明日から保育園

dun (2008年3月31日 11:50)|コメント(0)| トラックバック(0)

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 明日から新年度が始まります。

 我が家の新年度はアマネの保育園デビューから始まることになりました。

 家から歩いて3分ほどのところにある市立の保育園です。ひよこ組だそうです。

 初日は慣らし保育ということで午前中だけ。ちょっと年上の子たちに混ざってみそっかすながらも遊ぶのが好きなようなので,すぐに慣れてくれるような気がしますが,さて。

「明日から保育園だよ」「しぇんしぇー(先生)がいっぱいいるよ」「たくさんお歌歌って遊ぼうね」と,ワクワクさせるようなことを数日前から吹き込んでおきました。

 楽しいといいねえ。

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共感覚と記憶

dun (2008年3月31日 11:50)|コメント(0)| トラックバック(0)

 テレビ東京系『奇跡の脳ミステリー』を見た。お目当ては、ルリヤが『偉大な記憶力の物語』で発表したことで有名になった記憶術者ソロモン・シェレシェフスキーの話。

 ルリヤについて日本のテレビで紹介されるのはほとんどないだけに、どのように取り上げられるのだろうと興味を持って見た。当時のルリヤがシェレシェフスキーについて取り上げた講義をふりかえって語るのはジンチェンコ、ってあのジンチェンコ先生だろうか?

 シェレシェフスキーの再生能力の高さについて,番組では彼が共感覚者であったことを指摘していた。

 共感覚者が非常に高い再生能力をもっていることはよく知られている。たとえば『ぼくには数字が風景に見える』を書いたダニエル・タメットは,数字や言語に視覚的イメージが付随する共感覚者であるが,彼は円周率を風景のようにして暗記して2万桁の再生に成功した。

 共感覚者であるからといって,かれらがみな高い再生能力をもっているかどうかは分からない。記憶「術」とまでは言わないまでも,自覚的なコントロールによるテクニックが介在している場合もあるようにも思われる。そのテクニックに気付かなければ,再生という文脈にはうまくのれないのではないだろうか。

 と思うのだけど,やはり本当のところはどうなのか分からない。どうなんだろう。

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講義の外をどうするか

dun (2008年3月23日 11:48)|コメント(0)| トラックバック(0)

 発達心理学会2日目に開かれた講習会「こうすれば心理学の授業は面白くなる-あなたのFDのために」に参加。

 講師の澤田匡人君は大学の同級生,大学院の1年先輩(ぼくが大学を5年で出たため)。講演会に誰も来なかったらひやかしてさしあげようと思って会場へ行ったら,杞憂であり,満員の入りであった。このあたりさすがと言えよう。

 心理学について何も知らず,教養として心理学を学ぼうとする大学1年生向けの講義を念頭に置いた講習と理解したが,基本的なところはあらゆる講義に通用するだろう。主な内容は講義の組み立てとプレゼンテーションの具体的な方法についてだった。PCでのスライド作成に全力を懸けているとは聞いていたが,これほどとはと感嘆する美麗さ。言うことにはいちいち頷ける。

 見た目の力は,デパートの実演販売を思い起こせば分かりやすいが,人を魅入らせる第一歩である(当たり前か)。そう,大学1年向けの講義ですべきことはデパートの店員がすべきことに近い。デパートにいる人々とは,はっきりとした買い物の目標があるが,店内をぶらぶらしてそれ以外にもいいものがあれば買って帰ろうという人々である。大学も同様で,取りたい資格や卒論のテーマとしたいことは漠然とあるにはあるが,それ以外にも教養として単位を取りたい(あるいは取らねば卒業できない)人々がお客さんなのである。

 そういう人々を引きつけるために,まず実物を見せる。その次に「実物を手に入れた未来のあなた」を見せるというのがデパート的なやりくちである。であるから,館内に置く鏡はなるべく少ない方がよく,歩いていて見かけるのは化粧品売り場と試着室,それにトイレくらいである。ディズニーランドには鏡がないと聞いたこともある。

