「おかしな問題」

dun (2017年6月27日 16:39)|コメント(0)| トラックバック(0)

5枚入りのデュエマのパックを8パック買いました。全部でだいたいいくらでしょう。

川床(2007)を読んでいて,上のような問題を思いついた。これ,うちの息子は解けるだろう。「ここで買えばいくらだけど,あそこで買えばいくらになる」といった,問題の文脈を自分で作り出すこともできるだろう。

6kgの小学生が8人います。全部で何kgですか。

これは非現実的な問題として挙げられている。確かにそうなのだが,これは「6kgの小学生がいたとして」「1kgは私たちの世界での4kgだとして」と仮定した上で問題をとく行為と捉えるならどうだろう。

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川床靖子 (2007). 学習のエスノグラフィー:タンザニア,ネパール,日本の仕事場と学校をフィールドワークする 春秋社

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研究の方向を見定める

dun (2015年3月 3日 00:01)|コメント(0)| トラックバック(0)

データなんていくらでも取ろうと思えば取れるわけで,大事なことはそれでもってどちらに行くか,だ。

方向を見定める作業に10年以上かかっているのだが,そろそろ1つの方向性がまとまってきた。キーワードは,「子どもによる環境作り」である。

一方で,「大人による大人のための環境作り」もまた同時並行で進めている。

その一つが,現在もっぱら携わっている研究で,コミュニケーションを可視化する装置を学校の先生向けにカスタマイズする作業である。

先日の研究会では政策提言に食い込むのかどうか,という問いかけがなされた。大事なのはキャッチフレーズではなかろうか,と思う。ぼくならばこのツールは「もう1本のペン,もう1冊のノート」とでも呼ぶだろう。

「新しいペン,新しいノート」と呼ばないのは,今もこれからも授業記録の基本はペンとノートだという発想に基づく。先生が自分の目で見たこと,耳で聞いたことを主観をたっぷりとまじえて書き続けることが大事だ。いまカスタマイズしている作業は,先生のそうした主観に分析の結果を近づけることが中心となる。だから先生は自信を持って主観を研ぎすましてほしいのである。

そうなってはいけないのは,機械の分析結果に引きずられて先生が主観を曇らせることである。いってみれば,検査の結果に悪いところがないため,痛い痛いと叫ぶ患者を放り出す医者のようなものだ。先生がそうなってはいけない。まず人としての関係性において患者の痛みの尊重があって,それを和らげる手段としての検査でなければならない。

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言語は質的研究のツールとして適切か?

dun (2014年9月12日 21:15)|コメント(0)| トラックバック(0)

心理学研究における質と量の対立については無益だ,というのが私の立場です。

それよりも,ことさらに両者の対比をするのが質的方法を採用する側であることが気になります。

質だ質だという場合に,ではその研究が採用する「言語」というツールはどうなのよ,と思うのです。

ここにタマというネコがいて,あそこにミケというネコがいます。これら2匹は,当然,個として固有の人格ならぬネコ格をもったネコです。

にもかかわらず,言語の水準においては,私は2匹を「ネコ」というカテゴリーによってアイデンティファイし,同じ「ネコ」という表現形式を用いて指し示します。

ネコという単語があるからそう認識するのか,それともネコが実体としてあるのかは古典的すぎる問題なのですが,いずれにせよ,ネコという単語を用いることにより,固有のネコ格が捨象されることは事実です。

つまり,言語は,質的な差異を無視するツールなのです。

しかし,固有のネコ格を捨象するからこそ伝わるものもあるのであり,トレードオフの関係にあると言えるでしょう。

そういう言語というツールの特質を分かっていて質的研究のツールとして言語を採用しているのですか,と問いたいのです。きょとんとされるのでしょうけどね。

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タンスの3段目

dun (2014年5月29日 04:59)|コメント(0)| トラックバック(0)

早いもので娘ももう1歳を過ぎました。歩くのもだいぶ上手になり,家の中をポテポテとうろつき回っています。

動くのがうまくなるということは,こちらの目が離せないということでもあります。視界から消えてしばらく静かにしているなと油断していると,たいていはろくでもないことを夢中になってやっています。

部屋に置かれたタンスから服を引っ張り出すのも日常茶飯事。せっかくたたまれてしまわれていたのに,全部外に出してしまいます。それで,出した服の山に埋もれてみたり,ズボンを首に巻き付けてみたり,「洗濯物をたたむマネ」をしてみたり。集中して遊んでいるので怒ることもできず,こちらとしてはため息をつきながらもニコニコと眺めています。

しかしながらその様子をよく見ていますとあることに気づきます。部屋のタンスは5段あるのですが,なかでもよく狙われるのは「3段目」のようです。もちろん背の届かない,上から1~2段目はそもそも開けられないのですが,もっと楽に中身を見渡せる,下から1~2段目はあまり開けようとしません。

なぜ3段目なのでしょう。

上の映像を見てみますと,なんとなく理由が分かりそうです。

彼女は引き出しの中をあさるのに「つま先立ち」していますね。つま先立ちをして手の届く範囲(3段目)とは,彼女にとって無理せずに手の届く範囲(下から1~2段目)と,無理をしても絶対手の届かない範囲(上から1~2段目)の,ちょうどあいだにあります。これが決め手になっているように思われます。

彼女が3段目を狙う理由,それは,そこがちょうど「今」の彼女にとって「おもしろい」範囲だから,だと考えられないでしょうか。

ちょっと頑張れば手が届く,ちょっと頑張ればのぞくことができる。この「ちょっと頑張れば」が知覚でき,かつ,実行に移すことができるとき,そのときどきの「おもしろさ」が沸いてくるのでしょう。逆に言えば,簡単に手が届く範囲にある下から1~2段目をあさることは,今の彼女にとっては「おもしろくない」のです。

注意したいのは,あらかじめ「おもしろさ」を感じることが分かっていて引き出しを開けようとし始めるわけではないだろう,ということです。要するに,「おもしろさ」の知覚→引き出し開け行動,という順序で発生しているわけではないだろう,ということです。おそらくは,つま先立ちをして手をのばしたところ,見えるか見えないかというギリギリの目の高さに服が詰め込まれているのを発見し,それをポイポイと外に出しはじめたらおもしろかった,という順番だと思われます。要するに,引き出し開け→「おもしろさ」の知覚という順序で発生したと考えられます。

このように,つま先立ちをして手が届く範囲におもしろさを感じるとともに,それがその後に続く学びを主導していくという考え方は,私のオリジナルではありません。フレッド・ニューマンとロイス・ホルツマンという,アメリカの哲学者・心理学者が,学びとは何なのかを考える上で,「頭一個分背伸びをすること」がもつ,学びにとっての本質的な意義について議論しています。その議論の背後には,ロシアの心理学者ヴィゴツキーの発達学習理論が横たわっています。

心理学をちょっと勉強した方ならば,もしかすると「最近接発達領域」の話かなと思われるでしょうが,その通りです。ただし,私がニューマンとホルツマンの議論に同調するのは,2人は学習者が感じる情動的な側面,ここで言うところの「おもしろさ」が,学びの成立に欠かせないと看破しているところです。娘の話に戻れば,彼女はほんとうに夢中になって服を取り出しています。この行動の背後には情動的な衝動があるように見えるのです。

学びというと私たちはつい,何かを意識的に記憶したり,自分自身を自己反省的にふりかえったりといった認知的な側面ばかりを重視してしまいがちです。しかし,その発生時点までさかのぼると,むしろ情動が大きな役割を果たしているでしょうし,そう考えると情動と認知を区別することはできないだろうというのが,ニューマンとホルツマンの考え方です。

この考え方を,例えば学校教育に敷衍するならば,教師は子供の学びをどのように導けばよいのかという問いと結びつくように思います。子供の学びを発生させる初発の情動的な衝動を起こすことがうまくできているでしょうか。「なんだろう?」という好奇心もそうでしょうし,「え?ほんと?」といった驚きもあるでしょう。そうした情動を起こすような問いであるとか素材を子供に提示できるといいんじゃないかな,と思います。

子供の学びを引き起こすもの,それは,1歳児にとっての「タンスの3段目」のような対象の存在だと言えるでしょう。

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指定討論の恐怖

dun (2014年3月28日 21:55)|コメント(0)| トラックバック(0)

kamogawa.jpg

先週末は京都大学へ。発達心理学関係の学会に参加してきました。

学会に参加して何をするのかと言いますと,個人やグループでの個別研究発表を聞いて動向を確認するのはもちろんのこと,講演会や,複数の研究者によるあるテーマをめぐるシンポジウム,そしてもう少しラフな場で議論をするラウンドテーブルといったイベントに出席するのです。

そうしたイベントにただ聴講しに参加することがたいていですが,どういうわけか,自分の研究について「話題提供者」として話しをする機会をいただいたりもしますし,提供された話題に対して「指定討論者」として質問したりコメントしたりすることもあります。

ぼくはこの「指定討論」がほんとうに苦手です。いままで,学会が終わってから後悔しなかったためしがありません。

多くの場合は話題提供者の方から事前に発表資料をいただきますので,それを読んでおいてだいたいのコメントを考えておきます。ただ,個別の発表にコメントを返すことが果たしていいのかと悩むこともあります。どういうときかと言いますと,そのシンポジウムなりラウンドテーブルでの全体の議論を活性化することが求められるような場合です。これに失敗すると,「おとしどころ」が分からずに場の空気を読めないコメントばかりが口をつくという最悪の事態に陥ります。

案の定,先日の学会でもそういうことになってしまい,学会終了後は憂さを晴らすべく痛飲しました。

発達心理や教育心理の領域で著名なヴィゴツキーという研究者について,その理論の背後にいる哲学者のスピノザとの関係性について議論するシンポジウムを企画し,ご高名な先生方に来ていただくことができました。ぼくは僭越ながらその先生方への指定討論を仰せつかったのですが,ぎりぎりまで何を話せばいいのかよく分からないまま,結局その場ででっちあげたのは自分とヴィゴツキーとの出会い方というどうでもよい話しでした。

こういうときは,帰りの飛行機の中で「ああ,こう言えば良かった」というアイディアがぽんぽん出てくるのです。

そういうわけで,思いついたことを書き付けておきます。ヴィゴツキーが格闘したのは彼が生きていた時代や社会における具体的な諸問題であったはずであり,そういう諸問題について考える上でスピノザを参考にしたのでしょう。つまりヴィゴツキーはスピノザと「ともに」具体的諸問題を考えようとしていたはずです。一方,私たちはこの時代,この社会における具体的な諸問題と格闘しており,その方向性を考える上で「スピノザを読むヴィゴツキー」を読むのが適切なのだとしたら,その問題とはいったい何だろうか,という問いを,話題提供の先生方に投げかければよかったなあ,と思いました。

「あらゆる時代,あらゆる社会,あらゆる心理的諸問題」に適用可能な心理学理論や心理学概念はありません。ある理論やある概念は,個別の具体的な問題状況から生まれ,それを解きほぐすために用いられます。ヴィゴツキーの理論や概念もまたしかり,でしょう。だとしたら,どういう問題状況にとって,スピノザ経由のヴィゴツキー理論の適用が適切なのだろうかという疑問だと言い換えられます。

ある先生はこの資本主義化された社会における個人の解放を問題としたいと言うでしょうし,ある先生は幼児期におけるごっこ遊びの意義について考えるため,と言うでしょう。理論をめぐって空中戦を戦わせるよりは,よっぽど具体的な話しができただろうと今にして思います。

指定討論を,学会が終わって3日後くらいにメールで行うとかいったルールにすればいいのになあ。

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環境を変える/自分が変わる

dun (2013年11月13日 22:18)|コメント(0)| トラックバック(0)

「水曜どうでしょう」の新作がはじまるまでの時間を使ってさくっと書いてしまう。

明日から横浜へ行く。横国大の有元典文先生のゼミを,こちらの院生と一緒に訪問させていただくのだ。

そこで見聞きしたことをなんとか消化/昇華して自分の研究に活かしてもらいたいというのが指導教員の思惑。

本音のところを言えば,教員が「あそこへ行け」と言う前に,さっさとどこかに行って情報を仕入れてくるような院生であってほしい。

関東にいたときは,わりとあちこちに出かけていたように思う。自分でも驚くのは,当時ATRにいらした岡田美智男さんのところに見学におしかけたことだ。筑波から「けいはんな」まで,よく院生の財力で行けたものだと感心するが,とにかく行ってしまった。

