翻訳のココロとは

dun (2007年9月28日 11:50)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ただいま縁あって翻訳の仕事を2本かかえていて、しかもどちらも大急ぎで仕上げなければならないもので、「どうしやう」 と頭を抱えております。頭を抱えるくらいなら指を動かせばいいのですが。

 翻訳にもいろいろな方針があると思うのですが、私が翻訳をする上で肝に銘じていることはただひとつ、「日本語として理解できること」 だけです。

 茂木健一郎さんのブログで最近知った話なのですが、ココロに響いたのでご紹介。有名なようですのでご存じの方も多かろうと思います。 ちょいと脚色を交えて。

 中学の英語の時間。教科書に出てきた"I love you."の一文を学生は「私はあなたを愛しています」と訳した。 完璧な和訳に思われたが、教師は点数をあげなかった。

 「私たちはそんなふうに言わないでしょう」と、その教師。そして出した訳が「月がきれいですね」。

 教師の名は夏目金之助、筆名を漱石といった。

 この話、ぜひ出典を知りたいんですが、ご存じの方はおられませんか。

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日心にて(2)

dun (2007年9月25日 11:42)|コメント(2)| トラックバック(0)

 札幌は寒いです。最高気温が20度を下回っています。あの暑い東京が懐かしく思われてしまう。

 さて、その東京で開かれていた日本心理学会もすでに会期を終えました。その感想。

 3日目の「ヴィゴツキー・シンポ」のテーマは、「ヴィゴツキーと解釈学」。東工大の岩男征樹先生の問題提起に対して、 神戸大の森岡正芳先生、学芸大の高木光太郎先生がコメントするという内容。

 以下、岩男先生のお話を私が理解できた範囲でなぞると。

 ここで解釈学と呼ばれるのは主にシュライエルマッハーからガダマーにいたる流れ。そこで強調されるのは、 解釈という作業が解釈者抜きには立ちいかないということ。言い換えると、何を見いだそうとするかという解釈者の構えが、 対象から見いだされるものを枠づけるということ。科学論の文脈では、観察の理論負荷性という概念で指示される問題。

 こうした立場からすると、私たちの認識がどのように枠づけられているのか、その枠はどのように「構築」されているのかが問題となる。 この枠は歴史的に形成されてきたものであるだろうし、言語的に「共有」されているものでもあろう。

 ヴィゴツキーにも解釈学的な志向性は見られるが、そうした流れとは一線を画すポイントがある。それは、岩男先生の言葉を借りれば 「異質性」への志向性。互いに相容れない特異性を基底にもつ存在から出発する立場もあるのではないか、 というのが岩男先生の今回の主張だったが、最後の方は時間がなくなってしまってゆっくり理解する間もなく終わってしまった。

 個人的には「共有」にかわる「分有」(partage)という概念について知りたいところ。教えてください、岩男さん。

シンスケ

dun (2007年9月20日 11:41)|コメント(0)| トラックバック(0)

 日心は今日で終わりました。最終日に開かれた「ヴィゴツキー・シンポ」では司会役をおおせつかっていましたので参加してきました。それについてはまた今度書くとして、前の日の夜に行った居酒屋について。

 湯島天神の下に「シンスケ」というお店があります。居酒屋好きの間では知らぬ者のないという名店。以前、お店の前を通ったことはあったのですが、実際に入ったのは今回が初めてです。非常勤などでお世話になっているM先生をお誘いしてのささやかな飲み会。

 M先生よりもちょっと早く着いてしまいましたが、店の中をのぞくとどうも混んでいる様子。席だけでもと引き戸を開けると、ちょうどカウンターが3席空いていました。中で立ち働いていた若い人(4代目、でしょうか)に「2人ね」と言って、イスにかけます。

