れたところ、デブリン人が最初にリヴィに恋して以来、オレンジが緑を錆びつかせようと覆いかぶさっていたところ。

 upturnpikepointandplace: upturn(ひっくり返す) + pike(槍、尖った山、カワカマス) + point and place
 turnpike(有料道路)も見える。ダブリンの西、フェニックス・パークのあるあたりがチャペリゾッド(Chapelizod)だが、そこにturnpike roadがあった。

 knock: キャッスルノック(Castleknock)。フェニックス・パーク西側にある地名、公園入口がある

 Orange ... Green: アイルランド国旗は白をオレンジと緑とではさんだ三色旗である。オレンジはプロテスタントを、緑はカトリックを、それぞれ象徴する。
 バスク地方で「オレンジ」を表す言葉の語源は、「最初に食べられた果実」(アダムとイブが食べたもの)*1

 rust: 錆、オランダ語で「休眠(rest)」

 devlinsfirst: Dublin + first、devil + firstも?オレンジがイブの果実を象徴するなら、「devil first loved Liffey(悪魔が最初に愛したリフィ)」と読める?

 livvy: Liffey川。FWでは川は女性原理の象徴となる。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.

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泣きと不安

dun (2005年8月31日 23:32)|コメント(0)| トラックバック(0)

 赤ちゃんの仕事は泣くことだと言うが、生まれて3週間目のアマネもご多分に漏れず、何かあると泣く。

 腹がすくと泣くのはある程度予測がつく。2~3時間おきだ。

 ところが、授乳後しばらくぐずつくことがある。授乳中に満ち足りた顔をして吸うのをやめる。おなかいっぱいかな、とゲップをさせて、寝床に降ろす。するととたんに、ふにゃふにゃとぐずつくのである。

 夕方、沐浴をさせてからだいたい夜10時くらいまでこのような状態が続く。

 本人に聞かないと分からないが、おそらくお腹はいっぱいなのだろう。ただ、母親から離して寝床に置こうとすると、急に目の前から栄養源が消えるわけで、それが不安なのではないか。それで泣いているのでは、と疑っている。

 ただ、母親にはそのぐずりがこたえるようで、「おっぱい足りてない」不安がむくむくとわくようだ。確かに、おっぱいは夕方になるにしたがい出が悪くなっているようだ。だから、お腹いっぱいになって休んでいるのではなく、吸っても出ないので吸い疲れ、でもまだ空腹なので泣くというわけで、頻繁に吸いたがるのではないか。母親はこのように心配している。

 むしろぼくは、「おっぱい足りてない」不安につかれた母親の方が心配だ。赤ちゃんは少々お腹がすいていても、少々泣いても、どうということはない。実際、体重が生後3週間でついに4000gの大台を突破したらしい。足りてないわけがない。

 母親ですらそのような不安をかかえながら授乳させている。それを第三者がわざわざ言葉にして母親に向けたとき、激しい感情を引き起こす可能性は高い。産院で開かれたプレママセミナーに出席したおりに聞いた話だが、新生児の母親が一番嫌がる言葉が、実は「おっぱい足りてないんじゃないの?」なのだそうだ。

 そうした不安を解消すべく、泣きの原因を別の角度から解釈し直すのは、なかなか母親ひとりでは難しいだろう。そういうとき、別の視点をもつ第三の人間の役割が活きてくるのではないか。父親でもよいだろうし、誰か他の身内の人間でもいい。知り合いでも、医療従事者でも、テレビ番組でもいい。

 むろん、立場や経験が違えば、おのずと言うこともかわってくる。だから、誰の言うことを聞けばよいのか分からないと、かえってパニックになる人もいるだろうけど。

 答えは目の前の赤ちゃん自身に隠されているのだから、まずはかれをじっくり眺めることが必要なのは間違いない。ただ、泣きの原因についてさまざまな角度から赤ちゃんを眺められるのもまた、第三者だろうと思う。

 ふと思ったが、おっぱいを物理的にあげることのできない人間が、その制約を通して、おっぱい以外の泣きの原因を発見できるのではないか。逆に、おっぱいをあげられる人間は、それがあるからこそ、おっぱい以外の原因を見つけることができにくくなるのかもしれない。

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FW1 18-21

dun (2005年8月28日 23:31)|コメント(0)| トラックバック(0)

     The great fall of the offwall entailed at such short notice the pftjschute of Finnegan, erse solid man, that the humptyhillhead of humself prumptly sends an unquiring one well to the west in quest of his tumptytumtoes:

 塗り壁の崩落はあっと言う間にしっかりした奴フィネガンのつつーい落を引き起こし、そのこぶ丘頭がずんぐり足っちょを探しにずいぶん西へと探し物好きを送り込む。

 前の1文から、転落のモチーフが続く。ここでようやく、本のタイトルにあるフィネガンの名が出てきた。

 彼はアイルランド民謡'Finnegan's Wake'に登場するレンガ職人ティム・フィネガン(Tim Finnegan)。ヨーロッパには、アイルランド人はみな酒好きというステレオタイプがあるが、彼も噂に違わず酒が好き。ある日酔っぱらってハシゴに登ったため、そこから落っこちて、頭をかち割ってしまう。
 死んだと思った知り合いは、ティムを囲んで通夜騒ぎ。アイルランドの通夜(Wake)では集まった人で酒を飲み、死体を囲んで賑やかに宴会をする。ある人が飲んでいた酒をあやまってティム・フィネガンにこぼしてしまう。するとティムさん飛び上がり、「やあ、死んだと思ったんかあ!」
 Joyceは、この歌から「死と再生」のモチーフを借りて、FWの中に溶かし込んだ。民謡のタイトルからアポストロフィを取り去ることで、たった一人の死と再生ではなく、あらゆるフィネガンたち(Huckleberry Finnや、Fin MacCoolなどのFinnたちも含めて)の死と再生の物語へと回路を開いたのである。

 offwall: off the wall(奇妙な)、Wall Streetの外(Off Broadwayと似たようなもの)?

 entail: イギリスの法律用語で「限嗣相続財産」。en(~にする) + tail(尾)、「結果として~という状態にする」といった意味か。

 at such short notice: 強調のsuch + at short notice(急いで)

 pftjschute: pftjs + chute(フランス語で「落下」)。フィネガンの転落する擬音。

 erse: Erse「(スコットランド系の)ケルト族の」。

 solid man: アイルランド民謡、'The Solid Man'。ミュージック・ホール歌手William J. Ashcroftによって一般に広められた*1

 humself: himself、hum(ブツブツ言う、鼻歌を歌う)。

 prumptly: promptly(急いで)、plump(まるまる太った、ドスンと落ちる)。

 humptyhillhead ... tumptytumtoes: hとtの頭韻。
 head(頭)とtoes(つまさき)が見えるが、これはダブリンの地下にまどろんで横たわると言われる英雄フィン・マクールFinn MacCoolのもの。ホウス岬がその頭だとする伝説がある。頭をホウス岬とすると、足先はダブリンの西にあるフェニックス・パークPhoenix Park)にあたる*1。この公園の名の由来は、アイルランド語の"Fionn Uisce"(透明な水)。園内に泉があったことから。ということは、wellには「井戸」の意味もあるか。
 Humpty Dumptyも見える。民謡ではティム・フィネガンがハシゴから落ちたが、ここの1文ではマザーグースに出てくるハンプティ・ダンプティが、塀の上から落下する。
 humpy(こぶだらけの)、dumpy(ずんぐりした)。

 unquiring: enquiring(取り調べ) 。

 in quest: inquest(査問)、in quest of(~を探して)。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.

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家庭生活1週間

dun (2005年8月28日 23:30)|コメント(0)| トラックバック(0)

 わが子アマネが家にやって来て1週間が経った。

 毎日、ほぼ2、3時間おきに母乳を呑み、それと同じかそれ以上の回数、おしっことうんちを吐き出している。正確な体重は量っていないが、ほっぺたがみるみるうちにふくらんでいる。

 へその緒が取れてすぐの頃、へそから血がじゅくじゅくと出ていた。不安になったが、それも家に来て4~5日したらかさぶたになった。

 泣くのにも何種類か原因があるようだ。2時間おきに来るのが「おっぱい欲しい」の合図、授乳直後もぞもぞと起きているときに「びい」と泣くのが「かまってくれ」の合図。紙おむつだからかもしれないが、おしっこやうんちが気持ち悪くて泣くということは、いまのところない。

 心配しても始まらない日々がある。

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FW1 15-18

dun (2005年8月27日 23:29)|コメント(0)| トラックバック(0)

     The fall (bababadalgharaghtakamminarronnkonnbronntonnerronntuonn- thunntrovarrhounawnskawntoohoohoorderenthurnuk!) of a once wallstrait oldparr is retaled early in bed and later on life down through all christian minstrelsy.

 転落(バババダルガラタカミナロンコンブロントンネロンタントントロヴァロウンアウンスカントゥーフーフールデレントゥルヌック!)、かつてウォール街の老人の話は、クリスチャン吟遊詩人たちによって、初期にはベッドで、やがて巷間に語り継がれていく。

 bababa...以下、ちょうど100文字あるこの単語は、もちろん転落したときの擬音だが、雷鳴を表すともいわれる。ここには各国語で「カミナリ」の意味をもつ単語がちりばめられている。以下、McHughの注釈に載せられているものを挙げていく。

 bababa...: Babel?
 ...kamminarronn...: kaminari 日本語
 ...konn...: karak、ヒンドゥスタニー語
 ...bronn...: brontao、ギリシャ語
 ...tonnerronn...: tonnerre、フランス語
 ...tuonn...: tuono、イタリア語
 ...thunn...: tun、古ルーマニア語
 ...trovarr...: trovao、ポルトガル語
 ...awnskawn...: aska、スウェーデン語
 ...toohoohoorderen...: tordenen、デンマーク語
 ...thurnuk: tornach、アイルランド語

 wallstrait: ウォール街(Wall Street)。ウォール街で転落といえば、1929年の暗黒の木曜日のことだろう。
 well-straight(まっすぐ)も見える。まっさかさまに「転落」したのだろう。