現下の環境では自分にとって必要な情報が手に入れられない可能性が小さいと直感的に感じたならば,さっさと行動に移して「よさげ」な場所に移動してみることだ。環境に自分を合わせるのではなく,環境を作りかえてみる。そうすることで自分も変わる。

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教えられないものがあることへの恐怖?

dun (2013年7月18日 19:05)|コメント(0)| トラックバック(0)

このツイートが埋め込まれた文脈を追えていないので最後の一文にだけ反応すると。

「教える-教えられるという社会的関係性の一方に居続けること」が破綻する瞬間を避けようとする傾向は,ぼくにはある。その傾向は,「恐怖」という言い方が適切かどうかは分からないけれども,確かに情動的なもの,つまりは頭では分かっていてもどうしようもなく生じる身体的反応の水準において起こるものである。

この情動的反応を避けようとして何をするかがぼくには問われている。

ひとつは,教える-教えられるという社会的関係性をひたすら維持しようとすること,しかも,教える側に居続けようとすること。

もうひとつは,この情動的反応を利用してさらに先に進むこと。例えば,教えられないことがないくらいにまで専門性を高めるべく学び続けること。つまり,「恐怖」によって移動することを「逃げ」とするのではなく「前進」として捉えること。

後者はなんだかよさそうである。しかしストイックであり辛い作業である。しかも,それでもやはり教えられないことはなくならないのである。

教えられないことがあることへのみずからの情動的反応をぼくがどのように利用するか。これを記述できたらけっこうなものになるのだけどなあ。

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観察者を傍観者から当事者に変える実践

dun (2013年5月23日 20:33)|コメント(0)| トラックバック(0)

障害者イズム ~このままじゃ終われない~ Part1 [DVD]

先週に引き続き,「障害者イズム」から別の1シーンを使って,詳細な行為の分析をいかにすべきか,実習を行いました。以下は,人々のやりとりを細かく見るといろいろなことが浮かび上がってきますよ,ということを伝えるために,実習の最後に配布したお試しの分析レジュメの内容です。

私は会話分析・相互行為分析について誰かから系統立てて学んだことはありませんので,見る人が見たら多分におしかりを受ける内容ではあるでしょう。にもかかわらず掲載するのは,その見る人がもしもこれをご覧になったらいろいろと教えていただければなあと思ったからです。あつかましいですね。

見えない参加者—撮影者

N氏が県営住宅を借りる相談をしに,N氏とH氏は連れだって某県庁住宅課の職員(職員AとB)の元に訪れた。参加者による一連のやりとりが終わった直後の場面を見ると,2人の職員は立ち上がって,相談者N氏とH氏のいる場所とは逆の方向に顔を向けて背中をかがめていた。これは一連の相談が終わった後のあいさつと解釈されるが,果たして誰にあいさつをしているのだろうか。

それは,「撮影者」である。撮影者はカメラの後ろ側にいる限り決して画面に映り込まないが,参加者としてその場に共在する。

中立的立場の撮影者?

この場面での職員たちの行動は,かれらが撮影者をどのような存在として理解していたのかを推測する手がかりになるように思われる。仮に職員たちが撮影者を「壁の虫」のように無視していたのだとしたら,あいさつと目されるような行動は取らなかったであろう。では,撮影者は職員たちにとって相談者の1人であったのであろうか。実は,そうでもなさそうである。まず,相談の一部分を書き起こししたものを見てみよう。

シークエンス 住宅を借りる相談をする(B:職員B H:H氏)

01 B あのー車イスで使えるような設備も整ってるんですよね
02 H はい
03 B ここが空いてるんですよ
04 B だけどなかなかねこんだ逆にこちらのほうが募集していても
05 B なかなか需要者がいないっちゅうね
06 B こうちょっとこうふうね
07 H 場所て場所的にはどこらへんになるんですか
08 B ほ

抜粋したシークエンスでは,主に職員Bが相談に対して返答していた。その内容は,住宅への居住が可能な条件に適した応募者がなかなかいない,というものであった。職員Bの発話に対して相づちを打ったり問いかけをしたりしているのはH氏であった。その他の職員AやN氏はこのシークエンスでは発話していなかった。

相談の当事者はN氏であった。N氏が希望していた県営住宅の部屋は自分の職場からも近く理想的であったのだが,そこは世帯用であり,家族がいなければ(N氏は独身であり,さらに親元から独立しようとしていた)借りることはできない。一方で,職員Bが勧めていたのは単身用の部屋であった。しかしN氏にとって問題だったのはそこが職場から遠く離れていたことであり,車でもないと通勤できない(N氏は脳性マヒ患者であったために自動車の運転は困難であった)。

職員Bがこのシークエンスで行いたかったことは,おそらく,「相談者を説得して単身用の部屋で妥協させること」であったと推測される(このことは直前のナレーションによって明らかとなる)。職員Bのねらいがこれであったという前提で議論を進めると,職員Bが相互行為を通して行いたかったことの1つは「味方を手に入れること」であったと推測される。

説得する相手である相談者以外で味方になる可能性をもつ参加者として,まず職員Aが想定できる。ただし,職員Aは職員Bと同じ制度的な役割をもつ。相談者と相談を受ける者との間で思惑が対立していた場合,議論は平行線をたどることとなろう。そこで,相談者(車イス利用者)と相談を受ける者(職員)という対立する2つの役割以外の参加者が職員Bにとっては必要であったのではないか。つまり,中立的な立場の存在である。中立的な立場の参加者を味方とすることに成功した場合,人数において相談者を上回ることとなり,説得に成功する可能性は高くなるであろう。このような判断を職員Bが実際に頭の中で行っていたかどうかはまったく不明である。しかし,非合理的な推論ではないだろう。

このシークエンスにおいて中立的な立場に立ちうる唯一の参加者は撮影者であった。撮影者を味方につけることができれば,職員Bのねらい(=相談者を説得して単身用の部屋で妥協させること)が達成される可能性は高まる。このような前提であらためてシークエンスを見てみよう。

視線の分析を通して何が分かるか?

このシークエンスの映像を見ていて気がつくことは,職員Bが発話をしながら視線をあちこちに向けていたことである。発話だけを見ると,H氏と職員Bとの対話のように見えるため,職員BはH氏だけに視線を向けていたように考えてしまうが,実際には,視線を向ける対象を頻繁に変えていた。

このシークエンスでは映像の画面に2名の職員しか映っていない。そのため職員Bが相談者の誰に視線を向けているのか,明確ではない。しかし,シークエンス終了間際に,2名の相談者と2名の職員の座っていた位置関係が俯瞰的に映っている。その映像に基づくと,図2のような身体配置によってシークエンスが展開されていたこととなる。

20130523fig2.gif

図2 住宅を借りる相談をするシークエンスにおける参加者の身体配置

図2で想定された身体配置を背景として,発話の書き起こしに職員Bの視線の動きを重ね合わせ,さらに発話をジェファーソン・システムで書き起こしし直したものを次に示す。

シークエンス 住宅を借りる相談をする(発話の書き起こしの下にある記号は,職員Bの視線の向き先にある人/物を示す)

視線の向き先にある人/物の凡例
H:H氏  N:N氏  O:撮影者 D:書類 ---(ハイフン)は,視線の移動を示す。

01 B あの::くるまいすでつかえるような(.)せつびもととのってるんですよね:
      HH----NNNNNNNN----DDDDDDDDD----HHHHHHHHHHHHHHHH
02 H (はい)
03 B ここが(2.0)あいてるんですよ=
      HHHHHHHHHHH---O-N-----
04 B =だけどなかなかね(.)こんだぎゃくに:(.)こちらのほうがぼしゅうしていても=
      --DDD----H----NNN---OOOOO------N---OOOOOOO------HHHHHHHHH------
05 B =なかなか(1.0)じゅようしゃがいないっちゅうね:
      OOOONN--H-NNNNNNNNNNNNNNNNNN---
06 B こうちょっとこう.h[ふうね::
      HH---NNNNN---D-NO--H---N--
07 H            [ばしょてばしょてきにはどこ[らへんになるんですか
08 B                              [ほ
                 HHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH

シークエンスにおいて,職員Bが撮影者を頻繁に見ていたのは,4行目と5行目の発話の最中であった。この発話は,「今度は逆にこちらの方が募集していてもなかなか需要者がいない」というものであった。ここにおいて職員Bは「こちら」という言葉を用いていた。これは,行政を担う職員という自分たちの制度的役割を指し示すものであったと言えるであろう。このような発話をしながら撮影者に視線を向けることにはどのような意味があると考えられるだろうか。

直前の発話が「単身用の部屋ならば空いている」ことを主としてH氏に視線を向けながらなされていたことと対比的にとらえるならば,4~5行目で職員Bはあたかも「行政の努力」を誰かに伝えようとしていたようにも見える。そして,視線が撮影者にも向き始めたことは,「行政の努力」を伝える相手としてH氏やN氏以外に撮影者が含められるようになったこととして解釈できるであろう。

参加の形式という観点からもう少し補強してみよう。

二者による会話(dyad interaction)を考えてみる。この場合,1人の参加者が話し手となった場合,他方が自動的に聞き手として扱われる。一方で三者以上の会話(multiparty interaction)の場合は,参加の形式に多様性が生まれる。1人の参加者が話し手となったとき,他の参加者の中で誰が聞き手なのかは自動的に決まらない。むしろ,誰が適切な聞き手となるのかはその相互行為を通して・その相互行為の中で即興的に決められていく。

会話中の参加者の視線の動きはこうした聞き手の決定過程と密接に関係していると考えられる。すなわち,話し手が視線を向けた対象は,優先的に聞き手として判断される傾向にあるのである。

撮影者に視線を向けることで,職員Bはその人を「聞き手」とすることができる。すなわち,相談という会話に臨場する単なる傍観者としてではなく,撮影者を相談に強制的に巻き込むことができるのである。撮影者は不可避的にカメラを通して職員を見ていたということも重要なポイントである。職員Bには撮影者が自分を見ていることが自明であり,だからこそ撮影者に視線を向けることで見つめあいを容易に達成することができた。

まとめると

職員Bは「相談をする者」でもなく「相談を受ける者」でもない参加者である撮影者を会話に巻き込むことに成功し,同時に,それを基盤として,撮影者に行政の努力を伝えていたと解釈できるであろう。

ともすると,ビデオ映像に基づくエスノグラフィーや会話分析・相互行為分析ではカメラの背後にいる撮影者の存在を無視して目の前で起きていることを分析してしまう。しかし,映像に映っている参加者が撮影者を参加者の1人として積極的に扱い,そのことが合理的な目的を持ちうる場合もありうるのである。

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窓口で追い返す方法の分析

dun (2013年5月16日 20:13)|コメント(0)| トラックバック(0)

障害者イズム ~このままじゃ終われない~ Part1 [DVD]

大学院の講義「教育学研究法」では,音声・映像データの分析の仕方について,レクチャーと実習をあわせて行っています。

発話データの書き起こし法としては,会話分析の領域で開発されてきたジェファーソン・システムが有名なので,それを学んでもらうことにしました。

なぜジェファーソン・システムが有効かというと,相互行為の中のトークを通して人々が行っていることを書き起こしという形で具体的に示すことができるからです。

例示するために,今回は山田和也監督による『障害者イズム』(2003年)というドキュメンタリー映画から,あるシーンを題材としました。

重度の身体障害者であるKさん(映画の中では実名で登場されますが,ここでは仮名とします)が,現在生活する施設を出て地域で自立生活する道を探ろうとするいきさつをカメラは追います。自活するには障害者基礎年金だけでは足らず,生活保護費の受給の可能性が探られます。そこでKさんは,居住する某市(これも映画でははっきりと示されます)の福祉事務所に赴き,窓口の人と相談をもちます。