 まずはキリンラガーの小瓶でのどをしめらせます。と、携帯に電話が。M先生からで、15分ほど遅れるとのこと。では先に料理を頼んでおきましょう。

 壁に画鋲で留められた短冊にはおいしそうなものばかりが並んでいます。ここに来たら食べようと思っていたのが、ねぎぬたです。ぬたは、札幌ではよいものに出会ったことがありません。やはり江戸のものなのでしょう。それと、夏野菜の炊き合わせをいただきます。

 小瓶をあけたのでお酒に切り替えようかという矢先、引き戸を開けて入ってこられたのがM先生。「どうも」「お疲れ様です」と、まずはビールを一杯。キリンラガー、同じのね。

 早々に小瓶をあけたM先生とともに、お酒をいただきましょう。ここには秋田のお酒、両関しかありません。ただ、純米、吟醸など選べますし、冷や、常温、燗のいずれでもお願いできます。カウンターの中の壁に作り付けられた棚には、お酒が入れられた丸っこい形のお銚子がずらりと並べられています。お燗でと言えば、ご主人がその棚から1本取り出して燗つけ器にすっと入れるようです。われわれは常温でいただきましょう。酒は人肌です。

 お料理がなくなりました。追加で、戻り鰹のたたき、衣かつぎ、マグロのぬたをいただきます。あ、マグロぬたはなくなっちゃったの?では山かけで。

 学会のこと、研究のことなど話すうちにお酒がどんどんと進みます。「同じの」と言えば、奥の棚からスッと出てくる。おかげでペースが早くなります。

 本格的に飲むために、このわたをいただいてみました。海鼠の腸のしおからですが、実は初めてです。おお、これはうまい。お酒にぴったりですねえ。

 気がつくと他のお客さんは帰られた様子、お店の縄のれんもしまわれていました。結構長居したようです。ごちそうさま、と言って店を出ます。

 酒屋から始めて、居酒屋になり4代目。伝統の美学が守られている、噂通りのいい居酒屋でした。また来ますね。

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日心にて(1)

dun (2007年9月20日 11:40)|コメント(0)| トラックバック(0)

 日心2日目。さすがに疲れてきた。

 午前中はポスター発表。子どもの言語行動レパートリーは家庭内会話の歴史的な形成過程の一部として見なきゃだめだという主張の研究を掲示。5名くらいの方が来てくださり、コメントをくださった。たまたま隣に掲示していた島根大学の先生とむりやりお知り合いになる。

 午後からはシンポ、ワークショップめぐり。

「心と発話・動作の間:質的データの検討」というワークショップはここ数年継続して行われているもの。松沢哲郎先生はご自身のご研究のコツのようなものをお話しされた。曰く、大事なことは、全体を捉えること、(研究の)ニッチを探すこと、対象を見続けること。また、研究としてまとめる際に、「実験的逸話」と「逸話の映像記録」を併用すると深みが出るのではないかとのこと。

 中座して裏番組「マンガ心理学の方向性」へ。ちょうど夏目房之介先生がお話しされていた。間に合った。マンガ学の立場からのご発言と理解したのだが、先生によれば、マンガ学は「学」として閉じるつもりはない。閉じないからこそ他の学問領域との多くの接触面が生まれ、おもしろくなるとのこと。そのあたりには同意。

 その上で、どうも読み手側の研究ばかりであることが気になった。読み手がマンガをどう解釈するか、キャラクターと自分との関係をどうとるか、あるいは日常生活のなかでどのように消費するか、これらはみな読み手側の問題。「作り手」側の事情がどうもまだ不透明なのではないか。

 もちろん手塚治虫など個々の作家論はいまでもあるが、そうではなく、編集や出版社など業界と呼ばれる出版経済圏のなかにいる「肉体労働者」としての漫画家についてはまだはっきりした全体像を提出することができていないのではないか。手塚先生にせよ藤本弘先生にせよ、最期は机の上だったわけでしょう。過酷な商売なわけですよ。稿料安いらしいし。漫画家のライフコース研究とか代アニで講義したらどうかしらん。学生さんは絶望するかしら。