 Old Parr: 今ではスコッチウィスキーの名前で知られるが、これはもともと、152歳まで生きたというイギリス生まれの人物、Thomas Parrのこと。
 parr: サケ科の魚の幼魚、とするならば、Oldparrは「老幼魚」。「昨日生まれた婆ちゃんが...」のようなもの。
 フランス語でpere(父)も見える。

 retaled: re + tale(ふたたび物語る)。次の一文にentailedがある。taleとtailの語呂合わせは、『不思議の国のアリス』にも出てくる有名なもの。

 early in bed and later on life: 成句"Early to bed and early to rise"(早寝早起き)。

 christian minstrelsy: 字義通りに読めば、クリスチャン吟遊詩人。同時に、フォスターの時代、19世紀前半のアメリカで人気を博したミンストレル・グループChristy's Minstrels
 ministryもあるか*1


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.

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若手とは

dun (2005年8月27日 23:26)|コメント(0)| トラックバック(0)

 野暮用で非常勤先の大学へ。偶然、知り合いのM先生に遭う。

 十月末に開かれる小さな学会で、M先生とともにシンポジウムのスピーカーになっているのだが、話す内容について相談。学会の実行委員会が企画した(のだと思うのだが)シンポだが、提案されたたたき台には「若手研究者からの発信」というサブタイトルがついていた。

「なんでわざわざ若手であることを強調するのだろう」とM先生は疑問に感じてらしたようだ。

 夕方過ぎから、学部で研究交流会。

 この9月に転出される同僚に、これまでの成果を発表してもらい、そのあと壮行会を開こうという趣旨。

 集まったのは発表者含めて6名。2000年以降に赴任した「若手教員」というくくりで集めた。

 S先生のフィールドはインドで、初等教育にかんしてどのような問題があるのか、これから自分の手で掘り起こしていくのだという決意表明として聞いた。

 発表終了後、場所を移して札幌駅北口の飲み屋へ。幹事をしていたのと、酔っぱらってしまったのとで、何を話したのかあまり覚えていない。安心して酔っぱらえたのは、緊張していなかったからだろう。年の近い「若手」の集まりだったからこそ。

 「若手」の意義について考えた1日であった。

 翌日、宿酔でトイレと布団を往復したのも、まだ自分が若造であることの証か。

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常磐新線開業

dun (2005年8月24日 23:02)|コメント(0)| トラックバック(0)

 本日、常磐新線が営業を始めた。

 現在は「つくばエクスプレス」という名前で呼ばれているようだが、元・地元民としては、土地の買い取りや工事の様子を眺めていた頃の呼び名、「常磐新線」が落ち着くのである。

 平成17年開業、ということは相当以前から言われていた。確か十年前にはもう開業年度は決まっていたのではないか。聞いた時には、ずいぶん先のことと感じていた。

 いまや「そのとき」が来たったのである。大げさかもしれないが、1999年7の月に感じたのと同じくらいの、「ついにきた」感なのだ。

 今度里帰りしたときにでも、話の種に乗ってみよう。個人的には、秋葉原ではなく、浅草に降りて、ぶらついてみたい。

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FW1 12-14

dun (2005年8月23日 23:01)|コメント(0)| トラックバック(0)

     Rot a peck of pa's malt had Jhem or Shen brewed by arclight and rory end to the regginbrow was to be seen ringsome on the aquaface.

 ジェムかシェンがアーク光のもとでパパのモルトをたっぷり腐らせ醸造し終えると、真っ赤な虹が水面に円く見えようとしていた。

 a peck of ... malt: "O, Willie brew'd a peck o'maut"という歌*1

 Jhem or Shen: Jameson
 Shen: shen(中国語の「神」)*1

 brewed: ウィスキーは醸造しない(distillする)。醸造するのはビールだ。ここにはJamesonと並んで知られるアイルランドの酒工場、Guinness breweryが入っていると言うが*1