映画ではKさんと窓口の担当者(以下,Officerの頭文字を取ってOさんとします)とのやりとりが音声のみ示されます。このやりとりには,生活保護費を申請に来た人を窓口で追い返すためのストラテジーが見えるように感じました。

そこで実習は,そうしたストラテジーとして解釈可能な部分を受講者に見つけてもらうことから始めました。

■K氏が某市福祉事務所に生活保護費の申請をしに行くシーンの会話の書き起こし(映画冒頭から9分39秒経過後~10分20秒まで)

01 わたしはほら生活保護の仕事やってんだけど
02 はい はい
03 生活保護を 受けたいってこと
04 はい はいはいは
05 で いま年金はもらってるの
06 はい
07 年金で生活
08 月8万です
09
10 月8万
11 月8万で生活できないかね
12 ちょっと無理ですね
13 だって生活保護だってお金 出せないよ 月8万もらってる人に さらに生活保護なんつったって 出せないよ
14 そうすか
15 ね だから年金ももらってるし
16 ええ
17 ね 生活保護ももら 保護費ももらうってことはできない 相殺されちゃうの
18 ああそうですか
19 うん じゃ そりゃあ二つもらえば誰だって俺だってもらいたいさ
20 ええええええ
21 ね あちこちからお金たくさんもらいたいね
22 ええええ
23 そういうわけにはいかないの
24 ええ
25

まずは文字に表現可能な言葉だけを丁寧に追っていってもらいました。すると,次のようなことが受講者の解釈として出てきました。

  • OはKにクローズドエンドな質問をしていた(3行目,5行目)。質問をすることで相手の意向を尊重しつつ,「はい」「いいえ」という回答に誘導しているのではないか。
  • Oの言葉尻に強い言い切りが多用される(11行目「~かね」,13行目「~よ」)。威圧的な印象。
  • Oが話し始める際に「ね」という確認をするような機能を果たす間投詞が多用される(15行目以降)。
  • Oは21行目でKの意向をあたかも代弁するような表現を用いた(「あちこちからお金たくさんもらいたいね」)が,23行目で否定に転じた。相手によりそうような姿勢を見せつつ拒絶する。
  • Oの言葉数がKよりも多い。他方でKが意味のある言葉で主張をするのはわずか(8行目,10行目,12行目)。発話量の非対称性が力の非対称性と重なっている印象。

なるほど,どれもその通りだと思いました。私が見て興味深いポイントは,2点あります。

  • Oが用いる自称詞が前半と後半で異なる(1行目「わたしはほら~」,19行目「~俺だってもらいたいさ」)。特に「俺」というフランクな印象を受ける自称詞を使うことは,相対的に後半の「相手に寄り添う印象」を高めている可能性がある。
  • Kの数の使い方がOによって微妙にずらされる。前半でKは自分が現在受給している「金額」を具体的に挙げていた(8行目「月8万です」)。一方でOは金額の表現をいったん受け入れながらも(11行目「月8万で生活できないかね」),Kが「無理だ」と拒否すると(12行目),すぐに,「月8万もらってる人に “さらに”生活保護なんつったって 出せないよ」(13行目)と言う。
    Oは,「額」ではなく「利用可能な制度の個数」の多寡が問題であると「すりかえた」。2つの制度を利用するとなぜか額が「相殺され」(17行目)るという制度上の問題を指摘されると,Kは「ああそうですか」(18行目)と納得せざるを得なかったように思われる。その後もOは「二つ」「あちこち」のように制度の個数が問題であるという論理で通そうとしていたと解釈できるだろう。

文字で示されたこと以外にも,OとKの2人による相互行為的な出来事も受講者から指摘されました。ひとつが割り込みで,前半ではKの発話にOがかぶせるようにして発話する箇所がありました。相手が話しているうちに自分の発話をかぶせることにはいろいろな機能があると思いますが,ここでのやりとりにとっては相手の話を「聞かない」ことが重要だったのでしょう。

受講者には割り込みを書き起こすことによって見えることがあるのだ,という点に気づいてもらった後で,ではジェファーソン・システムでは割り込みを記述する具体的なやり方を資料に基づいて確認してもらいました。

それにしても1行目の「生活保護の仕事」というOの表現は非常に意味深ですね。

自分でもおもしろい発見があった1時間でした。受講生に感謝です。

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北教大釧路校集中講義第3日目レジュメ

dun (2013年2月22日 09:05)|コメント(0)| トラックバック(0)

ヴィゴツキーの心理学理論に含まれる概念に基づいて,現在ではさまざまな実証的研究やそれに基づく新たな理論が生まれています。

そうした,ヴィゴツキー心理学理論を源流にもつ研究の流れは「社会文化的アプローチ」とか,「文化歴史的活動理論」(Cultural Historical Activity Theory; CHAT)などと呼ばれています。

これらの研究のうち,今日は2つを紹介することを通じて,ヴィゴツキーのアイディアが現在どのように継承されているのかを明らかにしたいと思います。

1. 対話論との接続

いきなりですがTEDのスピーチを見てください。これからお話しすることと深く関係している内容です。

カービー・ファーガソン リミックスを受け入れよう

いかがでしたでしょうか。リミックスということについてちょっと考え方が改まったのではないでしょうか。

いまから私が言いたいのは,リミックスにかんするこの考え方は,人間の心理についてもあてはまるのではないか,ということです。極端に言うと,私という存在そのものがリミックスなのです。

「私」とは何でしょうか。心理学では,自己selfと呼ばれる,自分自身についての意識はいつから存在するのでしょうか。もしもそれが発達の後の段階で生まれたとすれば,どのようにして生まれたのでしょうか。

心理学や哲学には対話的自己dialogic selfという考え方があります。これは,自己とは人が他者と社会的にやりとりをすることを通して意識のなかに作り上げられるものだ,という発想です。この発想からすると,自己とはそもそも純粋に自分自身だけのものではなく,さまざまな人の考え方が複合的に入り交じったものだと言えます。注意しておきたいのは,誰かの考え方に影響を受けたとか,誰かの考え方を知っているといったレベルの話ではなく,そもそも他者がいなければ自己は成り立ち得ないという発想をこの考え方はとるのです。

対話的自己という考え方のもとのひとつは,ミハイル・バフチンというソヴィエトの文学者・言語哲学者の考え方でした。バフチンのいう「対話」とは,人間という存在のありようについての考え方です。この考え方によれば,自己とは孤立した個人のなかで変化することなく純粋な形で存在するものとみなすことはできません。むしろ,相容れない異質なものが並び立つことを通して現れてくるものとして理解されます。

バフチンは『ドストエフスキーの詩学の諸問題』(1963)において「在るとは対話的に交通することを意味する。... 生き、存在していくには、最低限二つの声が欠かせない」と書いています。彼は言語哲学者なので言葉をモチーフにして語っていますが,ここに言われているように,対話という概念が強調するのは,複数の言葉が並置されている状態です。これを多声性(ポリフォニー)と呼び、誰にも向けられていないモノローグ的発話と対立させられます。

この対話的な自己がどのようにして生まれたのかを説明してくれるのが,ヴィゴツキーの発達理論なのです。先取りして言えば,ヴィゴツキーによれば自己とは他者から手に入れた媒介手段を通して自覚できるようになった意識のことです。このときにもっとも重要な媒介手段が言葉です。

ヴィゴツキーの発達論によれば,学童期から思春期にかけて子どもに起こる重要な変化は,筋道の通った思考ができるようになることです。たとえばピアジェは形式的操作期になると論理的な思考ができるようになると述べています。たとえば三段論法を使って,前提が満たされれば演繹的にある帰結が導かれることを考えることができます。ピアジェは形式的操作期までの発達的変化を,子ども自身による,課題のなかの論理性の発見という観点から記述しました。あくまでも,子どもが自分自身で発見しなければならないという点がミソです。

一方でヴィゴツキーの場合,筋道の通った思考とは言語と思考が結びついた思考のことです。言語的思考と呼びます。彼によれば,言語と思考は発達の初期においてはつながりをあまりもたずにそれぞれ機能していました。動物を見ればわかると思いますが,たとえばケーラーによるチンパンジーの実験ではかれらは言葉を話さなくても状況を全体的に捉えて問題解決に至る筋道を探して実際に解決しています。ここから,思考そのものは動物にも見られる心理機能だとヴィゴツキーは考えます。言語,つまり口から規則的に音声を発することも,動物に見られます。鳥やイルカの鳴き声は仲間同士のコミュニケーションのために使われていることは知られています。言語も動物に見られるわけです。

これら2つの心理機能が結びついて新しい機能を果たすようになったのが言語的思考だとヴィゴツキーは考えています。思考の特徴は同時に全体を把握することです。チンパンジーは課題解決状況を全体的に捉えます。一方,言語の特徴は単語と単語を順番に並べていって作られることです。音楽と同じように,時間とともに展開していくのが言語です。同時的・全体的なものと,時間的なものとが結びつくとどうなるでしょう。そう,思考のなかに「順番に考える」という機能が生まれるわけです。これをヴィゴツキーは言語的思考と呼びました。順番に考えることとは言い換えれば筋道立てて考えるということです。

ではこの言語的思考はどのようにして生まれるのでしょうか。ヴィゴツキーが述べた心理学的な概念のうち,外言(external speech)と内言(inner speech)は著名でしょう。ヴィゴツキーはこれらを,子どもの言語的思考の発達過程を述べる際に導入しています。ヴィゴツキーによる結論を先に言えば,外言から内言へという方向性で発達は起こるわけです。

ヴィゴツキーによれば,言葉はまず,幼児の生活のなかでは,他者とのコミュニケーションのための機能を果たすものとして発生します。これは他者とのコミュニケーションのための機能を果たすのですが,次第に,自分自身に向けても使われるようになります。いわゆる「独り言」private speechです。子どもの遊ぶ姿を見ていますと,独り言をぶつぶつつぶやいていることがよくあります。次の段階として,音声化されることのない,頭なのなかでだけで響く言葉が使われるようになります。これを「内言」と言うわけです。そして,後になると思考と内言とが結びつき言語的思考が可能となります。こうした過程をヴィゴツキーは,「精神間機能から精神内機能へ」というフレーズで表現しています。

実際のところ,思考はさまざまなものと結びつきます。たとえば計算をするとき,小さな子どもは指を折って数えますが,指を折ることと思考とが結びついているわけです。後になると,頭の中の数のイメージと計算とが結びつくようになりますが,この発達過程は,思考がどのような道具を使うのか,その使われる道具の変化過程として考えることができます。

ここまで聞けばわかるように,私たち人間の思考はさまざまな道具と結びついて力を発揮するわけです。この道具のことを社会文化的アプローチやCHATでは媒介とか媒介手段と呼びます。

媒介ははじめ人間の内側ではなく,人間の外側で使われていたものです。それは,発達する子どもが初めて発明したものではなく,ほかの誰かがすでに使っていたり,作り出したり,置いていったりしたものです。子どもは,それを借りて使うなかで他者とのコミュニケーションを図ります。そして,そうして他者から借りた媒介が,最終的には自分自身のことを反省的に振り返るための内的な媒介手段として用いられるようになります。

以上をまとめてみますと次のように言えます。まず,人間は対外的にはたらきかける際に他者から借りた媒介を用いること,そして,その媒介は自分のなかで機能するようになることです。自己を自分自身についての思考だとすると,そこにははじめから他者から借りた媒介が欠かすことができないといえます。

では,この私が他者の寄せ集めのようなものだからと悲観すべきなのでしょうか。最初のTEDスピーチを思い出してみてください。クリエイティブであることと,オリジナルであることは同じことではないのです。クリエイティビティは外側からやってくる,と言っていました。ヴィゴツキーの考え方によれば,私は他者から盗んださまざまな媒介を通して行為しています。私が私として何かを行うことには,他者に由来する媒介が不可欠なのです。

ここから話は急展開します。この媒介は無味無臭のものではありません。媒介は他者から借りたものだと言いましたが,媒介にも固有の歴史があります。つまり,その媒介が生まれた具体的な経緯があるのです。つまり,誰が,どのような目的で,その媒介を作り出したのかという具体的な理由があるわけです。言ってみれば,媒介には生み出した過去の人の怨念のようなものが宿っていると言ってもいいでしょう。後の世代の私たちが,すでにこの社会のなかにある媒介を使うということは,そうした怨念も引き受ける,ということになります。

