有名人に会える空港

dun (2009年9月29日 21:04)|コメント(0)| トラックバック(0)

 仕事に、帰省に、どうしても新千歳空港を使わざるをえません。

 外から北海道に来られる場合も事情は同様なのでしょう、空港を歩いていると、テレビなどでお見かけする方々を目撃することがあります。

 これまでにお見かけした方々を挙げてみましょう。

 ・なぎら健壱
 ・江原啓之
 ・佐藤優
 ・水谷修

 見事におっさんばかりですな。というか、きゃーきゃー言われることなく素顔を見せて歩けるとなると、おっさんしかありえないのでしょうな。おそらく、その他にもいろんな有名人とすれ違っているのでしょうが、わたしが気づいていないのでしょう。

カテゴリ:

静岡居酒屋紀行その4

dun (2009年9月27日 21:03)|コメント(0)| トラックバック(0)

 学会最終日。ゆうべ一緒に飲んだグループによるシンポが午前中にあったので出席。

 学校教育での「体験」をどうデザインするか。ぼさっと聞いていたら、司会者のOさんに指名されたのでコメントする。教育のプロセスのなかで起こる「ズレ」が学習を促進するのだとして、ズレたまま活動を維持するためにはどんな仕組みが必要なのかという問いかけ。学校ならば目立たないが、高等教育や生涯学習の場だと目立つことで、ズレが嫌になってその場から離脱する、という事態も起こりうる(退学とか)。ズレに積極的な価値を見いだすようにしむける何かが必要。それは何だ?

 午後、ベライター&スカーダマリアでおなじみのスカーダマリア先生の講演会に出席。学びのコミュニティが創発する過程が、ネットワーク分析で浮かび上がってくるというプレゼンはとても面白かった。ただ、総じて「付属校研究」(ぼくの造語で、付属校の子どものように『できる子ども』を対象としてはじめて可能な研究のこと)であるようにも思った。多様性を抱えつつ可能な実践なのだろうか。そうだとしたら、それを可能にした教師の力こそ分析しなければならないのでは?

 途中で抜け出して、ポスター発表へ。Iさん、Tさんにご挨拶。

 学会が3時に終わった。M先生たちグループと合流し、タクシーで静岡駅に。駅接続の食堂街にある銀座ライオンで打ち上げ。

 他の院生さんなどはこれで帰宅するというので、M先生と2軒目へ。昨日、「鹿島屋」に行く途中のアーケード街にあって、提灯型のネオンが気になっていた「大村バー」へ。

 バーと名前がついているが、普通の大衆居酒屋である。これが大当たり。入り口そばにしつらえられた、焼き台を囲むようなカウンター、その奥に小上がりがあり、さらにその奥にもうひとつカウンターがある。盛況ぶりを物語るというもの。さらにその奥にはなんと室内にもかかわらず池があって、鯉と金魚が泳いでいる。

 酒をもらう。冷やしトマト、柳川など。よしなしごとを話す。

 店の方に話を伺うと創業90年になるそうだ。この店がトップに載っている静岡の居酒屋ガイドブックを見せてもらう。そこに若かりし頃の姿が映っている、齢80を越えたという店主のお母さんが焼き場に今も立つ。トウキビを焼いてくれた。

 次の店は、そのガイドブックに載っていたよさげな店。伝馬町の「大作」へ。

 写真を見て生シラスがうまそうだなと適当に選んだ店だが、ここも大当たり。時季外れなのかもしれないが、生シラスがあったので頼む。うまい。カウンター前の大皿には里芋の小さいのをゆでたやつ。これもうまい。ミョウガ酢味噌。うまい。合わせる酒は地元「初亀」。

 静岡の居酒屋は奥が深い。まだまだすばらしい店がありそう。

カテゴリ:

静岡居酒屋紀行その3

dun (2009年9月26日 21:02)|コメント(0)| トラックバック(0)

 学会2日目。午前中に正式に出番のあるシンポがあったので、出席。

 プロの音楽家である石川さんとともに幼児に対しておこなわれたワークショップを振り返るという企画。東大の丸山先生が企画され、早稲田の宮崎先生とともに石川さんから何かを引き出そうとした。ライブ感のあるセッションとなった。