 arclight: アーク灯。この文の後半にrainbowが見えるので、arc(弧) + light(光)。

 rory: アイルランド語で「紅(red)」*2。roridus(ラテン語で「露でじっとりした」)*1

 rory end to the ... :アングロアイリッシュの言葉で、bloody end to the lieは、no lie(本当だよ)*1

 rory end to the regginbrow: At the rainbow's end are dew and the colour red*2

 regginbrow: Regenbogen(ドイツ語で「虹」)*1、rainbow

 ringsome: ringsum(ドイツ語で「囲んで」around)*1

 この1文には、創世記第9章のイメージがかぶせられている。Joyceはここに関連して、"When all vegetation is covered  by the flood there are now eyebrows on the face of the Waterworld"と書いている。水の世界の顔に眉?水面に映った虹のメタファであろうか。
 ノアは洪水がひいた後、葡萄を作ってワインを醸造(brew)する。
「爰にノア農夫となりて葡萄園を植ることを始しが 葡萄酒を飲て醉天幕の中にありて裸になれり」(創世記第9章20節~21節)
 arclightにはArk(ノアの方舟)が見える。
 rainbowは、神とノアとの契約の証でもある。
「神言たまひけるは我が我と汝等および汝等と偕なる諸の生物のあいだに世々限りなく爲す所の契約の徴は是なり 我わが虹を雲の中に起さん是我と世とのあいだの契約の徴なるべし」(創世記第9章13節~14節)
 aquafaceは洪水の水面でもある。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. pp.316-7

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FW1 11-12

dun (2005年8月22日 22:53)|コメント(0)| トラックバック(0)

     not yet, though all's fair in vanessy, were sosie sesthers wroth with twone nathandjoe.

 ヴァネッサにしたらなんでもありだが、双子姉妹が二人で一人ジョナサンに怒り狂ったのもまだのこと。

 all's fair in ... : All's fair in love and war.(ことわざで、「恋と戦は手段選ばず」)。

 fair in vanessy: ウィリアム・サッカレー"Vanity Fair"(『虚栄の市』)*1

 vanessy: Vanessa(後述)

 sosie: フランス語で「瓜二つの人間」、saucy(生意気な)

 sesthers: sisters(姉妹)
 また、ここにはEstherも読める。これは、ジョナサン・スウィフトをめぐる二人の女性、エスター・ジョンソン(Ester Johnson、愛称ステラStella)とへスター・ヴァナミリー(Hester Vanhomrigh、愛称ヴァネッサVanessa)を指す。

 twone: two-one 「二人で一人」の意味ならば、エスターの名を介してステラとヴァネッサが一人であること、「一人で二人」の意味ならば、一人のスウィフトが二股かけることだろう。

 nathandjoe: スウィフトのファーストネーム、Jonathanの転倒。スウィフトの名前を使ったこうした遊びはヴァネッサもしていたようだ*1


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.

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FW1 10-11

dun (2005年8月20日 22:52)|コメント(0)| トラックバック(0)

     not yet, though venissoon after, had a kidscad buttended a bland old isaac:

 小憎が老盲凡アイザックを突っつきだましたのも、もうすぐあとだが、まだのこと。

 この一節について、Joyceはこうメモしている。
 The venison purveyor Jacob got the blessing meant for Esau*2
 鹿肉を調達してきたヤコブが、エサウに与えられるはずの祝福を得た。
 これは、創世記第27章のエピソードである。アブラハムの息子イサクとその妻リベカには、エサウとヤコブという双子の兄弟がいた。年老いて目も見えなくなったイサクは、父アブラハムから受け継いだ神の祝福を受ける権利(すなわち、族長の地位)を長子エサウに渡そうとしていた。鹿肉で作った料理を食べさせてくれればその権利を渡そうと約束し、エサウは勇んで狩りに出かけた。
 ところが妻リベカは弟ヤコブにその権利を与えたかったため、一計を案じた。

「而してリベカ家の中に己の所にある長子エサウの美服をとりて之を季子ヤコブに衣せ 又山羊の羔の皮をもて其手と其頸の滑澤なる處とを掩ひ 其製りたる美味とパンを子ヤコブの手にわたせり 彼乃ち父の許にいたりて我父よといひければ我此にありわが子よ汝は誰なると曰ふ ヤコブ父にいひけるは我は汝の長子エサウなり我汝が我に命じたるごとくなせり請ふ起て坐しわが鹿の肉をくらひて汝の心に我を祝せよ」(文語訳聖書 創世記 第27章15節~19節)

 したがって、以下のように読める。
 venissoon: venison(鹿肉) + son(息子)
 kidscad: kids(子ヤギ) + cad(卑劣なヤツ)。McHughはkidscadにtrickを読んでいるが?
 a bland old isaac: a blind old Isaac(盲目老人イサク

 同時に、この一節は19世紀のアイルランド独立運動の文脈で読むこともできる。
 まず、old isaacとはアイザック・バット(Isaac Butt)のこと。そう言えば、buttendedが見える。
 バットは、アイルランド自治を訴えた自治連盟(Home Rule League)の創設者。
 彼に代わって二代目リーダーとなったのがチャールズ・スチュワート・パーネル(Charles Stewart Parnell)。彼の子どもの頃のあだ名がButthead(頑固者)*1。バットを追い出したからbutt-endということでもある。

 venisoon: very soon*1

 buttended: buttendには「バットの先で突く」という意味もあるらしい。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. pp.316-7