たとえば,この社会には「使ってはいけない言葉」がいくつもあります。いわゆる卑俗な言葉とか,差別的な言葉です。そうした言葉は,人間をあるカテゴリーで分類し,正常と異常の枠のなかに囲い込むという文化社会的な実践において使われていたわけです。言葉に厳しい人というのは,何もルールとして使ってはいけないから使わないのではなく,ある言葉が生まれた経緯やその背景を批判するという意味でそこで用いられた言葉も使わないようにしている,ということなのだと思います。

そうしますと,媒介というのは自己を構成するわけですから,自己は媒介に潜在する固有の歴史を通してなんらかの社会的な実践や文化,歴史に位置づけられると言うこともできます。いわゆる思春期のアイデンティティ形成というのはまさにこの過程のひとつでしょう。自己を学生として認識すること,つまり「学生」という言葉を媒介として自己を構成することには,「学生」という言葉にひそむ他者の怨念が含まれます。たとえば「勉学にいそしむ」というイメージや「暇な時間がある」といったイメージがこの学生には含まれるわけです。しかしそうした媒介のイメージと自分自身の実際の行動が矛盾するときには,アイデンティティが揺らいでしまうこともあるでしょう。たとえば他者から「学生は時間があっていいよな」と言われても実際にはバイトで忙しいとか。そういうときには腹が立つわけです。あるいは学生なのにこんなことをしていいのだろうかと言って自分で勝手に悩んだりするわけです。

他者から借りた媒介が自己を形成することから,以上のような問題も同時に起きてくるのです。こうした悩みは人間が人間である限りなくなることはないでしょう。

★講義ではもう1つの話題を出しましたが,その内容はすでに以下に書きましたのでリンクのみ紹介します。

野火的研究会でホルツマンを読む(2)

野火的研究会でホルツマンを読む(3)

ホルツマンについてはこちらのサイトを参考にしてください。

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北教大釧路校集中講義第1日目レジュメ

dun (2013年2月19日 18:42)|コメント(0)| トラックバック(0)

0. いま,なぜ,ヴィゴツキーを読むのか

教育になんらかの「問題」を見出す言説があります(言説とは,人が言ったり書いたりしたことのうち,多くの人が採用する定型的なもの)のことです。たとえば,学校でいじめが起こるのは道徳心や規範意識の低下があるからだ,というようなものです。

では,問題を解決するための最善の教育手法があるのでしょうか?たとえば道徳を教科化すれば解決するのでしょうか。ある程度の効果はあるのかもしれません。しかし,トップダウンによる改善策の提案とその実施によって,問題が一瞬にして解決するとは思えません。

教育とは,人々の毎日の暮らしのほんの些細なことの積み重ねです。いじめをさせないことといった具体的な課題もほんの些細なことの積み重ねでしか解決されないでしょう。

では学校の教師は毎日の授業のなかで何をしているのでしょうか。実は,何もしていないのかもしれない,と考えさせる言葉を読みました。それは,1970年の夏に,国語教育で著名な大村はま先生が富山県の小学校新規採用教員研修会で講演したことにあります(以下引用は,大村はま (1996). 新編教えるということ 筑摩書房 より)。

「私は今日,「教えるということ」を題にしました。なぜかと申しますと,「教える」ということをしない教師がたくさんいて,困るからです。それでは,「教えない」というのはどういうことなのでしょうか。」(p.37)

教師というのは世間一般では「教えること」を職業の内容とする人たちのことです。その人たちが教えないのだと大村はま先生は言っています。どういうことでしょうか。大村先生は中学校の国語の先生だったこともあり,国語を例にして述べている。

「…速く読む力は,文字が一度に意味になって,どんどん頭の中へはいっていくことをいうのです。一度音声化されたら,「音読」は絶対に「黙読」より遅いに決まっています。ところが,黙読できない子どもは,「黙って読みなさい」と注意されても音声化してしまっています。
こうした子どもは,小学校一年のうちに絶対に直さないと,時機おくれになります。それで,そういうことを発見したり,直したりするには,「家で読んでくる」のではだめです。ですから,「読んできたか」と聞く教師は,何も教えないで,いちばんたいせつなことを家でやらしてしまっていることになります。ただ検査官として,どの子が読めるようになったかを音声化させて聞いている。ペラペラと上手に暗唱するように読むと,「よく読めました」という。しかし,ほんとうに「よく読めた」のかどうか。それからその子が読んでいる時,他の子どもはどうしていたのか。「黙って読め」といわれても,声帯が動いてしまう子どもに,その時教師はどのように手当てをしたのでしょうか。このように,学校でやるべきことをしないのを,「教えない」と私はいうのです。」(pp.40-41)

少し長く引用しましたが,大村はま先生の言う「教えない」の意味は分かったでしょう。教師が学校を単に確認の場にしているのではないかと言っているわけです。

大村はま先生が1970年において苦言を呈したような教師が現在いるのかどうかは分かりません。しかし,もしもそういう教師ばかりだったとしたら,その帰結がどうなるかははっきりしていると思います。

大村先生の言う意味で,学校で教師が「教えない」としたら,その子どもの学業成績は何に依存するかというと,それは子どもの底力に依存します。もう少し正確に言うと,子どものもって生まれた素質のようなものです。これは筋肉の具合とか見た目といったものと同じ水準で個人差があるものです。勉強ができる子どもとは,そうした多様性を持つ子どもたちのうち,たまたま,ものを覚えたり考えたりするのに適した知的能力を持つ子どものことだと言えます。

さらに言うと,子どもの暮らす生活環境も「底力」を規定します。ある子どもが,どんな文化の,どんな社会の,どんな家庭で暮らすのか。のびのび健やかに育とうと思っても,さまざまな障壁があって,とにかく日々を生き延びるだけでせいいっぱいで,勉強をしようにも非常に難しいという子どもがいることも事実です。

教師が「教えない」のだとしたら,子どもはどこかで学んでこなければならないわけです。学校以外で教える人がいなくても,覚える素質があれば勝手に覚えていくでしょう。覚える素質がなくても,教える人がそばにいれば学ぶこともできるでしょう。しかしどちらも不十分な子は,どうでしょう。

かつて,1990年代から2000年代にかけて,子どもの学力低下論がさかんになされました。これも「言説」のひとつだったのですが,この問題について1989年に実施された学力テストと2001年に実施された学力テストを比較した研究では,その言説が具体的な数値で示されました。

当時東京大学にいた苅谷剛彦と清水宏吉らのグループは,1989年に大阪で実施された学力調査に目をつけ,それとほぼ同レベルの問題を,およそ10年後の2001年に同じ地域の小中学校の児童生徒に対して実施しました。

その結果わかったことがいくつかあるのですが,小中学校に共通することとしては大まかに言うと以下の3点です。
 ①国語と算数・数学のパフォーマンスは全体的に下がっている。
 ②得点上位の層が減少し,かわって得点下位の層が増加。中学校ではふたこぶ化がはっきりとしてきた。
 ③通塾している子としていない子の比較からすると児童生徒の家庭環境による差が拡大。

学校で「教えない」となると,こうした家庭環境の差がそのまま学校でのパフォーマンスの差となってしまうのです。公立小中学校の役割は,極端に言えば,できる層の「確認」ではなく,できない層の「底上げ」をきちんとすることだと,大村はま先生は言っていたのではないかと思います。

そこで,ヴィゴツキーの主張の今日的な重要性がうかびあがってきます。

ヴィゴツキーは,20世紀初頭のソヴィエトにおいて実施されていた教育を改革しようとしてさまざまな提言をしていました。そのひとつが「発達の最近接領域」にもとづいた教育の重要性の指摘です。

 

1. 「発達の最近接領域」とは何か

教育と発達の関係についてヴィゴツキーが述べたことの中で非常に重要な概念を紹介したいと思います。その前に正月に放映していたテレビ番組を見てみたいと思います。

みなさんは「ヨコミネ式」という教育法について聞いたことがありますか?横峯吉文さんという方が鹿児島県の保育園を舞台に長い間かけて作り出してきたという保育の考え方です。この横峯さんはプロゴルファーの横峯さくらさんの叔父さんにあたる方です。

ヨコミネ式の保育については様々なテレビ番組で紹介されてきました。それを見た方からは賛同を得ることもあれば,激しい反発を呼ぶこともあるようです。今回見る番組はその保育の仕方をだいぶ長く丁寧に追いかけたものですから,これを見ると判断の根拠が得られるかもしれません。なんにせよ,実態を見ないうちに賛成も批判もないです。

私自身は,判断保留です。また,ヨコミネ式を広めようという意図はありません。当然横峯さんからお金なんかもらっていません。この番組をお見せする理由は,ここに映っていることを元にして,ヴィゴツキーの発達論を説明するためです。

映像の中で,ピアニカを吹いている場面があったと思います。そこでのやりとりを思い出してみてください。この保育園の5歳の子どもたちにとって,「こいのぼり」という童謡を演奏することは2日でマスターしてしまうものでした。つまり,今の能力水準で容易に達成できてしまう課題だったと言えます。

保育者は,そこで「こいのぼり」を延々演奏させることはしませんでした。そうではなく,「あずさ2号」という懐メロを演奏させることをしました。これには理由があったようです。せっかく絶対音感をもっているのなら,たとえばリストの超絶技巧練習曲のように難しい曲もチャレンジしても良かったのではないでしょうか。それを子どもに弾かせなかったのはなぜでしょう。保育士の言葉によれば,「歌謡曲のメロディーは,5歳のこの子たちが弾くにはちょうどいい」のだそうです。このは非常に重要な点です。保育者は,この5歳の子どもたちがチャレンジしてちょうどいい課題曲として歌謡曲を選んだということができます。

この保育者の考えを整理しましょう。
A ある5歳の子どもにとって 「こいのぼり」(童謡)は2日でマスターしてしまう。これは現在の能力で1人でできる課題内容です。
B ある5歳の子どもにとって リストの超絶技巧練習曲はどう転んでも無理!これは,現在の能力でも,大人の手助けがあってもできない課題内容です。

このA,Bどちらの課題も,子どもにとってはおそらく興味が持続しない課題でしょう。大人や年長者が手助けをしながら,子どもが興味を持続させつつ取り組み続けられる課題内容の範囲というものがあるのです。映像に出ていた保育士は子どもたちに「あずさ2号」を弾かせることを思いついたのには,訳があると思います。訳がなければ,そもそも子どもに「あずさ2号」を,などという発想が出てくることは考えにくいでしょう。おそらくこの保育士は,子どもにちょうどいい課題曲は何かと探して探して見つけ出したのがこの曲だったのでは,と私は勝手に推測します。

保育ではなく,学校場面で考えてみましょう。教師が子どもに何かを教えるには,いま,たろうくんがひとりでできる課題(A)は何かを明らかにする必要があります。次に,たろうくんにはまったくできそうもない課題(B)を想定して,教師は,たろうくんに対してAよりも難易度が高く,Bよりは低い課題Cを与えます。課題Cにつまづきながら取り組む姿に基づいた手助けをしつつ,課題を乗り越えるのを支えてあげることが教師の役割だ,というのがヴィゴツキーの発想です。上記のAとBの間にあるCの領域がヴィゴツキーの言う「発達の最近接領域」です。

さて,現在の学校を考えてみましょう。もしかすると,Aに基づいた教育をしていないでしょうか?つまり,子どもにとってできることを確認することを「教育」と称していることはないでしょうか。たとえば,学校を単に宿題の確認をおこなう場にすること,すでに子どもが知っている知識をクラスメイトに教える場にすること,これは教師が教えることを放棄しているとして,大村はま先生が指摘したのはすでに見た通りです。

ですが,発達の最近接領域にはたらきかけるような教育を行うことは,現在の日本の一般的な学校では難しいのもまた事実だと思います。なぜなら、30人いたら30個の発達の最近接領域があり,それぞれに応じた手だてが必要だからです。これは想像するだけで大変な仕事だ,と思います。そういう意味では,少人数教育の実施や教師を増やすことは妥当な方針なのではないでしょうか。