 続いて「社会関係とスピーチアクトの心理学」。「贈り物」を用いた謝罪行動の起源について、コストリー・シグナリングという概念を用いて説明した神戸大学の大坪庸介先生のお話がおもしろかった。「何かに使えそう」という感じ。

 中座して「どうすれば新たな知は創発されるのか?」。会場に入ったら池田清彦先生が流暢にお話しされていた。現象は一つ、切り方はたくさんある、とのこと。甲野善紀先生が和装で座っていらした。後で人から聞いたら先生は洋服のボタンがお嫌いなのだそうで、納得。

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ああ上野

dun (2007年9月18日 11:39)|コメント(0)| トラックバック(0)

 今年は教育心理学会と日本心理学会が連続しており、その谷間となる今夜は上野に投宿しています。

 せっかく東京に来るのだからと、十年来の飲み友達S氏に連絡。夜の上野をクロウルすることとしました。

 上野の山の南州先生像の下で待ち合わせ。すでにS氏はベンチに腰掛けていました。「どうも」「いやいや」とファティックなコミュニケーションを交わし、まずは1軒目へ。

 二人ともちょっと小腹が空いていたので、まずは食べながら下地を作ろうと、手近にあった寿司屋へ入店。刺身を切ってもらい、酢の物なぞつつきながらビール、そしてお酒をいただきます。

 飲みながら互いの近況を交換。どうも健康(悪い方ですが)の話ばかりになっていけません。

 では、と、腰を上げ、2軒目へ。それがなかなか決まらない。高架を挟んで反対側へ抜け、これまた手近にあった居酒屋へ。メニューを見ると、生300円、ポテサラ200円、しらす150円などと「せんべろ」の世界であります。ちなみに「せんべろ」とは「千円でベロベロになれる」の略。ここはふぐが目玉らしく、ふぐ天ぷら400円、ふぐ刺し450円。安い!!上野いいですなあ。

 河岸を変えましょう。その前に、ちょっと腹ごなしにとカラオケを提案。いいオッサン二人でビッグエコーに入りました。飲むのも疲れてホットウーロン茶などすすりながら、歌うは「太陽戦隊サンバルカン」。心にしみますなあ。

 さあそろそろクロウルも締めにかかりましょう。院生時代からちょくちょく寄っていたバー、ウエノクラブへ。ここではギネスを飲むことにしています。S氏はウイスキーに切り替え。ぼくはアドヴォカートをもらってみました。卵から作るリキュールなのですが、飲んだことがないのです。バーテンさん曰く「甘いですよ」。すっきりとしたスノーボールというカクテルにしてもらいました。

 S氏は次の日仕事があるというので(ぼくもですが)日付が変わる前に解散。またやりましょう。

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ああ浅草の夜は更けて

dun (2007年9月17日 11:38)|コメント(0)| トラックバック(0)

 15日の夜は竹ノ塚に投宿。駅前のロータリーを若いのが占拠しており恐々とホテルへ。

 あけて16日、朝から教育心理学会の会場である文教大へ。北越谷の駅を降りると駅前こそさすがに繁華街の体をなしているがちょっと歩けば武蔵野ののどかな風景が広がる。大学のそばを流れる川、その土手には桜の木が。春だったらさぞや見事だろうな。

 受付で手渡された紙袋には小さな団扇が入っていた。これはいい。9月ももう半ばというのにまだ暑いのである。

 Mさんといっしょに行っている研究のポスター発表。会場の体育館は立っているだけで汗がしみ出てくる。今回はMさんが第一著者ということで説明をお任せしてあちこちふらふら。そうこうしているうちにあっという間に在籍時間が過ぎる。
 
 お昼はMさんはもちろん、Kさん、Oさん、Sさん、Tくんとともに。K、O、Tさんは今年の学会賞をそろって受賞されたとのこと!すげえなあ。受賞式がこれからあるというので、Mさんと会場にもぐり込む。後輩のKくんも受賞とのこと、知り合いばかりだ。
 