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FW1 9-10

dun (2005年8月20日 22:50)|コメント(0)| トラックバック(0)

     nor avoice from afire bellowsed mishe mishe to tauftauf thuartpeatrick:

 遠くの炎より声が、泥炭洗礼ペトリックに、我へ我へモーセと鳴りひびいたのもまだ。

 この一節についてJoyceはこう説明している*2
 "The flame of Christianity kindled by St Patrick on Holy Saturday in defiance of royal orders"
 「王の命令に抵抗して、聖土曜日に聖パトリックがキリスト教信仰の炎をあげた」。
 これは以下の逸話を指すと思われる。「ターラの丘で諸王が集う祭りの日には王宮に灯りがつくまで何人も火を焚いてはならないという決まりごとがあった。セント・パトリックはこの掟を破ってターラの丘の向かいにあるスレーンの丘で火を焚いた。これに怒った王は彼を殺そうとしたのだが、次々と奇跡が起こった。彼が焚いた火は消そうとしても消えず、ドルイドとの対決にも勝った。恐れた王たちはついにキリスト教に改宗したのだそうだ」(海老島均・山下理恵子(編著) アイルランドを知るための60章 明石書店 p.173)。(9/4追加)
 聖パトリックによるアイルランドへのキリスト教の布教がモチーフとなっている。キリスト教と聖書はFWの背後に常に見え隠れする要素だ。

 avoice: a+voice、avoid?

 afire: a+fire、from afar(遠くに)

 bellowsed:
 bellows(ふいご)。火をおこす道具であるが、アコーディオンやパイプなど共鳴楽器に風を送り込む装置でもある。
 bellow(どなる、とどろく)。Joyceは何がbellowしたのかについて、以下のように注釈を加えた*2。"the response of the peatfire of faith to the windy words of the apostle "。伝道者の虚言に対する、信仰の熾き火による応答、ということか。

 mishe mishe: mise(アイルランド語で「私をme」)。

 tauftauf: turf(泥炭)、taufen(ドイツ語で「洗礼baptise(pdf)」)。

 thuartpeatrick: "Thou art Peter and upon this rock etc"を1語に圧縮。
 thou artは古い英語でyou are。引用したのは新約聖書マタイ福音書16章18節の、イエスの言葉である。ラテン語で"Tu es Petrus et super hanc petram aedificabo Ecclesiam meam."「汝はペテロなり、我この磐の上に我が教會を建てん」(文語訳新約聖書より)。
 原文では、Petrus(ペテロ)とpetram(岩)の語呂合わせがなされている。ペテロはイエスの12使徒のひとりであり、カトリック初代教皇。

 thuartpeatrick: 聖パトリックSaint Patrick。アイルランドの守護聖人で、彼の地へキリスト教を伝道したことで知られる。

 fire ... bellows ... taufと、炎のイメージが続くが、thuartpeatrickにはpeat(泥炭)が見える。ということは、mishe misheにはmoss(こけ)もひびくか。
 McHughはmishe misheにMoses, Moses(モーゼ)を読み取る*1。というのも、モーゼにとってburning bush(燃えても燃え尽きぬ柴)は神の隠喩であり、アイルランド人にとって燃える柴とはすなわち泥炭にほかならないから。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. pp.316-7

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マーネと愉快な仲間たち

dun (2005年8月18日 22:48)|コメント(0)| トラックバック(0)

 やあ、ぼく、マーネ。尾張生まれの絞り染めグマなんだ。まあね、が口グセだから、マーネって言うの。

 まあね、しばらく前に北海道に引っ越してきたんだけど、来て早々、我が家に新しい住人がやってきたよ。

 たいてい寝てばかりでいるけど、まあね、ときどき、もぞもぞ手足を動かしたり、くしゃみしたり、泣きじゃくったりする、変なヤツなんだ。

 ぼくの方が今の家に先に来んだから、まあね、ぼくがアニキで、おまえは弟分だな。でも、弟分のくせに、今じゃあこいつが殿様みたいな扱いをされてる。ほんと、腹たつなあ。

 まあね、変なヤツだけど、ずっと「ヤツ」なんて呼ぶのも、粋じゃないよね。だから、ぼくが名前をつけてあげよう。

 よし、弟分だから、ぼくの名前にちなんだのにしてあげよう。

 「あまね」はどう?「まあね」じゃなくて、「あまね」。まあね、なんだかいいじゃない?