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「ない」で「ある」を説明できるのか

dun (2012年12月16日 07:34)|コメント(0)| トラックバック(0)

ある出来事の不在によって,後続するある出来事の発生を説明できるのか。できるともできないとも言えない,というのが私の考えである。ある出来事は,先行して発生するある出来事に起因するというのなら分かる。しかし,ないことがあることの原因となるとはっきりは言えないだろう。

例えば,出生後の日本語聴取経験は,その後の日本語使用をもたらす。これはいい。また,出生後の英語聴取経験の不在は,その後の英語使用をもたらさない。これもいい。

では,出生後の英語聴取経験の不在はその後の日本語使用をもたらすか。もたらすとももたらさないとも言えない,というのがすぐに分かる。英語を聞かずにタガログ語を聞いたのなら日本語使用はもたらされない。日本語を聞いたのなら言わずもがな。

何かがあったからこそ,続く何かが起こるのであって,何かがないことは続く何かの発生を何も説明しないのである。

こんなことを考えたのは,「幼少期に思い切り遊ばなかったから,思春期になって対人関係のいろいろな問題が起こるのだ」という言い方を,私の身の回りでよく聞くからだ。

幼少期の遊び経験の不在によって,後の対人関係問題の発生を説明できるのか。さきほどの推論が正しければ,できるともできないとも言えないはずだ。

遊びの不在という表現は幼少期における具体的な経験を何も記述していない。現代の子どもが何をどのように経験しているのか,このことをこそ明らかにすべきである。

「ない」では「ある」を説明できない。だから,「ある」を説明する「ある」の探求にもっと力を注ぐべきだ。

付記
そもそも,「ない」という認識の仕方そのものが精神の働きによるものであるのだから,精神の働きを説明する心理学は「ない」という物言いに依存した説明はしてはならないと思うのである。結果で原因を説明するようなものだから。

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53-26の筋道

dun (2012年7月10日 09:57)|コメント(0)| トラックバック(0)

53-26という式の答えはいくつだろうか。別になぞなぞではない。答えは素直に27である。

では,27という答えはどうやって出せるのだろうか。導き方は,いろいろありうる。

私は先日,小学3年生のとある算数の授業を拝見していて,ある子が発表した導き方にいたく感動してしまった。

その子は,まず,53を6と47に分けた。まずここで私は理解できなくなった。なぜそのような中途半端な分け方をするのか。

次にその子は,引く数26から6を引いた。20残る。

最後に,その20を,53を6と47に分けたうちの47から引いた。答えは27。

これを初めて見たとき,本当によく分からなかった。でたらめに計算して,たまたま答えが正答と一致してしまったのではないか,とも思った。恥ずかしながら。それでも3分間ほど考えて,合理的なやり方だということは納得した。

この子の思考の道筋は,おそらくこうだ。

まず,引く数を「ちょうど」にする。ここで言う「ちょうど」とは,十の位と一の位の数に分けることである。だから,本当に最初に行っている計算は,この子の言うような53=6+47ではなく,26-6だろう。これによって,引く数が「ちょうど」20になる。

その上で,引く数から6を引いたので,引かれる数からも同じ数を引く。最後に,引かれる数のうち残った47から「ちょうど」にしておいた20を引く。

私に理解できなかったのは,「ちょうど」を作るとき,私に関して言えば,引かれる数を「ちょうど」にすることが多いからだと思う。

先の式なら,53を50と3に分ける。そのうち,50から26を引く。残った24と,引かれる数から分けておいた3を足す。で,27。

この先入観がその子の思考の筋道を理解することをじゃましていたのだ。

先ほどの子は,「ちょうど」を作ることをしっかり実行していた。ただし,引かれる数ではなく,引く数を「ちょうど」にしたのである。

最初の方針が異なるのだから,過程が異なるのは当然と言えば当然。その上でよく見ると,その子の思考の筋道は,引く数を「ちょうど」にするという方針で出発したとすればよく考えられていると思う。

私が未熟なのは,その子が「引く数を『ちょうど』にする」という方針を最初に取ったのではないかと気づいたのは,この授業が行われた次の日になってからだという点である。

あらためて,子どもの発想の自由さに心を奪われる。

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無為の意味の多様性

dun (2012年6月21日 20:58)|コメント(0)| トラックバック(0)

大学のFDの一環で,学生からの評価の高い先生の講義を参観させていただけることとなった。

あいにくその先生ではなくてゲストの方が担当の回であったが,とても面白かった。

ゲストがお話しされたのは「デートDV」。高校生カップルを主人公としたデートDVの実例再現ビデオやロールプレイなど盛りだくさんの内容で,初めて知ることも多く有意義だった。

その講義のはじめ,ゲストの先生が学生に対しておこなった発問に対する反応の仕方に関する指示について「よくできてるなあ」と感心したのでここに書き留めておきたい。

発問は「あなたは愛する人に対して暴力をふるってもいいと思いますか」といった内容であった(正確な再現かどうかは自信なし)。

感心したのは,その後。発問に対する反応の仕方について,その先生は,「『いい』と思った人は手のひらを私に見せるようにしてあげてください」「『だめだ』と思った人は手の甲を私に見せるようにしてあげてください」と言った。

学生が手をあげたあと,先生は「わかりました。でも,どちらでもいいんです。思うことは自由です」と。

「ただ,暴力をふるってもいいと表明するという選択をしたのはあなたです。選択をした責任は100%あなたにあります。なぜなら,ふるってはいけないと表明するという選択肢もあったのに,あなたはそれを選ばなかったからです」(正確には,先生が言ったことはこうではなかったが,ここでの文意をつながりやすくするためにちょっと脚色した)

「暴力をふるわれたことについて,被害者も悪い,と考える人たちもいます。しかし,暴力をふるわないという選択肢もあったのに,ふるうという選択をしたのは加害者です。したがってその責任は100%加害者にあります」

なるほどな,と思った。主張の内容もさることながら,その内容を挙手行動という具体的な水準で体験してもらっていることについて感心したのである。

この方法では,学生は必ず手の平か甲のどちらかを前方に提示するという選択を実際にしなければならない。

これが例えば,「暴力をふるってもいいと思った人,手を挙げてください」「だめだと思った人,手を挙げてください」といったように,「手を挙げる-挙げない」で意思表示させるとどうなるか。大学生に教えたことがある人はすぐに想像できるが,けっこうな割合で「どちらにも挙手しない」という反応が出てくる。

このような指示では,「挙手しない」という反応を一意に解釈できないのである。ひとつは「『いい』(あるいは『だめだ』)と思っていない」ことの表明としての挙手しないこと。もうひとつは,そもそも先生の発問を無視するがゆえ,あるいは講義に参加しないがゆえの挙手しないこと,である。つまり,そもそも「選択しなさい」という指示にのらないという可能性があるのである。これでは,当初のメッセージであるところの,「暴力する・しないの選択」には結びつけられない。

それに対して,とにかく手を挙げさせて,手の平か甲かで選択肢を表明させる場合,手を挙げないことは即座に講義への不参加を表すこととなる(もちろん,腕が痛くて上がらないとか発問が聞こえなかったとかいった他の理由もあろうが,それはここでは考えない)。先生は「何もしない」という学生の反応の意味を解釈しやすいのである。

手の平か甲かを選択させる方法は,その他にもいろいろな面で有効だと思われる。

(1)学生自身の選択を,他の学生に悟られる可能性が減る。

これが,挙手させる-させないという反応の仕方だと,他の学生から自分の選択肢が視認しやすくなる。好きな食べ物とかどうでもいい質問ならともかく,答えづらいナイーブな質問の場合は他の学生に自分の選択を知られたくない場合もあるだろう。このとき,おそらく挙手しない反応が増加してしまうはずだ。

(2)前方に立つ教師にだけ選択肢を伝えられる。

(1)と関連するポイントである。教室の前に立つ先生だけが学生全体の反応の傾向を把握できればよいのであれば,手の平か甲かを前方に見せるやり方は非常に合理的である。

(3)講義時間の短縮につながる。

「いいと思った人,悪いと思った人」といったように2つの選択肢それぞれで挙手させる場合と,手の平か甲かで選択させる場合とでは,単純にかかる時間が2分の1になる。前者では2回別々に挙手させるが,後者では一度で済むからだ。学生に質問をたくさん投げかけるインタラクティブな講義はそれだけ時間がかかってしまう(学生の反応の時間的長さはあらかじめ読めないから)ことが多いが,規定の講義時間内に終わらせるためにはこういうところで時間短縮を図るのも重要である。

「いろいろな面で」と書いたが,3つしか思いつかなかった。たぶんまだ有効性はあるはず。おそらくは多くの先生方に知られた方法なのだろうが,恥ずかしながら初めて知った反応の仕方だったので,ここにメモした次第。

いずれにせよ,反応を求められる場面で「何もしない」という反応を返す学生は多くいる。その意味を把握する際に,「おまえはなぜ~」と後から問い詰めるのではなく,反応を返す時点で,反応の返してもらい方を工夫することにより,意味の解釈の幅をせばめておくのはとても大事なことであろう。何も為さないこと,すなわち無為にも多様な意味があるのだ。

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相互行為分析の心得

dun (2012年5月16日 00:00)|コメント(0)| トラックバック(0)

Reading material
 Jordan, B., and Henderson, A. 1994 Interaction analysis: foundations and practice. IRL Report No.IRL94-0027. (http://lrs.ed.uiuc.edu/students/c-merkel/document4.HTMにフルテクストがある。)

0.0 はじめに

ひとびとの相互行為を分析するためには、テープレコーダーやビデオカメラなど、さまざまな機器を利用するのが有効だ。しかし、ただ漫然と使うべきではない。背後にあるパラダイムや機器使用によるメリット・デメリットをきちんとおさえておく必要があるだろう。

方法としての相互行為分析に特化した文献として、Jordan&Henderson(1994)がある。およそ20年前と、新しくはないものの、いまだにこの文献を読む意義は薄れていない。なぜなら、相互行為分析が一般化しつつある黎明期にあった一種の緊張感が感じられるうえ、なによりも、相互行為分析が可能な世界観というものをはっきりと自覚しているからである。以下、冒頭に挙げたJordan&Henderson(1994)の章立てにしたがい、途中筆者自身のコメントや現在の状況などについて交えながら解説をすすめていきたい。したがって、以下の内容はJordan&Henderson(1994)の要約ではない。なお文中特に断りのない限り引用はJordan&Henderson(1994)からのものである。


1.0 背景と前提

1.1 相互行為分析
相互行為を分析の対象とするというだけでは、素朴すぎる。相互行為という現象をどのように切り取るか、切り取ったものへどのようにアプローチするか、これらに特殊なやり方で答える方法論や態度(たとえば、西阪(1997)の言う「相互行為分析という視点」)を背景にもったひとつの手法が、いわば大文字の「相互行為分析」である。

手法としての相互行為分析が開発されたのはひとつの学問領域においてではないし、利用される領域も広い。学説史における大きな流れとしては、人類学、キネシクス、社会学が相互行為分析の源流とでも呼べそうだ(p.1,P1,2)。

手法の開発に潜在的な貢献をしたのはそうした領域の研究者ではなく、画像・映像や音声を記録する機器の開発と普及を果たした産業だろう。相互行為分析の歴史は、産業が先行して開発するさまざまな機器を、研究者が導入してきた歴史なのである。たとえば、グレゴリー・ベイトソンはバリ島調査に写真機を携行している(Bateson,1947;佐藤良明訳「精神の生態学」に所収)。すでにルポルタージュに採用されていた機器を、人類学的研究に応用したのである。これで撮影した連続写真を使い、彼はバリにおける母子間の相互行為を記述することに成功した。動画となると、分析を目的として撮影をおこなった先駆的研究として、たとえばCondon&Sander(1974)を挙げることができる。彼らは大人と新生児の行動(身体動作と発声のような)を16mmフィルムで撮影し、両者が緊密で同期的な相互行為をおこなっていることを明示した。