 大学も同様であり,大学が発行するパンフレットのたぐいを見れば一目瞭然であるが,そこで学べることとともに,「学んだ結果としての未来のあなた」が示される。○○になりましょう,○○で夢を叶えましょう,○○就職率100%。デパートと大きく違うのは,どこを歩いても大学が鏡だらけだということ,つまり,現実が学生自身に否応もなくつきつけられるという点である。

 だいぶ脱線したが,澤田君からは講義中に誰も眠らない眠らせないJOCX MIDNIGHT-TV的プレゼンの方法を教えてもらった。すぐにも真似できるヒントももらった。

 ところで。講義は講義だけで完結していない。大学の単位の数え方は,半期で1コマ2単位というのが通常であるが,講義への出席だけでなく予習復習も含めて2単位なのだと聞いたことがある。言い換えれば,講義でこれから触れることを確認し,大学に行って教員の話を聞き,その内容をおさらいするというサイクルを毎週繰り返して2単位なのである。そんなことを律儀に遵守していては寝る暇も稼ぐ暇もなくなるのだから,期末試験前にノートをひっくり返すだけでも十分だと思う。(そうすると試験の1週間前になって学生さんが大挙して質問にやってくるわけだが)

 ただ,講義の時間だけで必要なことすべてを伝え切るのは不可能なことは当の教員自身が知っている。学習とは,ポケットからポケットに物を移し替えるようにはいかない。学生になんらかの知識を作り上げることの困難さは,学習科学が扱う大問題である。

 少人数の演習形式や実験形式であれば,なんらかの対応はできよう。しかし100名規模で行われる座学式の講義でできることは限られてくる。いきおい,時間外になんらかの形で学生みずから学ぶ姿勢を求めたくなってくる。たとえばフロイトについて興味が出れば,本を借りるなり,ググるなりしてくれればと願うものである。しかし,そこまでもっていくことはなかなか難しい,少なくともぼくはそうだ。

 これはものすごく難しい問題だと思うのだが,思いつく方策にはいくつかある。

1 教科書を指定し,買ってもらう
 よい教科書であれば,語句の定義から重要な図表まで載っているものであるし,読みやすい参考書も紹介してくれているはずである。教科書のここを見ておくようにと講義中に指示することにより,時間外学習へ導く。
 ただぼく自身は,一般的な講義で教科書を指定したことはない。

2 参考書を紹介する
 たまにぼくがやるのだが,講義の終わり頃に参考書を紹介する。何のことはない,講義を作るのにぼく自身が参考にした本を紹介するだけである。

3 ネットへ誘導する
 ググれと言う。

4 テレビやマンガの見方を変える
 本は読まないがテレビやマンガならという学生もいるだろう。そういう人向けに,それらを心理学的な観点から見るためのコツを伝授するというのもありだと思う。たとえば,教育心理学的に金八先生を見るとか。言説に批判的になるためには必要なことかもしれない。

 思いつくままに挙げてみた。授業を充実させることがFDの目標だとして,個々人の教員ができることにも限界がある。そうしたとき,教員だけが学生を変えるわけではないと気楽に構えること,そして外部のリソースにうまく誘導することも必要かもしれないと思った。

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発達心理学の過去をどうするか

dun (2008年3月22日 11:47)|コメント(0)| トラックバック(0)

 発達心理学会初日に開かれた「発達研究の未来を考える」と題された座談会に出席。藤永保先生,岡本夏木先生といった,日本の発達心理学そのものと言っても過言ではないくらいの大御所の先生方がそろってお話しされるというので出席。ただし,前半だけ。

 両先生の院生時代から語り起こされる思い出。すでに事典にお名前が掲載されるくらいのビッグネームが次々と出てきてくらくらする。

 まだ子どもを対象とした心理学がマイナーもいいところという時代にあえてその道を究められた背景となるものについて語っていただいたように思う。

 未来を語る前に過去をきちんと総括する,ということなのだろう。

 そういう気運は最近目立って現れてきたように思う。最終日に開かれたシンポジウム「『母親の態度・行動と子どもの知的発達 日米比較研究』を読む」はその一つだろう。白百合のSさんに薦められて参加したのだが,ある意味で感慨深く先生方のお話をうかがった。