 よろしくね、あまね。

050818.jpg

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FW1 6-9

dun (2005年8月15日 22:47)|コメント(0)| トラックバック(0)

     nor had topsawyer's rocks by the stream Oconee exaggerated themselse to Laurens County's gorgios whole they went doublin their mumper all the time:

 オコネー川の流れに臨むトップソーヤー岩が積み上がり、ローレンス州のジプシーでない人々がいつもジプシーを倍々にしたのもすでに先のこと。

 この節について、Joyceは次のメモを残している*2
 Dublin, Laurens Co, Geogia, founded by a Dubliner, Peter Sawyer, on r. Oconee. Its motto: doubling all the time
 アメリカ合衆国、ジョージア州Georgiaローレンス郡Laurens Countyにはダブリンという街がある。ジョイスは、この街の創始者をPeter Sawyerとしているが、こちらではJonathan Sawyerだとされている。Oconeeもアイルランド起源の名だろう。
 前節とのつながりから言えば、海を渡る人々はついに北アメリカNorth Armoricaに到達、生まれ故郷の名をその地に残した。Laurensは、Sir Tristramの別名でもある。

 topsawyer's rock: オコネー河岸の地層*1。オーストラリアのエアーズロックAyer's Rockを読み込む向きもあるが、どうだろう?
 top sawyer: 通常の意味では、「上役」「木挽きsawyerの棟梁top」。しかし、トウェインの書いたトム・ソーヤTom Sawyerでもある。その友だちはおなじみHuckleberry Finn。彼もFinn-egansのひとりだ。
 rocks: 複数形で「睾丸」。身体のレベルで読めば、topは「頭」を指す。

 exaggerare: ラテン語で、「土手を築くことto mound up」*1

 themselse: them+else他の彼ら、themselves彼ら自身。自分自身でありつつ他の誰かでもある。Joyceは"themselse= another Dublin 5000 inhabitants"*2とメモを残している。つまり、もうひとつのダブリンに住む別の人々のことでもあるだろう。

 mumper: 俗語で、「混血のジプシー」。*1

 doublin: Dublin、倍増doubling、babbling?

 gorgios: 華麗なgorgeous、ジョージア州Georgia。Laurens County's Georgiaと、行政レベルが逆転している。
 gorgo: イタリア語で、「渦巻き、混乱、騒ぎ」。*1
 gorgio: ジプシーのことばで、「非ジプシー」。*1


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. pp.316-7

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こんなサイトが

dun (2005年8月14日 22:46)|コメント(0)| トラックバック(0)

 検索サイトで調べものをしていると、多くの場合、検索結果の上位にWikipediaの項目が引っかかってくる。

 詳しいし、便利なので、リンクを張りたい衝動に駆られるのだが、なんだか負けたような気がして、なるべくそれはしないようにしている。読みにとって、語の定義や百科辞典的知識が重要なのではなく、連想が重要だからだ。

 そんななか、こんなサイトを発見してしまった。

 Finnegans Wiki

 うひー。便利な世の中になったものだ。

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FW1 4-6

dun (2005年8月14日 22:44)|コメント(0)| トラックバック(0)

     Sir Tristram, violer d'amores, fr'over the shot sea, had passencore rearrived from North Armorica on this side the scraggy isthmus of Europe Minor to wielderfight his penisolate war:

 Sir Tristram...had passencore rearrived from North Armorica on this side the scraggy isthmus of Europe Minor to wielderfight his panisolate war: トリストラム伯爵が、半島戦争を支配すべく闘うために、北アルモリカからこちらがわヨーロッパ・マイナーのごつごつした地峡へ、ふたたびやって来たのはまだ先のこと。

 Sir Tristram: サー・アモリー・トリストラムSir Amory Tristramは初代のホウス城伯爵。アルモリカの北、すなわちブルターニュ地方に生まれ、後に聖ローレンスと名前を変えた。
 トリストラムはトリスタン(pdf)も連想させる。ワーグナーの歌劇で知られる、トリスタン物語の主人公。彼はブルターニュで育ち、コーンウォールに戻る。その後叔父マルケ王(King Mark)の妻となるべきイゾルデを迎えにアイルランドへおもむく。
 この一節は、海を越える人々のモチーフ。

 violer d'amores: viola d'amoreヴィオラ・ダモーレ。7本の弦がはられた擦弦楽器。
 violer: フランス語で「侵犯するviolate」*1
 d'amore: イタリア語で、「愛のof love」。

 fr'over the shot sea:
 shot sea: short sea。航海用語で、「短距離海路」。たとえば、short sea shippingは「短距離水上交通」。
 short seaは「不規則に波打つ海面」という意味でもあるようだ。また、上に書いた「short sea = 短距離海路」はちょっと怪しくなってきた(8/16追加)。

 passencore: pas encore(フランス語で、not yet「まだ~しない」)
 passencore: "pas encore and ricorsi storici of Vico"*2 ricorsi storici(ヴィーコの歴史循環説との関連)
 had ... rearrivedとpassencoreは矛盾する。すでに起きたことが、これからもう一度起こるという歴史の循環。