 代表してTくんがスピーチをしていた。落ち着き払っているなあ。

 授賞式を途中で抜け出し、Mさんと今後の打ち合わせ。10月に札幌で検討を行うことにした。

 5時にM先生、Sさんらと待ち合わせ。浅草に繰り出して懇親会である。S社のSさん、T大のS先生とははじめてお目にかかる。ごとごとと東武伊勢崎線に揺られ揺られて浅草の川沿いに到着。

 本日1軒目は、どぜう飯田屋。どじょうをくたっとそのまんまの姿で煮た鍋、柳川、唐揚げなど、どじょう三昧。「最後はこのネギだけを煮て食うんですよ」とM先生。遅れてHちゃん、Iくんが合流。酒に切り替えてぐいぐいと飲み、食う。

 さて次はと向かったのは、伝法院通りを曲がったところにひしめく飲み屋街。通りの両脇を赤提灯が列をなす。その1軒の軒先に出されたテーブルを占拠。学会帰りのKくんも合流し、ふたたび乾杯。こういう店に来たらまずは煮込みとホッピーである。お、黒ホッピーがあるではないか。調子に乗って下町ハイボールもぐいぐいと、もうこのあたりから記憶が断片的である。

 シャッターを閉めすっかり人通りの絶えた仲見世を抜け、地下鉄の方へ。まだ体力の続く者だけ残り3次会へ。適当に入ったのでどんな店だか忘れてしまったが、黒糖なんたらを飲んでやたら甘かったのは覚えている。

 11時も過ぎたので終電のこともあり解散。筑波から来ている人たちは、TXの恩恵にあずかっているなあ。

 宿は浅草千束の東横イン。荷物を置いてちょっと小腹が空いたのでラーメンを食いにふたたび街へ。ビルの間を吹き抜ける夜風がほほを撫でていくのであった。

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会話の進化論

dun (2007年9月11日 11:38)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ISCARでのダメダメな発表から立ち直れずにいます。気持ちを切り替えねばなりませんね。

 はてさて、来週日心での発表準備をしなければならないのですが、 某学会の事務作業がこのところ毎日続いていてどうにもこうにもなりません。今日はようやく学会誌の発送作業を終えました。 300人程度の規模の学会で、類似した学会と比べると小さい方だと思うのですが、 会員への案内を手作業で発送するとなるとやたら多く感じます。

 これが終わると大学院の某作業で拘束されます。1日みっちりと拘束されるわけではないところがまた気持ち悪い。

 話を日心で話す内容に戻しますと、家族の家庭における自然な会話を分析したものを出します。

 コミュニケーションを開始するために、話し手は聞き手の注意を獲得するためのいろいろな方法を駆使しなければなりません。この 「呼びかけ」の手段は、家族間会話でどのように用いられているのかという問題について調べました。

 話を言語的な「呼びかけ」に絞ります。「呼びかけ」にはいくつか種類があります。たとえば「お父さん」「太郎ちゃん」 といったように相手の名前あるいは続柄を呼ぶ。あるいは「ねー」や「ちょっと」などの間投詞を用いる。さらには「見て」 など注意を要求する言葉を用いる、などが考えられます。

 簡単に発見を述べますと、第一に、呼びかけに用いられる単語の種類は、それを用いる話し手と聞き手の関係によって異なっていました。 たとえば、「太郎ちゃん」など相手の名前を呼ぶのは圧倒的に両親が子どもに話しかけるときでした。子どもが両親を呼ぶ際に名前(お父さん、 お母さん)を用いるのはそれと比べれば少ないようです。逆に、子どもが親を呼ぶときに「ねー」「見て」といった言葉が用いられるのですが、 これらを両親が用いることはまったくありませんでした。