 日本の心理学を牽引されてきた大家,東洋先生らが中心となって進められた,日本とアメリカ間の文化比較研究について,当時プロジェクトに参加された方々-もちろん東先生も-や,若い方々に語ってもらうという趣旨。

 取り上げられた問題に,比較をする物差し自体を作りながら研究を進めることの難しさや,そもそも研究をする風土に日米で大きく差があること(アメリカはプロジェクト型,日本は趣味(?)型)があった。その悩みは共有できるものであるし,苦労を超えて当初の目標をなんとか完遂しようとされた先輩方の努力には頭が下がる。

 私自身感慨深いのは,そのプロジェクトの中心メンバーのお一人,北大の三宅和夫先生とその研究室の方々が研究の舞台とされていたのが,現在私が部屋を置かせておいていただいている施設だからである。乳幼児発達臨床センター(現・子ども発達臨床研究センター)がそれである。

 そういう日本の発達心理学史に大きな足跡を遺された方々がかつて熱心に議論されていた場にいることにあらためて気づかされ,身の引き締まる思いであった。

 実はこのセンターには,そうしたプロジェクトによって生まれた実質的な財産,すなわちデータの原票や映像資料,その他機材などが実は今もなお残っている。あちらの部屋の棚,こちらの部屋の段ボール箱,あるいは廊下に置かれたロッカーの中,いたるところにプロジェクトの遺産がある。

 日常的にセンターの中で暮らす者にとって,これらは捨てるに捨てられない,正直なところ扱いに困るものである。たとえば将来的にセンターが改築されるとして,そうした際には,誰かが整理しなければ,おそらくポイポイと捨てられていくに違いない。

 日本の発達心理学の歴史を作った偉大なプロジェクトを支えるデータがこのような扱いを受けるのはどうだろうと思う反面,では誰が整理・管理するのかという問題には及び腰になってしまう。今のところの私の立場がまさにその整理・管理をする正統的な立場だからである。また,これらは実験や調査に参加していただいた方々の私的な情報そのものであり,それを遺すことには倫理的な問題もある。

 どうしたらいいのだ。いやほんと,どうしたらいいんだろう。教えてください。

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サンボア

dun (2008年3月22日 11:47)|コメント(0)| トラックバック(0)

 大阪で開かれた発達心理学会に参加してきました。

 18日の夜に関空から大阪入り。宿は梅田そば兎我野にある怪しげなビジネスホテル。

 さてさて,夜ともなれば酒場をうろつかねばなりませんね。ホテルのそばにはお初天神があります。その周りはちょっとした盛り場になっていて,天神さまから抜ける小路に小さなお店が軒を連ねている一角があります。そこをふらふらして,鹿児島料理を出すお店にまずは入りました。刺身に揚げたての薩摩揚げ,ビールに焼酎を楽しみます。

 お店を出て二軒目へ。行きたい行きたいと思っていたバー,「北サンボア」へ入りました。外見からして歴史を感じさせる趣。というか看板がなければ崩れかけの民家のような。

 ドアを開けると右手にはテーブル席がいくつか,左手にカウンター。カウンターには手すりと足置き用のバー(何て言うんでしょうかね)がつけられていて,立って飲むようになっています。太田和彦先生曰く,これが本式だとのこと。

 ジントニックをもらいます。おつまみはピーナツ。

 カウンターの中には蝶ネクタイを締め,口ひげを生やしたご高齢のマスターと,その息子さん。息子さんの方に話しかけます。

「サンボア」と名のつくバーは,北新地や京都,銀座にもありますが,その源流は神戸にあったそうです。神戸のサンボアはもうなくなってありませんが,そこで修行をされた方がのれん分けをされて,最初に3つの「サンボア」が各地に開店しました。そこからさらに何人かが独立していき,現在のようになったとのこと。最初にのれん分けされた3軒のひとつが北サンボア。ここを始められたのは,現在のマスターのお父様,話をしてくださった息子さんのおじいさんだそうで,三代にわたってお店を守ってきたことになります。