 North Armorica: アルモリカはフランス北西部、ブルターニュあたりの古い名。同時に、North Americaも指す。

 Europe Minor: 小アジアAsia Minorではなく、「小ヨーロッパ」。小アジアは、現在言うところの、ボスポラス海峡を挟んだトルコの東側、アジアの西端。したがって、ヨーロッパの西端、ブルターニュ、ブリテン、アイルランドあたりを指すものと思われる。

 isthmus: Isthmus of Sutton*2。サットンとは、ホウス岬の付け根にあるあたり

 weilderfight: 振りかざすwield+闘うfight。
 wiederfichten ドイツ語で、「再戦refight」*1

 penisolate war: ナポレオンの起こしたイベリア半島戦争のこと。この半島は、同時に、トリストラム伯のいるホウス岬や、トリスタンのいるコーンウォールも示す。
 penisolate: ペンpen+孤立したisolate。孤独にペンを走らせる戦い。ジョイス自身の像かも。

 この節全体が、いくつかのレベルで読める。上に書いたのは地誌的、歴史的、神話的レベルでの読みであるが、viola d'amoreで音楽のイメージが沸くと、Minorは「短調」の意味にとれる。また、セクシャルなレベルは常に考えておかねばならないから、penisolate warにペニスの戦いを見て取ることもできる。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. p.317.

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こちらも開闢

dun (2005年8月13日 22:14)|コメント(0)| トラックバック(0)

 Finnegans Wakeの読書記を書き始める初日に設定した8月12日、妻が子どもを産んだ。まったくの偶然なのだが、とてもおもしろいし、なにか怖ろしい。

 予定日は10日だったがいっこうに気配なし。11日朝、破水。そのまま入院。

 陣痛を起こさないといけないので経口で促進剤投与、10分間隔から5分間隔で陣痛来るようになる。

 一晩経ったが陣痛が遠のいていく。仕方ないので、12日朝から点滴で促進剤投与。陣痛激しく来る。

 14時、LDR入室。ひどく痛そうだ。ほぼ1分おきにくる痛みに助産師さんがマッサージ。

 17時34分、誕生。約3500g、男の子。

050812.jpg

 両親とも頭のでかいことを自認していたので、生まれてくる子もたぶんそうだね、と笑いながら半ば冗談で話をしていたが、やはりでかかった。でっかいことはいいことだ。

 研究者としての性か、LDRに入ってからのほぼ一部始終をビデオに収めた。妻からは「破棄せよ」の命が下っているが、ダイジェスト版にしてとっておく。

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FW1 1-3

dun (2005年8月12日 21:50)|コメント(0)| トラックバック(0)

     riverrun, past Eve and Adam's, from swerve of shore to bend of bay, brings us by a commodius vicus of recirculation back to Howth Castle and Environs.(FW 1)

 riverrun: riverain(川辺)、riveran(イタリア方言で、「到着するだろう」)*1

 riverrun: 見た目は、riverとrunの合成。OEDには、nonce-word、つまり1回しか使われなかった語として登録されている。意味は、"The course which a river shapes and follows through the landscape. " これはそのまま、FW冒頭のこのパラグラフがもたらす読みの1つのレベル、すなわちダブリン周辺の地誌を示す。とすると、riverはリフィー川を指す。
 がしかし、あらゆる「流れるもの」の象徴と捉えておきたい。川の流れはもちろん、人類の起源から現在にいたるまでの歴史の流れ、人間のボディラインの流線型、そこから流れ出るあらゆる体液の象徴でもあるだろう。

 Eve and Adam's: ダブリン、リフィー川岸マーチャント・キーMerchant Quayにあるカトリック教会Adam and Eve's。名の由来は、かつて教会に入っていたパブ(public house)。なぜ教会にパブが?リンク先の案内によると、どうやら法律(the Penal Law)でカトリック礼拝が禁止されていた頃に、建物がパブとして利用されていたらしい。
 もちろん、聖書での最初の人類、アダムとイブも指す。しかしFWではイブとアダム、騎乗位になっている。

 from swerve of shore to bend of bay: 岸shoreの曲がりswerveから湾bayの曲がりbendへ。sとbの頭韻にしたがって語が選ばれている。

 by a commodius vicus of recirculation: 再循環するa commodius vicusにそって

 commodius: commodious(広い)に、ローマ皇帝コンモドゥスがかけてある。

 vicus: 地誌的にはドーキーにあるVico Road、同時にイタリアの思想家ヴィーコVicoも指す。ヴィーコの歴史循環説は、FWを支える思想的屋台骨でもある。「この本は全体がイタリア人思想家...の理論の上に成り立っているのですから」*2。これは、1940年1月9日付のジョイスの手紙の一節だが、「この本」とはFWを指し、「...」にはヴィーコが入る、とEllmanは言う。

 vicus: ラテン語で「路、村」。vicus of recirculationは、vicious circle(悪循環)*1

 brings us ... back to Howth Castle and Environs: ホウス城周辺へとわれわれを連れ戻す。

 Howth Castle: ダブリンの北東に位置するホウス岬に建つ城。

 Howth Castle and Environs: なぜEが大文字に?HCEを強調するため。HCEとはFWの主人公、Humphrey Chimpden Earwickerのイニシャル。これは同時に、Here Comes Everybodyの略。つまりは、この世に来るすべての者のこと。


*1 McHugh, R. 1980/91 Annotations to Finnegans Wake. Johns Hopkins University Press.
*2 Ellman, R. (Ed.) 1976 Selected letters of James Joyce. Faber and Faber. p.403.