コンドンらがおこなったように、研究対象をフィルムに収めることは、いくつかの領域でそれまでもなされてきた。それは出来事の記録、および保存という性質を利用したものであった。しかし、相互行為分析において利用されたのは、動画がそもそも連続写真にほかならないという性質だったのである。フィルムで言うコマ、ビデオで言うフレームを分析の単位とすることは、写真の一枚を取り上げることと同じだ。これ以後の動画技術は、原理的にベイトソンが利用したような連続写真を高度に洗練したものだと言えよう。

ベイトソンやコンドンらが利用していた、高価で、専門性を要し、できることも限られていた初期の撮影技術しかなかったら、相互行為分析は研究の手法として定着しなかっただろう。安価でさまざまなニーズに対応した民生品の普及によって、多くの研究者の「やりたいこと」に応えられるようになったとき、はじめて体系的な手法となりえたのである。

こうしてビデオが普及するにいたり、J&Hが念頭に置く映像・音声記録の分析が可能となった。ビデオを用いる利点として、繰り返し再生できること、そして複数人で分析できることが挙げられている(3.0 なんでビデオなの?で詳説)。グループで作業が可能であるとは、すなわち、相互行為分析という手法を共有するサークル(学際的なので、学派とは呼ばないだろう)が形成されたことをも意味する。合衆国での中心のひとつは、パロ・アルトにあるゼロックスの研究所であった。かれらが対象としたフィールドや課題は多岐に渡り、そこでの研究をもとに世界的に著名な業績をあげたメンバーも大勢いる。

相互行為分析とはこのように、歴史的にも、環境的にも、特殊な背景において醸成された手法なのである。

1.2 枠組みと前提
すべての手法の背後には理論的な前提がある。J&Hは相互行為分析について大きく二点を挙げた。

 前提1 知識や行為は本質的に社会的である。
 前提2 相互行為の参与者にとっての世界は観察者からも見える世界である。

まず1について。知識と行為は起源、編成、使用といった面においてそもそも社会的なものであり、特に社会的・物質的生態環境social and material ecologyに状況づけられている。認知を個人の脳内に還元せず、社会や生態環境に分散するものとみなすので、実践コミュニティ(Lave&Wenger, 1991;Jordan,1992)のメンバーのあいだで日常的になされるごく普通の相互行為を理論化の対象とする。相互行為分析の目標は、複雑な社会的・物質的世界にあるさまざまなリソースを、操作し統合するやり方にある秩序regularityを同定することだ(p.2,P2)。

次に2について。「世界」の分析には検証可能な観察が基本中の基本となる。経験的な個別事例から知識と行為の理論を構築して一般化generalizeする。この態度の背後には、参与者が触れられる世界には、観察・分析者も同様に触れることができるという前提がある。ということは、分析するには、自分自身も実践コミュニティの有能なメンバーとして経験を積んでいなければならない、ということになる(p.3,P1)。

さて、以上の前提からどのような態度が帰結として導かれるか。

相互行為分析は、日常的状況の社会的秩序social orderがいかに達成されているかに関心を向ける。参与者はお互い他方の行為に意味づけをする。そうすることで、相互行為は協同的に達成されるものと見なされる。このときの秩序性や予測/計画可能性projectability(オリジナルは会話分析にある。次の反応が緩やかに決まるしかたを言う。訳語は串田(1997))を可能にするリソースは何か、そして参与者はそれらをどのように使っているのかを探求するのだ。学習という現象も同様である。ひとびとが学習なるものをし、そしてまた学習されたと認識される、そういう出来事が社会的に分散された過程として生起しているとみなされる(p.3,P2;p.4,P1)。

上記の態度は、ハロルド・ガーフィンケルの創始したエスノメソドロジーや、ハーヴェイ・サックス、イマニュエル・シェグロフ、ゲイル・ジェファーソンらの打ち立てた会話分析と共通するものだと言える。これらは、ひとびとの行為を研究者独自のカテゴリーで分類・記述・解釈する社会学者に対する批判として生まれた理論である。

1.3 概要
J&Hは以下の構成で筆を進める。次の2節では、典型的な作業手順が概略される。3節では、ビデオ記録をデータとして用いる際の長所と短所が述べられる。4、5節では、ビデオで撮影することにともなう制約が指摘される。もっとも大きく割かれた6節では、相互行為分析でのポイントが簡潔にまとめられている。

それでは、実際の分析作業に移ろう。

2.0 作業手順

2.1 エスノグラフィー
J&Hがビデオを持ち込むのは、エスノグラフィック・フィールドワークと呼ばれる作業においてである。フィールドワークは、参与観察、インタビュー、歴史の再構成、人工物やドキュメント、文脈を構成するネットワークの分析といった下位作業から成る。

フィールドワーク中の留意点について、J&Hは「ホットスポット」、つまりビデオを回すとおもしろそうな活動を探すことを挙げる。エスノグラフィは相互行為の微視的分析に際して、背景情報をもたらす。と同時に、相互行為分析で明らかになったことからエスノグラフィが見直されることもある。

2.2 目次作り
撮影が終わったらできるだけすぐ、観察者の記憶のあせないうちに映像を視聴し、打刻された時刻(あるいはテープカウンター)、見出し、出来事のおおまかな記述という構成で「目次ログcontent log」「目次リストcontent listing」を作る。この段階では細かいことを気にしないようにする。たとえばあらかじめ動作のカテゴリーを作るなどして一貫性をもたせることに気を遣うのではなく、出来事の直感的な記述にとどめるべきだ(p.5,P1)。実のところ、最初に見た印象の記述が、その出来事をもっともよく代表していることもある。その場にいる参与者もある行動を「最初に」見るのであるから、相互行為分析の前提2にしたがうなら、観察者が参与者にもっとも近い立場にある作業かもしれない。

なお、J&Hには付録Dに実例が示されている(p.55)。これは一例であり、いろいろな書き方があると思うので、各人ケースに応じて好きなように作成すればよい。最低限気をつけなければならないのは、後からその場面を映像の中から見つけ出しやすいマーキングをしておくこと、そしてあまりこだわらないことの二点である。

2.3 グループ作業
多くの場合、映像データを保管し、最初に視聴するのは、その現場に足を運んだ観察者本人であろう。当然その場で起きたことに関する情報の量は、そこにいなかった人間よりも多いはずだし、本人もそうだと思っているかもしれない。2.1で述べたように、こうした知識は相互行為を分析する際のリソースのひとつとなる。しかし同時に、バイアスとなることも念頭に置いておかねばならない。それを避けるためのひとつの方法が、グループでの分析作業である。

紙と鉛筆のフィールドノーツに基づいたエスノグラフィは、ある出来事をなにものかとして「書く」時点ですでに、それ以外を「書かない」実践でもある。つまり、フィールドノーツを二次資料とする者にとっては、書かれたものがどのような状況に置かれていたかを知ることはできないのである。書きたいものしか見ないという「確信バイアスconfirmation bias(Hutchins,1991)」の危険性も指摘される(p.7,P1)。ビデオテープの何度でも再生できるという特徴によって、「生起していた」と記述されることの検証が可能となる。そしてそれができるのは記述した本人以外がビデオを視聴するグループ作業の場においてなのだ。

では、グループ作業の実際の手順はどのようであるか。基本的には映像データを視聴し、それについて参加者がコメントすることによって作業は進行する。J&Hが説明するやり方は以下のようである。

データの保管主がひとり、ビデオテープの走行(再生、早送り…)を操作し、他の参加者はコメントしたいことがあればそこで停止してもらう。次に、停止を申し出た人が映っていた相互行為について仮説を提案する(p.6,P1)。その仮説は映っている映像に基づいて妥当性を議論できるようなものでなければならない。ここでも、あくまでも参与者が相互行為するために利用したリソースは、まさにそれが行なわれている場において観察可能な形でディスプレイされているはずだという前提が適用される。なお、グループ作業をしているあいだにたくさんの仮説がでてくるので、それは後の分析のために録音しておくとよい。グループ作業の場で出されるたいていの疑問は、もう一度フィールドに戻ったり、さらなる調査をするなどしなければ答えられないものだから(p.6,P2)、その場では分からないと潔く認めるべきだ。憶測で答えることほど危険で無駄なものはない。

グループ作業の参加者は、あくまでも映像に基づいて、対象となる人たちの「心の状態」「心の出来事」を語る努力をしなければならない。J&Hが挙げる事例(p.7-8)は、最終的にはノートに同じ答えを書いた4人の学生の会話である。知識のあるなしを議論する際、「そもそもその学生が知識を所有していたか」という問いは無意味だ。この問いは、相互行為分析の前提にしたがえば、このように言い換えられなければならない。すなわち、学生は自分たちの「知識」を相互行為の中でいかにして提示し合っているか。事例では、ひとりが正答を言ったあと、なにもコメントせずにノートに書く作業を続ける者と、何と言ったのか聞き返す者とがいた。後者の行為は答えを「知らない」ものと、参与者にとっても観察者にとっても解釈できる。相互行為分析は動機や意図などを語れないというわけではなく、あくまでも映像に基づいて語るのである。

2.4 ひとりでの作業
グループ作業で録音した議論のなかから、自分の分析に有益な部分をつまみ食いする(p.8,P2)。ここまでの手順は一方向的なものではなく、グループ作業で出されたコメントを検証するために、もう一度フィールドに戻ったり、別の事例についてひとりで検討してみるといったように、行きつ戻りつの道筋をたどる。

さて、観察する過程は何を見たいかに左右されるわけだが、分析を進めていくにつれある程度見るべき場所が絞られてくる。この過程において、何が相互行為のパターンを形成し、何がランダムで、何が不明の原因によるものかを評価しなければならない。こうしてできた仮説は、同じデータにある他の事例にあてはめてみて一般化可能性を確認する必要がある。たいていの場合は、複数のデータをあたって頑健性を確認する(p.8,P3)。ゆえに、相互行為分析とは、複数の経験的観測から一般的なパターンについて述べる、帰納的過程だと言える(p.9,P2)。

J&Hが挙げた分娩室の事例では、そこに電子モニターがある場合、助産師は子宮収縮が起こるとモニターに目をやる、というパターンが一事例から導出できた。それは別の病院や、他の国の病院でも見られた、一貫した行動であったことが分かった。そうでない場合には、それなりの理由が見つけられる。次の段階として、電子モニターを使っていない現場を検討することがある。そこでは、子宮収縮が起こると女性に注意が移っていた。最終的に一般化すると、ハイテク機器がある場合には、参与者の注意は患者ではなく機械の方へ向くという仮説が出された。

2.5 書き起こし
仮説を例証する上で決定的なデータがいくつか集まったら、書き起こし作業の段階に入る。書き起こすべき要素は、例証したい仮説とデータの性質に大きく依存するが(音声だけのデータで動作を書き起こそうとしても無理な話だ)、最低限、参与者名とその発話は欠かせない。関心に応じて、非言語行動や道具の操作について注釈を加えてもよいし、コンピュータを介した相互行為を対象としたなら、コンソールとディスプレイも書き起こしておきたい(p.10,P1)。

ここでひとつ問題になるのは、何をどの程度まで書き起こせばよいのか、ということだ。何かを書くことは別の何かを書かないことだと述べたが、これに過剰に気を取られると、結局何も書けない、あるいは余計なことまで書きすぎるという最悪の事態になる。まず、どのような分析をしたいかをはっきりさせておく必要があるだろう。書き起こしは、出来事の再現などではなく(ビデオすら再現ではない)、仮説を例証するためのデータなのだ。どのような分析にも適用できる、標準化された書き起こし方法などはない。むしろ、目的に照らして、今目の前にある「この」書き起こしがどれほど適切であるかを問うべきである(p.10,P2)。

とは言え、多くの研究者が採用する書き起こしフォーマットがあるにはある。会話分析で多く用いられるのが、Jeffersonのシステムである。詳細は、西阪(1997;2001)を参考にしてほしい。だがこれとても十分なものとは言えないので、p.58からの付録を各自参照してほしい。

書き起こしは、やれば分かるが、大変な作業だ。講演やインタビューなどを専門に書き起こしてくれるトランスクライバーという職業があり、現在ではそうしたところへ下請けに出す研究者もいる。だが、書き起こしをしているうちに新たな仮説や洞察が得られると場合も往々にしてある。せめて学生のうちは、すべて自分で書き起こすようにすることを薦める。しかしやはり大変な作業であることには変わりない。J&Hは、必要な部分はとにかく細かく、その他は必要な分だけ書き起こすことにしたという(p.11,P1)。