 指定討論ということで引き出し役に回ったのだが、考えてきたことがほとんど使えず、その場で思いついたしょぼいコメントでお茶を濁す。難しいもの。

 シンポの流れで静岡駅まで行き、関係者の皆さんとともに韓国料理屋で食事。

 どうもくたびれていたらしく、そのままホテルへ戻って夕方まで眠る。

 夕方起き出して、M先生に誘われていた飲み会へ。横国大のA先生たちグループが集まる。

 上石町の「鹿島屋」。超有名店である。

 青葉交番から少し離れたところにあるアーケードの並びに店はある。その前で立って待っていると、今回幹事をお勤めのFさんが。Oさん、Mさんもぞろぞろと。「どうもどうも」と言いながら店に入ると3階に通される。

 結局総勢20名弱が集まる。並べられた卓をぐるりと囲み、乾杯。お通しは海つぼ。バイ貝のことだろうとみなで言い合う。分厚いカツオの刺身、桜エビかきあげ、黒はんぺんの焼いたヤツ、ぎんなん焼き、そば。その他にもいろいろ出てきたような気がするが、覚えていない。

 静岡の酒をがぶがぶと。「正雪」が口当たりよく、甘すぎず、くどすぎず、よかった。

 よしなしごとを話しているうちに解散。

 M先生、Aさん、それにKくんを合流させて引き続き飲みに。おでんとモツを食べるべく、目についた「忠太」に入る。

 L字型のカウンターのみの店。おでん、モツ煮に、海つぼ、まぐろすき身など。よしなしごとを話す。

カテゴリ:

静岡居酒屋紀行その2

dun (2009年9月25日 21:00)|コメント(0)| トラックバック(0)

 一夜明けて学会が始まる。会場となる静岡大学は静岡駅からだいぶ離れており、バスかタクシーでなければ宿からたどり着けない。

 早めに会場入りして、旧知の先生方にご挨拶。

 午前中はOさんたちのシンポに参加。ただいま自分が教室の談話分析をしているので大変参考になる。何に適応するか、そうすると「同時に」何に適応できなくなるのか。もしかすると子どもたちは適応すべき「何か」を自分たちで創り出しているのではないか。そんな感想を持ちながら話をうかがった。

 午後はポスターをちらちら観ながら次の日の出番のための準備。と、突然電話がある。M先生から。今日これからのシンポに指定討論として代打で出て欲しいとのこと。なんじゃそら。幸い、コメントできない内容でもないのでお引き受けする。

 バフチン理論の教育心理学への応用について。提供された話題にふむふむとうなづきながら内心気が気ではない。前の席に座っていたKくん(彼も代打)がPCに個別の話題提供者へのコメントを書いているのが見えたので、全体に対して、どうとでも答えられそうなコメントを準備する。

 シンポの流れでそのまま打ち上げ。昭和町の交差点から少し入った大衆酒場(名前失念)。1つのテーブルを10人で囲む。黒はんぺん、しらすおろし、串焼き盛り合わせ。品書きの短冊がカウンター上の壁にずらりと並ぶ、正統的な大衆酒場。

 この店を出たらおでんで有名な青葉横町へ行こうとM先生と事前に話していたのだが、大衆酒場を出たときにはすでにどこかに行ってしまったあとだった。仕方なく一人で青葉横町をのぞく。端の店に見知った顔があった。大学院の先輩のNさんである。せっかくだからいっしょに飲もうと店に入ってみる。と、その顔の奥にもう一つ見知った顔が。M先生だった。なんじゃそら。

 おでん「和子」。8人も入ればいっぱいになるような、カウンターのみの店。青葉横丁にはこうした店がずらりと入っているらしい。ここで初めて静岡おでんを食べる。牛すじからだしを取るのでくどいかと思ったがそうでもない。

 おでんをつつきながら衝撃の事実を知る。

カテゴリ:

静岡居酒屋紀行その1

dun (2009年9月23日 20:59)|コメント(0)| トラックバック(0)

 教育心理学会で静岡大学へ。静岡市内に投宿し、昼間は学会で、夜は居酒屋で情報交換という日々が続いた。

 初日、宿に荷物を置いて駅北口の繁華街へ。飲み屋の多い紺屋町、両替町から昭和通りをはさんだ常磐町はしずかな街並み。落ち着いた飲み屋が何軒かある。その中から、モツを食べようと目についた「ナカミヤ」へ。