 第二に、今回分析した家族の会話では、言語的な呼びかけの手段がほとんど見られない関係がありました。 それは両親の間でのやりとりでした。たとえば、同じ室内に、父、母、子どもがいたとして、それぞれ自分の作業(父は新聞を読むこと、 母はスーパーのチラシを読むこと、子どもは人形で遊ぶこと)に没頭していたとします。このとき、父親が突然、「明日は晴れるんだって」 と新聞を読みながら発話したとします。これに対して、母親が「ふーん」と答えていました。父親の発話に対して返答する義務は、 母と子どもの両方に等しくあるはずなのです。宛先が明示的には指定されていないのですから。しかし、父親による「呼びかけ」 のない発話に対して答えていたのは、ほとんどが母親でした。これはどうしてなのか。

 とりあえずの答えは、二人は夫婦なのだ、というものです。馬鹿にするなと言われそうですが。

 考えてみると、話は核家族の場合に限りますが、子どもが生まれる以前、夫婦は二人きりで暮らしていたわけです。この場合、 「呼びかけ」がなくとも、話し出せばその相手はおのずと決まります。このようなコミュニケーション・ パターンが形成されていた二人と突然同居することとなったのが、子どもです。そのうち、「呼びかけ」 のない夫婦間コミュニケーションと区別するために、「呼びかけ」のある親子間コミュニケーションパターンが選択され、 両方のパターンが併存することとなった、というのが読み筋です。言い換えると、「呼びかけあう」というコミュニケーションは、 「呼びかけあわない」というコミュニケーションと区別できるがゆえに有効に機能するということです。

 会話で使用される言語形式の多様性を進化論的に見ているわけですね。

 これが正しいとするなら、いくつか言語発達研究に対するインプリケーションを挙げられると思います。ひとつは、 子どもが日常を密に暮らす社会的環境全体を一度に見ないと、子どもがなぜある特定の言葉を利用するのかを理解できないということです。 もうひとつは、子どもが使用する言語形式や文法構造はかれがその社会文化的状況において「何者であるか」ということに依存するという、 OchsとSchieffelinの言語的社会化理論への貢献が考えられます。

 以上のようなことを、先日北海道に来たヴァルシナー教授に話そうとしたらうまく説明できませんでした。説明できないのは、間違っているからでしょうね。

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卒論検討会で名寄へ

dun (2007年9月10日 11:36)|コメント(0)| トラックバック(0)

 卒論指導を担当している学部4年生を引き連れて、札幌以外の場所で卒論検討会を行っている。昨年は函館へ行った。今年は、 大学院のOG(?)、Kさんが勤めている名寄短期大学にて検討会を行うこととした。検討会会場や打ち上げのセッティングなど、 すべてKさんにお任せしてしまった。どうもありがとう。

 名寄は旭川のさらに北にある。汽車で向かうのもいいが、今回は車という秘密兵器がある。現地に着いたら、 公共の交通機関はあてになるはずもない。高速を使って車で行くことにした。

 卒論を書くTくん、いっしょについてきてもらうことになった院生のHくんとともに、野郎3人で愛車キャパ号に乗り込み、 道央道を一路北へ。

 空は高く、秋の気配である。ただ、南から来て抜けていった台風が置きみやげの雨雲が北の方に見える。 高速道の上をすいすいとトンボが飛んでいた。そのトンボを時速100kmで走るフロントガラスがプチプチとつぶしていく。うへえ。

 札幌を出て2時間半ほど、道央道の終点となる士別でおりて昼食。さらにそこから30分ほどで名寄の街に到着。

 着いたはいいが、短大の場所が分からない。

「あれじゃないですか」「いや、水道局だ」「これは」「高校です」

 なにしろ広い土地を存分に使えるお国柄、何でも大きくて大学に見えてしまう。結局、直前に通り過ぎた建物がそうだと判明。 市役所かと思った。

 名寄短大は駅から車で5分ほどのところに町外れにあるこぢんまりとした建物。車から降りるとKさんが迎えてくれた。

 Kさんの研究室に3人でずかずかと乗り込み、さっそくTくんの検討会を開始。3人も先生がいるようでさぞや疲れただろう、Tくん。 これを励みにがんばってくれたまえ。

 名寄には遊ぶところがないそうで、短大生は休みだというのに大学に来ていた。「北大生が来てるよ」とKさんが言うと、「見たい!」 とわらわらと廊下に出てきた。あたしたちは珍獣か。