現在では、コンピュータの高速大容量化にともない、ビデオ編集から書き起こしに至るすべての作業をコンピュータ上で行うことが当たり前になってきた。10分程度の映像なら、速度の遅いノートブック型コンピュータでもそれほど支障なく再生できる。音声のみならば30分程度は記録できるだろう。後の処理を考えると、はじめから電子テクストで起こした方がよい。現在、書き起こしを補助してくれるソフトウェアとして「SndPlay」、「おこしやす」などがある。これらを有効に活用すれば、多少は作業の負担を低減できるだろう。

2.6 ビデオ・レビュー
撮影した映像を、そこに映っている参与者自身に見せるという方法が、ビデオレビューである。ビューイング・セッションなどとも呼ばれ(Erickson&Schultz,1997)、固定した名称はないと思われる。

そのときの視点や意識していることを参与者に発話させる方法が、ヴントらによって内観法として初期の心理学研究に用いられたことは有名である。行動主義から新行動主義(現在の認知心理学もここに含まれてしまう)にかけて、内観法は廃れてしまったわけだが、それは研究の対象を第三者が客観的に観察できるものに制限したからだ。その後、認知心理学にもいわゆるプロトコル分析(被験者に作業をさせながら注意の移り変わりなどをその都度報告してもらい、その発話を分析対象とする分析手法、海保・原田(1993)に詳しい)が導入された。ビデオ・レビューの場合は、かつてその人が行ったことについて説明してもらう点が、内観法やプロトコル分析と異なるところでもある。

グループや個人での作業においては、特に動作の分析には顕著であるが、出来事に対してエティックeticな見方がなされる。たとえば、相互行為の最中に右腕を挙げたとき、観察者の記述は「右腕を上に持ち上げる」というレベルにとどまる。一方、行為の当事者は右腕を挙げた場面を見て、「ああ、このときは右脇がかゆかったから、掻くのに腕を上げたんだ」と説明するかもしれない。この記述には、腕を上げたことになんらかの意味を付与しようという態度があるようだ。こちらは人類学的に言えばイーミックemicな見方である。ちなみに、eticとはphon"etic"、emicとはphon"emic"に由来することばである(p.11,fn.16)。

重要なのは、当事者による説明が事実だとは考えてはいけないということだ。過去の出来事について、そのときの意図を忘れているからとかそういうことではない。そもそも、内観法やプロトコル分析にも言えることだが、その発話はあくまでも研究者に向けた「説明」として、その場その場で構成されているのである。

ビデオを用いない単純なインタビュー形式によって、対象としたい出来事を想起してもらうということもあろう。当事者の発話は、ビデオを用いようが用いまいが、基本的に研究者が仮説を例証するためのひとつのリソースに過ぎないのである。ただ、ビデオを視聴することが、当事者と観察者の両者にとって、「過去の出来事を語る」という活動を進める上で効果的なリソースとなりえており、そういうものとしてビューイング・セッションを理解するべきである。

具体的な作業であるが、研究チームに当事者を呼び視聴セッションに参加してもらうか、あるいはフィールドに赴いてインタビューをしながらビデオを見てもらう。当事者が重要だと思うところでテープ走行を止めさせる方法をとる研究者もいる。この方法だと、当事者が出来事の何に意味を見ているのか追うことができる。さらに、分析する人間には分からない、当事者が何をリソースとしたかを知ることもできる。たとえば、医者と患者とが診察している場面をそれぞれに見せると、テープを止めた箇所は同じだったにもかかわらず「なぜ」止めたのかという理由の説明は異なっていたという例をJ&Hは出している(p.12,P1)。


3.0 なんでビデオなの?

どういうとき、ビデオを用いた相互行為分析を採用すればよいのか?厳格な基準があるわけではないが、J&Hは自分たちの経験から3つを挙げている。

3.1 出来事の再構成
出来事の参与者が行う、自分たちの行為についての説明と、実際の行為とがずれているようなときに、相互行為分析を採用すると効果的だ。ひとびとの語ることはあくまでも行為についての「説明」である(2.6の議論を参照)。実際に起きていたことに関心がある者にとっては、映像がなによりのデータである。

われわれは何かを見るとき、必ずそこになんらかの「物語」を見ている。他者の行為についても、バラバラの動作の連続ではなく、意味(あるいは、意図)を背後に含む行為として解釈しながら見ている。したがって、フィールドノーツとして直接観察した出来事のデータを作ったとしても、そこには「物語」が混入するのである。もちろん、映像を見てそこから解釈するときにもそうした物語の混入はあるはずだ。しかし、より現象に近いものを解釈の対象としたい、そうした研究者にとってビデオを用いた相互行為分析はふさわしい(p.13,P1)。

3.2 一次データの保存
一次データを何度でも見られることも、ビデオの有利な点である。複数の研究者で共有したり、協同作業したりできるほか、早送り・コマ送りも可能である。これによって、分析を修正できるし、より深い分析も可能になる(p.14,P1)。

3.3 相互行為の複雑さ
ビデオの威力がもっとも発揮されるのは、大勢の人間が同時に立ち働く場面を分析するときである。たとえば、職場や教室など、さまざまな社会・制度的場面には、たいていの場合二人以上の参与者がいる。ビデオを使わずに、かれらの行動を追うことはほぼ不可能であろう(p.14,P2)。

また、動作そのものが複雑であること、それを記述する言語を持たないことも、ビデオが必要な理由である(p.15,P1)。


4.0 ビデオと現実

ここまで、ビデオを用いることの利点を述べてきた。しかし、ビデオを採用したことによる制約があることにも自覚的でなければならない。紙と鉛筆によるフィールドノーツに出来事のすべてを書ききる能力がないと言うならば、ビデオカメラも現象のすべてを映し撮る能力はないのだ。あくまでも相対的な違いに過ぎない。むしろ、ビデオカメラというテクノロジーだからこその制約もまたある。

4.0および5.0ではこうしたビデオカメラ使用の欠点あるいは制約について述べる。利点と同時に欠点をおさえておくことが、テクノロジー使用には肝要なことだと思う。

4.1 人的制約
カメラをある方向に向ける、という作業は、別の方向には向けないということを意味する。これは、フィールドノーツによる記述で指摘したことと本質的に同じことだ。見ようとしていることが現象の記録に決定的な影響を及ぼすのである。重要なことは、現象の「すべて」を記録しようなどと、はじめから気負わないことだ。われわれにできることは(ビデオというテクノロジーをもってしても!)、とりあえず得られたデータから何が言えるか、これに焦点を合わせることのみなのである。

とは言え、そうした仮説を例証するための証拠は多い方がよいことは確かだ。カメラを操作する人間のバイアスを抑えるためにJ&Hが提案するのは、たとえば、フィールドノートをつける、固定カメラにする、カメラを2台にする、同時にテレコで録音するなどして、情報を落とさない工夫である(p.15-6)。

カメラをどこに向けるかが操作者のバイアスを示すひとつの証拠だと、ポジティブに考えてもよい、J&Hはそう述べる。彼女らが挙げる分娩室の事例では、出産の際に生まれてくる赤ちゃんをカメラで映していたために、母親と看護婦のやりとりは映せなかったという。しかしこれは、どうしても赤ちゃんを見てしまうという文化的バイアスの存在を示すひとつの証拠となるのではないか。同様なことは発達研究にも応用できそうだ。たとえば、子どもにカメラ(スチール、ムービーいずれも)を渡し、遊び場面を撮らせるといった方法が可能かもしれない。遊び場の風景を子どもがどのように見ているのか、かれらなりの世界の切り取り方が映像に反映されているかもしれないのだ。

4.2 技術的制約
通常のビデオ機器は、あくまでも映像と音声を記録するために作られた道具である。そのため、状況を構成するいくつかの要素、たとえばその場の匂いや温度、物の肌触り、人の気配を記録することはできない。温度を測定したい場合はサーモトレーサーで撮影されたサーモグラフィを見ればよい。だが、何より高価であるし動き回る対象には適用しづらい面があるので現実的ではない。結局、視覚・聴覚以外の情報については、フィールドノーツなど補助的手段で記録しておくのが、現在もっとも妥当な方法だろう。どんなにいい機材を使っても、すべてを満足させることはできない、このことを自覚すべきである。

もう一点の注意として、逆説的だが、ビデオはすべてを映してしまい過ぎる、ということがある。相互行為分析において知りたいことは、あくまでもある参与者の振る舞いを明らかにすることだ。具体的には、参与者がその場の何をリソースとして用いつつ行為したかが分かればよいのだが、ビデオにはそうしたリソース候補がふんだんに映りこむ。たとえば、夢中になって仕事をしている参与者や、パーティションを挟んで座る参与者など、その場で起きていたことのすべてをリソースにはできない場合が考えられる。しかしビデオは、パーティションを挟む二人の参与者を同時に映すことができる。観察者はこのようにしてある状況を特権的に俯瞰することができるが、その視点を参与者の視点と混同することはあってはならない(p.16,P3)。


5.0 カメラ効果

多くのフィールドワーカーが抱える問題が、このカメラ効果である。参与者にしてみれば、見張られている、悪く言えば監視されているという感想をもらしてもおかしくはない。デリケートな制度的状況、たとえば病院や障害者施設にカメラを持ち込むときにはしばしば現場にいる人たちからの拒否の態度がともなうし、法廷や取調室などはじめから撮影が許されていない場もある。

本当に参与者はカメラを意識しているのか?確かに、撮影開始時にはカメラから背を向けて動く、あるいは逆にカメラの方に頻繁に視線を向けるといった行動が観察される場合がある。これはカメラ効果のひとつだろう(p.17,P1)。

しかし、時間が経過するにつれ、カメラの存在に慣れることもある。このことは、カメラを固定させた場合、最低でもファインダーの後ろに撮影者がいない場合にはだいたいあてはまる。カメラが参与者にとってインテリアの一部となってしまえば、それほど特別に意識されることはないのだろう。その意味で、もしも参与者が限られた空間のなかで活動するなら、三脚や壁にカメラを据え付けた撮影は非常に有効である。広角レンズなどを用いてなるべく参与者の動きそうな空間全体がファインダーに収まるようにしておく。活動時はずっと録画状態にしておいて、観察者はその間、フィールドノーツで記録したり、もう一台カメラを用意し、固定カメラではフォローできない細かな作業などを録画したりするのがよい。

カメラが与える影響は、結局、研究者が研究の目的に照らして臨機応変に考慮すべき問題である。無視してもいけないし、慎重になりすぎても意味がない。結局、どのような記録方法でも、その場に研究者が赴いてデータを収集する以上、それはすでに場の相互行為の中に組み入れられているのだから、出来事に与える影響を避けることは不可能である。重要なのは、こうしたことをふまえた上で分析や解釈をすすめることなのだ(p.19,P2)。


6.0 分析の焦点

本節のタイトルに、なぜ「焦点」という単語が用いられているのかを説明しておく。J&Hは、たとえば分析の「カテゴリー」という単語を用いてもよかった。しかしそうしなかったのは、この単語(カテゴリー)には、次のような含意が読み取られるからである。

たとえば、心理学の実験においては、被験者の行動は実験者の観察によって、あらかじめ設定されたいくつかのカテゴリー(正解・エラーなど)に落とされた後、分析がなされる。これにしたがえば、被験者の行動について、その意味を決定するのは、(いかに分析カテゴリーの妥当性が保証されようとも)実験者である。このように、J&Hはカテゴリーということばに、相互行為する当の本人の意味世界を無視した、研究者による(ことばは悪いが、勝手な)意味づけ作業を見て取ったのだろう。

しかし、ウィトゲンシュタインを援用しながら、ハロルド・ガーフィンケル(1964/89)が述べたように、実験の被験者が用いる記号の用法は、かれ自身がしたがう「言語ゲーム」内において合理的なのである。したがって、実験者と被験者の各言語ゲームが共通している保証がない以上、実験者が用意する分析のカテゴリーに被験者がいかにしてしたがっていたのか、は問題として立ち得ない。あくまでも被験者自身の用いるカテゴリーは何か、がエスノメソドロジーの問題である。