 カウンターとテーブルが数卓の小さな店。ご夫婦二人で切り盛りされているようだ。カウンターに男性が2人。その間に座る。ホッピーがあったのでまずはそれを。

 モツ煮込みをお願いするが、いろいろな味があるとのこと。たとえばタンはカレー味、すじはクリームソースで、といった感じ。これは面白い。けど、オーソドックスなモツミックス塩味をお願いする。それに、センマイ刺し、ポテサラ。センマイはあると食べてしまう好物。「ガツシン刺し」なるものがあったので聞くと、胃袋の真ん中の部分だそうだ。それもお願いする。ナカをお代わりしてちょうど食べきった。

 耳の調子が悪く、噛むごとにその音が直接耳に響く。今日はおとなしくしておこうと、ホテルへ戻る。その途中の辻に建つ瀟洒な造りの店が。「こでまり」という。その雰囲気に誘われて引き戸を開けると、斜めにつけられたカウンターに、ご高齢のお客さんがずらりと座る。カウンター奥には妙齢の女性。つい、入り口で固まってしまう。

 恐縮しながらカウンターの隅に座らせていただき、ビール、しらすおろし、枝豆、はんぺんに桜エビをまぶしたものをいただく。

 隣に座る一団に、近くのスナックのママが合流し、カラオケで盛り上がってきた。そのママが歌う美空ひばりがむちゃくちゃうまくて感動する。

カテゴリ:

散々

dun (2009年9月19日 20:58)|コメント(0)| トラックバック(0)

 新千歳からの飛行機が遅れて、指定を取っていたひかりに乗れず。「飛行機が遅れたんですが」と、品川で窓口に聞いてみると、「ちょっとまってください」と係員がいったん奥に引っ込む。ふたたび出てきて、指定を取り直してくれた。よかった。

 そんなんでただいま「こだまの喫煙車両」に乗っている。居酒屋ではたばこを吸う人がたくさんいるわけで、その中で酒を飲んでいるときはまったく気にならないのだが、ただ居合わせるだけでこのにおいをかぐのはつらいということが分かった。

 それと、飛行機に乗っているときから、左耳が痛い。気圧の変化に対応できなかったようだ。普段はこんなことほとんどないのだが、たまたま前の日に風邪を引いていて、そのせいで耳管がうまく通らなかったようだ。航空性中耳炎というらしい。おかげで、左耳はずっと水が詰まったような感じでほとんど聞こえない。困った。

 風邪には、陸別に行っていたときにかかったらしい。声が出にくくなり、関節が痛くなっていた。用事を済ませ、100㎞の道のりを運転し、帯広から列車で2時間かけて札幌にたどり着いて、帰宅して熱を測ったら38度だった。すわ、これが噂の、とも思ったが、咳がまったく出ないので単なる風邪だろうと判断。葛根湯を飲んで風呂に入り、布団二枚重ねで汗をだらだらかきながら一晩寝たら治った。

 どうか静岡ではいいことがありますように。

カテゴリ:

ただいま足寄

dun (2009年9月17日 20:57)|コメント(0)| トラックバック(0)

 明日、陸別に行くために、今晩は足寄に一泊。

 足寄といえば松山千春くらいしか思い及ばない者であるが、いろいろと名物はあるようである。

 町中に投宿。その近くの「鳥せい」へ。生ビール2杯に漬け物、鶏半身焼きを。

 その間に地元の方が焼き鳥を持っていった。長年愛されているのだろう。

 次の店は「そこぢから」。マスターと話したところでは、まだオープンして2週間たっていないのだそうな。道理で表に花が出ていた。マスターは地元足寄出身で、札幌、東京で修行して、本別で店を出した後、足寄に戻ってきたのだそうだ。

 塩から、刺し盛り、串揚げ、ホヤ刺しを食べる。どれも標準はクリアしているだろう。地元にしっかりと根付いていただきたい。

カテゴリ:

リンゴ狩り

dun (2009年9月15日 20:54)|コメント(0)| トラックバック(0)

 幼児園の子どもたちや先生方と、北大農場で作っているリンゴをいただきに行ってきました。なんでも、農場のご厚意で、リンゴの木1本まるまる自由に実を取ってよいのだそうです。

P1040796.JPG

 品種は「きたかみ」。今年は雨続きの日照不足で実はさほど大きくならなかったそうですが、花はたくさん咲いたために数はたくさんつけたそうです。

 手の届くところについている実をあらかた採り終わると、子どもたちは脚立にのぼって木の上の方についている実に手を伸ばし始めます。

 大人も必死になって採った結果、凄い量のリンゴをもらうことができました。運ぶために台車に段ボールを積んできていたのですが、満杯になってしまいました。

P1040792.JPG

 子どもたちはリュックに詰められるだけ詰め、重たいようと言いながらもリンゴを背負ってニコニコと歩いて帰りました。

カテゴリ:

子連れ学会

dun (2009年9月14日 20:52)|コメント(0)| トラックバック(0)

 北海学園大学で質的心理学会が開かれていた。

 ぼくはこの学会の会員ではないのだが、浅からぬ因縁があって去年から顔を出している。

 今年はうちの近所(地下鉄で2駅!)での開催とあって、子どもを連れて散歩がてら行ってみた。

 以下、子連れで初めて学会に参加した感想。

・子どもは無料で参加できる。(うらやましい)
・落ち着いて話を聞くことはできない。(当たり前)
・人とゆっくり話をすることもできない。(当たり前)
・通りすがりの人がニコニコしてくれる。街中を歩くよりもニコニコ率高し。
・スタッフの方がお菓子をくれる。
・シンポジウムにて。スクリーンを見ると「映画かな?」と思うらしく最初はおとなしく座っている。
・しかし、画面がちっとも動かないのですぐに飽きる。

 子どもを連れていて初めて気づくことも多いものである。

カテゴリ:

飛行機見ながら湯につかる

dun (2009年9月 5日 20:52)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ただいま名古屋へ向かう電車の中。

 研究会に参加するため、早朝の飛行機でセントレアに到着。ただ、研究会の開始は午後2時。だいぶ間がある。

 存在は知っていた、セントレア内の銭湯に行ってみる。大人一人1000円(タオル代込み)。

 朝風呂につかる人は少なく、快適。ジャグジー、サウナ、寝湯など、銭湯にありそうな設備はみなそろっている。さすがに露天はないが、テラスに出て滑走路を眺めることができる。

 さっぱりしたところで、これから名古屋港へ。

カテゴリ:

ロルバーン

dun (2009年9月 4日 20:48)|コメント(0)| トラックバック(0)

 前回のエントリでは、お読みになった方にたいへんご心配をおかけしたようで、すみません。それなりに元気ではありますのでご安心を。

 元気な証拠に、物欲が出てきています(単なる依存とも言います)。

 この夏に実家に帰っていたとき、通りかかった店先にあったノートに一目惚れし、手に入れていたのでした。

 それが、DELFONICSロルバーンメモ(Rollbahn Memo)。いくつかサイズがあるのですが、Lサイズ(だいたいB6サイズ)を使っています。

 最初は見た目で購入したのですが、使い心地もよいです。わたしはぺんてるのトラディオ・プラマンを常時使っているのですが、このペンのインクは、紙によってはにじんだり裏写りしたりするのです。ロルバーンに使われている紙では、そんなことはありませんでした。書いているときのペンの動きもなめらかです。

 使い心地の良さに、ついついAmazonで大量購入してしまいました。

 P1040736.JPG

 表紙の色のバリエーションが幅広くて、全色そろえたくなってくるのが憎いところ。

カテゴリ:

いろいろと反省

dun (2009年9月 3日 20:47)|コメント(0)| トラックバック(0)

 人を傷つけずに生きることは難しいと、このところ思い悩んでばかりいる。

 わたしが普段研究の対象としている会話は、子どもを中心とした何気ない、たわいのないものである。話すこと自体が目的の、ただつながっていることを確認するための会話、言語のそのような用いられ方をヤコブソンは交話的機能と呼んだ。

 その一方で、ある言葉ひとつ間違えるだけで恐ろしく重大な結果の生む場もある。切ったはったの世界では、言葉によるやりとりには相当気を遣うはずであろう。うまくいけば手打ちとなり、いかなければ抗争となる。

 であるから、昔から人は、抗争を避けるために手打ちの仕方をパッケージ化し、言語のレパートリーの中に残してきた。一番簡単なのは「ごめん」である。これを出されると人はいったん怒りの手を止めることになっている。それでも許せなければ、「『ごめん』ですめば警察は要らない」と、コードの無効性をメタ言語的に宣言しなければならない。

 わたし自身は切ったはったの世界に不慣れであるものの、給料をもらっているのはそういう世界からなのである。そこでは言葉選びの慎重さと段取りのそつのなさが有能さを示すスキルだ。かつてはそれができることが大人の条件であった。34にもなって言うのは恥ずかしいが、わたしはまだ大人になりきれていない。

カテゴリ:

最近の記事
月間アーカイブ
カテゴリーアーカイブ

ATOMを購読