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開闢二日前

dun (2005年8月10日 21:46)|コメント(0)| トラックバック(0)

 世に自然科学者と呼ばれる者が魅力を感じるフィクションのベスト10というものがあるとするならば、おそらく、Lewis CarrollのAliceと、JoyceのFWはどこかにランクインするだろう。

 自然科学者がアリスに惹かれる理由は、Carroll = Dodgsonが数学者だったから、ではない。Carrollは徹底して子どもに向けて書くことに努めた。数学者としてではなく、子どもを楽しませるおじさんとして書いた。ということは、子どもが惹かれる世界とは、結局のところ、科学者が惹かれる世界でもある、ということだ。

 たとえば、鏡である。左右は反転するのに、なぜ上下は反転して見えないのかという問いは、いまだに第一級の謎である。そしてまた、あべこべとは子どもがゲラゲラ笑い転げる第一級のジョークである。

 FWはどうか。

 FWが自然科学者好みだというのは、別に、Murray Gell-Mannが物質の極小構成要素にquarkと名付けたからではない。Gell-Mannは、名付けを与える前からFWを読んでいた。そして、それとは別に、構成要素に「クォーク」という発音を与えていた。だから彼は、FWにquarkという綴りを「発見」したのである。

 発見、それこそが、FWを読むという作業と、自然科学という作業の似ているところであり、科学者を惹きつける所以であろう。自然と同様、FWというテクストも、われわれの眼前に、ポンと投げ出されている。そしてどちらも、それ自身の構造を持つ。

 自然科学者は、目の前にありながら(そして自身、その帰結でありながら)いまだ判明していない自然の構造とその運動を探り、少しずつ何かを発見する。

 FWも似ている。FWはあいまいである。一義性からほど遠いからこそ、複数の解釈が同時に潜在することができる。ひとつの解釈を見出すと、そこから連想される別の事象へのリンクが発見される。そのリンクは潜在的にはすでにテクストに書き込まれていたはずだ。発見とは潜在性をひとつの現実態にするはたらきのことである。

 PCを生活や仕事の一部として、もう何年経つだろう。ブラウザを立ち上げた回数も数え切れない。それだけインターネットが生活にくいこんでいる、ということだ。

 しかしそれだけなじみがあるはずのものでも、日常的なネットサーフィンだけでは到達できない彼方がある。それはわたしからは見えなかっただけで、潜在していたことは確かだ。そしてわたしはそうした彼方を発見するだろう。FWの読解という作業を通して。

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開闢七日前

dun (2005年8月10日 21:34)|コメント(0)| トラックバック(0)

物事は唐突に始まる、かのように見えるものだ。しかし実際には、見えぬところで準備的な振動は起きている。

地震だってそうだ。大地の微細な運動がつもりつもって起こる。決して超越的な鯰の意志が介在しているわけではない。

自身のウェブサイトに生活の記録を取り始めて4年になる。2001年の年も押しつまったころに始めた。4年間、実に取るに足らない、些細な運動に表現を与えてきた。

その表現を、少し違うスタイルに移し替えることにした。突然そういう気になったのだ。しかし実際には、やはり自身気がつかぬところで、スタイルに変化を起こそうとしていたのだろうと思う。

作り始めると簡単にできた。FTPとは何だ、とか、CGIとは何だ、とか、手探りでやっていた4年前とはだいぶ勝手が違う。

書く内容は以前と変わらぬ。日々の運動、購入した本のこと、など。

これに、付け加えることにした。Joyceの手になるFinnegans Wakeの読み解き記録である。できれば毎日、1、2行ずつ、ともかく原文を読む。

これがどういう本であるかはまだ詳しく書かない。次第に明らかになってくるだろうから。ただこうは言っておく。

かつてこの本を日本語に訳した柳瀬尚紀は、確かこう言った。Finnegans Wakeを読んでいると、当のテクストの外に広がるさまざまな事象に回路が開かれる、と。回路が開かれる?

外に回路を開いていくのは、WWWの得意とするところだ。そのために設計されたのだから。

私という輪転機を経て開かれていく回路を余すことなくここに書きつけていこう。そういう読みを許す本、否、そうしなければ読めない本なのである。

では。7日後にオープンする。

敬白

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