 サンボアの名の由来もうかがいました。なんでも,神戸の最初のお店の名を,柑橘類の「ざぼん」の語源となったオランダ語「ザンボア」にする予定だったそうなのですが,「Zamboa」の"Z"を看板屋が"S"とひっくり返して書いた。それを神戸の初代がおもしろがり,そのままお店の名としたとのこと。

 現在のお店は建ててもう60年ほどになるようで,店全体も中の調度もほぼ開店当初のままだそうです。可能な限り,残していってもらいたい,貴重な文化遺産のようなお店でした。

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繁華街から徒歩40分

dun (2008年3月16日 11:46)|コメント(0)| トラックバック(0)

 札幌もだいぶ日が温んできて、駐車場の氷もすべて溶け、路肩にうずたかく積まれた雪だまりも徐々に縮んできている。 跳ね上げられた泥水ですっかり黒くなった車を洗いに行った。さっぱりとした姿になった。タイヤの履き替えはもう少し様子を見なければ。 油断していると4月でも降るのが札幌である。

 温かくなり、夜歩いていても凍死する心配がなくなったというのは有り難い。冗談のような話だが、 日中でも吹雪けば遭難するとまことしやかに言われる札幌ではありえることだ。

 ゆうべは仕事でこの3ヶ月間お世話になったIさんを誘い、慰労のための飲み会をすすきので挙行。

 地下鉄南北線すすきの駅改札出てすぐの地下街入り口付近(ロビンソンという百貨店の地下入り口に面しているので、通称「ロビ地下」 と呼ばれる)にて待ち合わせ。ここは待ち合わせ場所として有名なのだが、昨日はものすごい人混みであった。卒業式、送別会、修了式などなど、 シーズンのさなかの土曜であるからおかしくはない話だ。

 件のIさんを見つけられるかと危ぶんだが、あっさりと発見。地上に出て、「金富士」に入った。

 生ビールで乾杯し、「これとこれとこれ」と注文しまくる。今夜はどうも大混雑のようで、われわれが座っていたテーブル席は相席。 それでもいっぱいとなり、数組の客が引き戸を開けて中をのぞき込んだ後無言で去っていった。腹一杯になるまで飲み食いし、二人で4780円。

「洋酒が飲みたいですねえ」というIさんのご要望にお応えし、バー「夜光虫」へ。ここは友人のMさん夫妻御用達のお店であり、 教えてもらってから何かあると通わせてもらっている。先日Mさんが札幌にいらした際にも訪ねていた。

 カウンターの端に並んで座り、ゆっくりと飲む。Iさんとは人生について話し合った。

 結婚云々という話を聞くととたんに嬉しくなって、「なんだ、そうなのかおまえ」「まあ飲め飲め」「で、どうなんだ」と、 「親戚の叔父さんモード」になる。こういう話は好きなのである。

 腹もいっぱいになり、足がふらつく一歩手前でお開き。地下鉄の入り口に消えていくIさんを送り、 酔い覚ましにてくてくと家の方へ歩き始めた。

 夜風がさほど身に刺さらなくなった。ふと立ち止まり、豊平川にかかる二条橋からネオンを振り返る。 橋の下を流れる黒い水のさざめきをのぞき込めば、すいこまれそうである。

 車なら10分もあれば着いてしまうところ、のんびりと歩き、40分ほどかけて到着。

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広川太一郎さんが

dun (2008年3月 9日 11:42)|コメント(0)| トラックバック(0)

 亡くなられたそうだ。

 おくやみ 声優の広川太一郎さんが死去 -映画・アニメで多彩な役演じる(3月8日YOMIURI ONLINE)