 夕方過ぎて小腹も減った。検討会を切り上げ、宿へ。駅前の「ニュー冨士屋ホテル」というビジネスホテルで、 ここには和室があるというので予約した。1部屋3人で12800円。商人宿を(具体的にはつげ義春の『リアリズムの宿』あたりを) 想像していたのだがこれがまたこざっぱりときれいなホテルでびっくり。

 夕食は、Kさんご推薦の、駅前通の居酒屋「卓庵」にて。大学院を出て、名寄で子育て真っ最中のIさんがかけつけてくれた。

 とにかくいろいろと注文し、そのどれもがおいしかったのでよくは覚えていないのだが、とりわけ蕎麦がうまかった。あまりのうまさに、 そばサラダ→もりそば→各自ざるそば1枚と、蕎麦ばかり食べたほどであった。細いのだけど、しっかりとこしがあり、 なおかつのどごしがすばらしくよい。さすが、隣に蕎麦の一大産地幌加内をかかえるだけのことはある。みなさん、名寄に行ったら蕎麦ですよ。

 まったく人通りのなくなった駅前通を歩き、二次会に入ったお店はジャズバー「take5」。いかにもな名前である。 がっしりとした梁が天井に見える店内には心地よいジャズが流れる。さてとメニューを見ると、酒のそろえはちょっとという感じ。 ここはお通しのボリュームがすごいらしいとKさんから聞いたのだが、果たしてその通り。乾き物が大皿に山盛り、そのほかサラダ、卵焼き、 シューマイ揚げ、枝豆というオードブル。さらにはマスターのサービスでチャーハン大盛り。ここは何屋さんなのだ?

 ふくれた腹をかかえて宿へ。テレビをつけると、阪神が9連勝していつの間にか首位に立っていた。

 一夜明けて次の日、前夜満足に風呂に入っていない我々一行は、「朝風呂へ行こう」と近くの温泉へドライブに行くことにした。 最寄りの温泉施設は朝10時にならないと営業を始めないのだという。今は朝8時。なんということ。 仕方ないのでなるべく遠くの温泉に入りに行き、道中で時間をつぶすことにした。結局、美深町のびふか温泉に入ることに。 もう朝風呂という感じではないが、とりあえずは満足。

 昼にふたたびKさんと待ち合わせ、おすすめのそば屋に連れて行ってくれるというので向かった先は、旧風連町の「雪の里」。 ここの蕎麦はゆうべの居酒屋のものとは違って、少し太めの十割蕎麦。十割だとぽそぽそとした田舎蕎麦を想像するが、さにあらず。 しっかりと歯ごたえの残った、これまたのどごしのよい蕎麦である。もう名寄最高。蕎麦好きにはこたえられない。

 名寄には、スキー場はもちろんのこと、一般の人でもカーリングができる施設があるそうだ。安く泊まれるコテージもあるそうで、 冬には(3月頃)カーリングをしながら読書する合宿をすることを勝手に決定。読むのは"The Cambridge handbook of sociocultural psychology"の予定。参加者募集中。いっしょにうまい蕎麦をたらふく食べましょう。

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ISCARに行ってきた

dun (2007年9月 9日 11:36)|コメント(0)| トラックバック(0)

 9月6、7日と2日間かけて、横浜の武蔵工業大学にてISCAR第1回国際アジア大会が開催され、それに参加してきました。心理学における社会文化的アプローチ、状況論、活動理論などバックボーンとなる理論を共有する研究者が集まった、日本で最初の学際的研究集会なのです。