 アニメ版ホームズだったり、スノークだったり、「風邪の季節は助かりマスク」だったり。ロジャー・ムーアだったりエリック・アイドルだったり。

 変幻自在な声の質はもちろんのこと、その話芸にはほれぼれした。間もいいし、意表を突くダジャレといい。モンティ・パイソンの吹き替えでは、山田康雄とアドリブの応酬をしていたそうな。

 ご冥福をお祈りいたします。

 広川太一郎データベース(Soma Hitoshiさん)

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2年半ぶり

dun (2008年3月 6日 11:41)|コメント(0)| トラックバック(0)

 夕食を大学そばの中華料理屋でとった後、久しぶりに、「我ん坊」に行ってみました。中華を食べながらビールを飲んで、気が大きくなっていたのでしょう。ほんの1杯ひっかけて、すぐに研究室に戻るつもりです。

 以前は行かない週はないくらいに足繁く通っていたものですが、このところとんとご無沙汰でした。いったん行かなくなると、ちょっと気まずくなって行きにくくなっていたんです。

 引き戸を引くと、奥から「いらっしゃい」の声。「どうも」と言いながらカウンターへ。先客が2組いたので、ちょっと気が楽です。

「子ども生まれたんだよねえ、そのときに来て、それっきりじゃない」とマスター。

 そう。ここのすぐそばの産院でアマネが産まれ、その日に祝杯をあげに来たのがこのお店でした。あれから2年半、1度も顔を見せずにいたんですねえ。それにしてもマスター、よく覚えてるなあ。しばらく見ない間にあごひげにだいぶ白いものが混じってきたような。

 七夕をお湯割りで、それと、タラ肝甘辛煮をいただきます。

 店内はあいかわらず、阪神タイガースのグッズが所狭しと並べられています。カウンターの上に置かれたテレビからは「愛のエプロン」。居酒屋のテレビっていうのは、一人客には間が持てて助かるんですよ。

「子どもかわいいでしょう」
「今がいちばんかわいいんだよ、って言われるよ」
「いつまでもかわいいもんだよ」

 世間話をしながら飲む酒は久々です。このところ食事はずっと一人でしたから。

「じゃ、行きます。また来ますね」

 2年半ぶりの「我ん坊」。なにより、マスターが覚えていてくれたのが嬉しかったなあ。

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学生演劇

dun (2008年3月 2日 11:40)|コメント(0)| トラックバック(0)

 車で新千歳空港へ。妻子が長崎の実家へ行くためである。私は札幌でお留守番。

 アマネは案外さっぱりしたもので、検査場で「バイバイ」と手を振って意気軒昂と去っていった。今日までの1週間ほど、 「じいじとばあばに会いに行くの、いいねえ」「あったかいところでおいしいもの食べてねえ」と吹き込んでおいたからか、 どうも楽しみにしていたようだった。

 1人で帰宅してからまたお出かけ。学部ゼミの学生さんが参加する学生劇団の公演を観に行く。観劇はひさびさ。

 高校時代になりゆきで演劇部に入っていたこともあるし、一度舞台に立ったこともあるし、劇についての知識はあるが、 これまでのところ動機がなかった。ではなぜ観に行ったのかというと、しばらく前の飲み会で、前売り券をもらっていたのである。 もらったからには行くしかあるまいて。

 BLOCHという、 サッポロファクトリーの向かいにあるこぢんまりとしたハコ。開演10分前に着いたら、座席はだいぶ埋まっていた。

 劇団しろちゃん『あげパンデー』。 中学生がああしてこうしてむじゃむじゃ、という話。ううむ、一言では説明できぬなあ。若者にありがちな観念的な話ではなく、 爽やかなエンターテインメントに収まっていたのではないかと。

 ゼミの学生のはじけぶりが面白かった。

 帰り道、自宅のそばにある沖縄料理居酒屋でオリオンビール、久米仙、島らっきょ、豆腐チャンプル、ソーキそばを食す。

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