 学会が開かれている関東地方をちょうど台風が襲うというアクシデント付き。地方から横浜にたどりつくまでに新幹線が止まってしまって難儀したという人も出たという、因縁の学会となってしまいました。私にしても同様で、千歳から飛行機が飛ぶかどうか、さらには帰りの便を7日の夜7時半の羽田発で予約していたのですが、それが飛ぶのかどうか、あやぶまれました。幸いにして予定通りのフライトで帰り着くことができました。

 そうそう、行きの空港で、なぎら健壱を見ましたよ。なぜ分かったかというと、もっていたカメラに「なぎら健壱」と書かれた千社札が貼ってあったからです。けっこう大柄な人で、どこで買ったんだろうというアロハを着ておりました。

 閑話休題。

 初日についてはすでに直前のエントリーに書いたので補足的に。「実習型の授業のヴィデオ・エスノグラフィー」と題されたセッションにて、発表者のみさなんが使っていた映像に目が引かれた。ある授業で撮影された動画なのだが、そこに映された人物や物の輪郭だけが強調されたモノトーンの映像だったのである。なおかつ誰がどの方向を向いていて、ということははっきりと分かるのだ。

 発表者の五十嵐素子さんに尋ねたところ、UleadのVideoStudioを使ったとのこと。このソフトにデフォルトで附属する「エンボス」というビデオフィルタをかけているのだそうだ。早速宿に帰って、 VideoStudio11の体験版をダウンロード。手持ちの映像で試してみると。おお、すばらしい。これはプレゼンテーションに使えますなあ。

 さて二日目。今日は大学院で同じ研究室だった朴さんが企画したセッションにて発表。ゆうべ徹夜で作ったプレゼンテーションをたらたらと流す。たくさんの方に聞きに来ていただいたのだが、みなさんの頭の上にはてなマークが浮かんでいるのが見えた。このデータ、なんとかしたいんだよなあ。コメントの田島信元先生の言うように内言の話としてまとめるのが一番いいのかなあ。

 夜の飛行機に間に合わせるため、自分の出番だけでそそくさと帰った。

 羽田も新千歳も、台風の影響で飛行機の離発着予定がガタガタになってしまったようで、出発ロビーには夜だというのにたくさんの人が。おつかれさんです。

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発表準備と台風

dun (2007年9月 7日 11:34)|コメント(0)| トラックバック(0)

おとといから横浜に来ています。状況論や社会文化的アプローチ、活動理論といった理論的バックグラウンドを共有する研究者の集まりであるISCARにて発表をするためです。

昨日はその初日だったのですが、オープニングセッションと、高木光太郎先生たちの想起・供述セッション、それに樫田先生たちによるビデオエスノグラフィ・セッションに出てきました。

高木先生たちの想起研究は基本的な線は変わらず、供述データの分析に少し新展開が加わったもよう。

樫田先生たちの研究は、医療系大学でおこなわれるPBL(problem based learning)チュートリアルのようすをビデオに撮影し、エスノメソドロジーの視点から分析したもの。議論を黒板に記録するだけと思われていた書記係が、ときどき議論の進行に決定的な役割を果たしていたことが示されたのがおもしろかった。

次の日の発表に向けてまだ準備が終わっていなかったので、残りのセッションを見ることなくホテルへ戻って部屋にひきこもりました。さっきようやく終わりましたよ。眠い~。

それにしてもよりによって台風とぶつかるとは。気になって、NHKをつけっぱなしにしながら作業をしていました。

ホテルの部屋が二重窓だったため、さいわい外の風や雨の音がほとんど気にならなかったのですが、ながめてみると街路樹がけっこうしなっています。

さあ、帰りの飛行機は飛ぶのか?ヒヤヒヤドキンチョであります。

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いろいろやっておりますよ

dun (2007年9月 5日 11:33)|コメント(0)| トラックバック(0)

 1日から3週間、カミさんとアマネは長崎の実家に滞在。というのも今月はぼくがほとんど出張で家を空けるからだ。

 出張が入っていることもあり、いろいろなことを短い間にぱぱっとやらなければ間に合わない状況に。

 このところ気をもんでいた比較的大きな出来事が終わったので一安心。北海道心理学会というこじんまりとした会の事務局をおおせつかっているのだが、会の常任理事会が4日夜に無事開催された。このところその資料作りやらなんやらでパタパタしていたので肩の荷が下りた。

 2日から3日にかけては名古屋にいた。houさんとの研究の一環で、3歳の子を対象に実験をするため。某保育園におじゃまする。園庭を囲むように各年齢の子どもたちの部屋があり、部屋と庭の境に幅の広い縁側がついていた。このデザインはすごくいいなあ。園舎は、上から見たときにできるだけ多角形であればあるほど子どもたちにとっていいもんだ。園庭に雑草がしげっているのもいい(決してイヤミではない)!雑草だって遊び道具になるんだよ。

 1歳半をすぎたhouさんのお嬢さんはもうぺらぺらぺらりんこガールであった。

 明日(ああ、今日か)からは横浜へ。ISCAR-Japanの第1回大会に参加するため。このところ事務作業ばっかりだったので、研究発表の準備をするのが楽しい。間に合うかどうかは分からないけど。

 横浜からは7日に帰ってくるのだけど、次の日から今度は卒論生と一緒に名寄に行く。温泉につかりながら卒論の内容をうじゃうじゃしようという会である。去年は函館、今年は名寄。来年は帯広か釧路だな。

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おわりのはじまりに

dun (2007年9月 1日 11:29)|コメント(0)| トラックバック(0)

 我が心のオアシス三徳六味さんが美園のお店をたたみ円山にうつると聞いて2ヶ月、とうとうその日がやってきた。

 9時にアマネを寝かしつけてから夜に飛び出し、お店に向かう。

 ドアを開けると、黄色いTシャツを着た亮さんがいた。カウンターと小上がりは人でいっぱい。常連さんが貸し切りで、三徳さんの前途を祝う会を開いていたようだった。

 席が空いていなかったので挨拶だけで失礼しようとするも、常連さんがイスをあけてくださった。その彼はカウンターの向こう側へ。そして雇われマスターとなった。

 店の冷蔵庫の上にいつも鎮座ましましていたダルマがおろされ、亮さんの筆によって目が書き入れられた。

 「社長」さんの音頭で一本締め。

 料理を一通り作り終わりすっかりいい気分になった亮さんがダルマを抱きかかえて隣の席へ。

「あっちでの勝算はあるんでしょう」
「あるわけないでしょう、でもね、男としてね、やらなきゃならないんです」

 カウンターの内の雇われマスターは終始明るく元気だった。

 3年前の11月、現在の団地に引っ越してきたばかりのころ、たまたま寄ったこのお店の料理に惹かれ通い始めた。当時はまだ単身赴任で気楽に夜を遊べたからできたことだった。カミさんを呼び寄せてからは、「たまの贅沢」としておじゃました。子どもができてからは「特別な日のすごい贅沢」となった。今度はいつ行こうか。そんなことを楽しみに考えながら店の前をいつも通り過ぎていた。

 その、心のオアシスが物理的に遠くなってしまうのは、正直なところ寂しい。でもここは、亮さんが奥さんと一緒に苦労して一から作り上げてきたところだ。ぼくらがどうこう言える権利などない。

 飲みながら亮さんの「野望」を聞くのが楽しみだった。たまたま年齢が同じということもあり、うらやましく聞いていた。その「野望」を実現させるための一歩が踏み出されたんだろう。

 今日で閉める店内で笑いあう常連さんたちの姿を見ると、愛されているんだなぁとあらためて思った。

 次の日早くに用事があったため日が変わる前に辞した。帰り際、亮さんと手を握りあった。

 ここでの一区切りは次のはじまりでもあろう。その瞬間に立ち会えてよかった。席を替わってくれた雇われマスター、ありがとう。混ぜてくれたみなさん、ありがとう。

 そして、亮さん、ミキさん、また10月に。

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