J&Hが用いている「焦点」ということばは、まずもって、相互行為する人びとが行為の手がかりとして用いていることがらを指している。つまり、人びとが世界を見る焦点のことだ。そして、この焦点は相互行為に参加する人びとに観察可能である限りにおいて、観察者にも観察可能となる。ゆえに、観察者にとっても分析の焦点となりうるのである。

以下、この意味における「焦点」として、「出来事の構造」「活動の時間的組織化」「ターンテイキング」「参加構造」「トラブルと修復」「活動の空間的組織化」「アーティファクトとドキュメント」の7項目について概観していく。もちろん焦点はここで挙げられたものに限られるわけではない。ぜひとも自分自身の焦点を今後の分析を通して発見してほしい。

6.1 出来事の構造
人間の運動は連続していて切れ目などない。しかしわれわれは動作に対して文脈に応じたなんらかの名付けをすることによって、未分化な連続を秩序立てられた非連続に変えている。それがわれわれの持つ、時間という感覚であろう。

相互行為を枠付ける時間感覚について、Erickson&Shultz(1982)はカイロスとクロノスの二種類を区別している(pp.72-3)。カイロスとは「さっきでも、次でもなく、まさに今」のように指示される時間感覚であり、相互行為の時系列的な順序性を説明するのに適した語である。一方クロノスとは時計で計られるような時間のことを指すが、これは相互行為に潜むリズムや周期性を示すのに用いられる。このようにErickson&Shultz(1982)は、どちらの道具立ても相互行為分析には必要だと述べた。

J&Hが本節と次節で述べるのは、Erickson&Shultz(1982)が指摘したような相互行為における時間的な順序性と周期性についてなのだが、これらふたつの時間感覚が検知する非連続なまとまりには、相対的に大きなものと小さなものとがありそうだ。相対的に大きなものうち、この6章1節では「出来事event」と呼ばれる単位に焦点が合わせられる。

相互行為する者が意味ある単位と見なし、またそれが意味ある単位として流通する相互行為のまとまり、それが出来事である。食事ということ、食卓をしつらえるということ、食べ物を口に入れるということ…、いずれも出来事であるが、これらの間には連鎖的な関係や階層的な関係、入れ子の関係などさまざまある。重要なことは、本章冒頭で述べたように、出来事は相互行為の参与者にとって意味ある単位だということだ。J&Hによれば、参与者が容易に同定できる行動の単位は「エスノグラフィック・チャンク」と呼ばれる。これを同定する作業が分析への最初の段階であり、実際われわれはすでに映像データから目次ログを作る際にこの作業を通過しているのだ。

さて、具体的な手順としてJ&HはBamberger&Schon(1991 ※oにはウムラウト有)の議論を引用する。かれらはまず、書き起こしに基づいて「なにか新しいこと」が起きた時点にしるしをつけていったのだが、この段階では区切る基準を考えない。つまり直感にたよる。分節の基準をはっきりとした形で書きつけるのは次の段階での作業となるという。あくまでも参与者にとって意味ある単位を出来事と呼ぶので、エスノグラフィック・チャンクを同定するには、その文化の知識が当然ながら必要となる。そのためには、入念にフィールドワークするか、グループ作業するのがよいだろう。

6.1.1 開始と終了
観察者が単位を同定する上でもっとも有力な基準となるのは開始点と終了点の確定であり、それらに挟まれた間になんらかの名付けをすれば出来事となる。たとえば食事という出来事を開始するには、公式的には「いただきます」といった挨拶が、非公式的には最初の一口を成立させる箸の把持が必要である。同様に、「ごちそうさま」や食器の片づけが終了点をわれわれに示す。

ここで、公式的な開始や終了を宣言することと、相互行為のなかである出来事が始まったり終わったりしたと見なされることとは、一致する必然はない。「いただきます」と言った後で、実際に食べなくてもよいのである。ただし、その場に居合わせた者からすれば、これは奇妙であるだろう。また、「いただきます」ということばには他者からの「はい、どうぞ」という応答や、あるいは他者も同時に宣言するといった、それが開始の宣言であることの認証が伴われることもある。このとき、もしも「はい、どうぞ」という応答がなければ、食べ始めにくくなるかもしれない。

つまり、「いただきます」と宣言したとしても、それによって食事という出来事が自動的に動き出すわけではないのだ。

6.1.2 分節化
連続する時間の流れをあるまとまりに分節化することsegmentationは、相互行為の参与者が実際にしていることだという見方は、くどいけれども相互行為分析の前提から導かれる必然である。もちろんそうした分節化作業も相互交渉されなければならない。この交渉過程で用いられる、分節化を知らせ合うための手続きやリソースを明示化することが、観察者の実際の作業目標となる。

食事場面の例を続けよう。食事という出来事は、(料理を作る)、お膳を揃える、開始宣言、摂食、終了宣言、(片づけ)という下位の出来事に分節化できそうだ。しかし参与者はこの手順にしたがっているのではなく、これをひとつの図式として用いている。これが相互行為分析の採用する見方だ。同様に、身体動作やその空間的配置(たとえば、視線など)や、さまざまなアーティファクト(物を片づけるなど)も、出来事の区切りを交渉する際のリソースとなりうる。また、これらは観察者が分析に用いる焦点でもあるのだ。

もちろん、分節化の交渉がうまく達成されない場合もあるだろう。しかし、それを「トラブル」と見なすためには、同時に、出来事としての全体性を修復するためには、やはりさきほどのようなリソースが用いられるのである。そして、分節化の失敗あるいは成功によって、リソースを共有する実践コミュニティのメンバーシップであることもお互いに可視化される。

6.2 活動の時間的組織化
6.2.1 マクロレベルでの構造
ここで言うマクロレベルでの時間構造には、たとえば1年を単位とする周期(季節、移住など)から、カレンダーに書き込まれたスケジュール、学校や職場の1日の構成するプログラムなどが含まれる。

マクロレベルでの時間構造に研究の焦点を当ててきたのは、従来は社会学者だったという。かれらがあくまでもマクロをマクロとして扱うのに対し、相互行為分析におけるマクロとは、瞬間瞬間において達成されるものとしてのマクロ、あるいは行為を秩序づける際のリソースとしてのマクロである。たとえば学校での時間割を考えてみよう。当然ながら時間割という概念それ自体に、時間を割る能力はない。しかしわれわれは、時間割を目に見える形に表し(紙に書かれた表やチャイムにより)、そこに行為の体系づけに用いるべきリソースとしての正統性を見いだす。もちろんこの正統性も社会的な交渉において確認されるものである。通常の社会学がマクロのマクロ性を前提として議論を進めるとすれば、相互行為分析においてはそれが成立するための要件を微視的な行為のうちに発見しようとするのだ。俗に言うマクロ-ミクロの接合は、相互行為分析においては以上のようにしてなされる。

マクロレベルでの時間の秩序は、ある特定の出来事が特定の時刻に起こるように調整する参与者の振る舞いとして観察される。こうした調整を参与者自身がどう経験し、どう可視化しているのかが具体的な問題となるのだ。

6.2.2 リズムと周期性
人間活動におけるリズムと周期性には多様なレベルが見られるし、また多様なリソースによって構成されている。物理的、生理的なレベルでも、制度的なレベルにおいても、周期性は構成されている。

もちろん、周期性の同定には連続する時間に区切りを入れる、すなわち分節化(6.1.2を参照)というわれわれの実践が前提とされる。周期性を問題とする場合には、実践上の前提がもうひとつ必要となる。二度と同じことは起こらないはずなのに「同じこと」が反復すると見なす、そういう実践である。たとえばJ&Hが挙げる例では、赤ちゃんがスプーンを口に運ぶ動作にたいして、「食べる」ことの反復か、それとも「(スプーンを)もてあそぶ」動作へ切り替わったのか、両親が評価していた。このように、本節で挙げる他の焦点と同様、物理・生理的レベルであったとしても、周期性には意味の社会的な交渉過程が分かちがたく含まれているのだと言える。

周期性の事実とは、確認したように、交渉されなければならない。交渉過程は、反復される「同じこと」の同定と、ある具体的な行為をその「同じこと」のカテゴリーに含めるかどうかの判断から成るだろう。同定と判断から成るこの過程から、次に何が「同じこと」として出現するかの予期が生じる。すなわち、反復される「同じこと」とは、交渉を通じて構成されるはずの何かであると同時に、それを用いて自らの行為を導くリソースでもあるだろう。

周期性として概念化することにより、出来事と出来事の「あいだ」という一種の出来事に焦点をあてることができる。忙しい時間帯に対する暇な時間帯、授業中に対する休み時間などは典型的な「あいだ」である。しかし一方で、この出来事とあいだの関係はそれほど明瞭でもなく、あいだを構成すると一般には考えられる行為が出来事のなかに侵入しつつも、さもその出来事が進行中であるかのように振る舞うといった事態がありうる、このようにJ&Hは指摘している。たとえば、授業中に机の下で漫画を読みふける生徒の事例がそれである。このことも、周期性が社会的に構成されていることから理解することができよう。

活動の周期性は実践への参加過程へも密接に関与している。J&Hが指摘するように、新参者が実践についてかれらなりの意味を形成する際に、周期性は知らねばならない対象でもあるし、自らを実践のメンバーとしてディスプレイするための有効なリソースでもある。また、先述した「あいだ」は、実践への直接的な関与から離れて、熟練者が新参者に指導することを可能にする。

以上見てきたように、活動の時間的な組織化過程は相互行為分析の重要な焦点となりうる。Erickson&Shultz(1977)が指摘したように、時間とはひとつの文脈(When is context)である。つまり、行為の適切さは、今がどのような時間なのか、およびいつそれを行うべきかという、ふたつの意味で時間に依存する。この点で、われわれの行為において構成されつつそれを枠づける時間は相互行為分析の焦点である。

6.3 ターン・テイキング(順番取り)
1978年、雑誌Languageに1本の論文が載った。A simplest systematics for the organization of turn taking for conversationというタイトル、著者はハーヴェイ・サックス、イマニュエル・シェグロフ、ゲイル・ジェファーソンの三人である。この論文を皮切りに、一見無秩序に流れるだけのような日常会話に、科学の対象としての地位が与えられた。ここでターンとは、会話の場において発話する番を指す。Aさんが話し、次にBさんが話す。この意味での「番」である。サックスらが提起した問いは、会話において発話の順番はいかにして決められていくのか、というものであった。通常の日常会話では、こうした発話順があらかじめ決まっていることはない。また、たとえば式次第のような形式であらかじめ「決まっていた」としても、ここまでの議論をふまえれば分かるように、式次第自体は相互行為を導く上でのリソースに過ぎず、いかにして式次第を実行するかという問題はまた別に立てられなくてはならない。

さてサックスらが提起した、発話の順番取りが可能になるためのシステムとは以下のような要件から構成される(以下は、高原・林・林(2002)pp.136-7からの引用)。

1 話し手はターンを交替でとり、その交替は繰り返される。そして少なくともターンの交替は発生する。
2 一方の話し手だけが圧倒的な頻度で話すことがある。
3 2人以上の話し手が同時に話すこともあるが、そのような同時発話は長く続かない。
4 1つのターンから次のターンに移動するときは普通ギャップやオーバーラップが伴わない。たとえ、わずかなギャップやオーバーラップがあっても大抵は問題なくターンが移行する。
5 ターンをとる順番は多様で決まっていない。
6 ターンを持つ長さは多様で決まっていない。
7 ターンにおける発話の長さは前もって決められていない。
8 会話者が話すことは前もって決められていない。
9 ターンの割り当ては前もって決められていない。
10 会話への参加者数は変化する。
11 ターンにおけるトークは切れ目なく続くこともあれば、中断することもある。
12 ターンの割り当てには、決まったテクニックが使われる。
13 「ターン構成ユニット」の長さは1語の場合もあれば、文の場合もあり、その長さは多様である。

このうち、12に登場するターンを割り当てるテクニックとは以下のようなものである。

(1)最初のターン構成ユニットのターン交替には次のシステムが働く。
 a ターンを持っている話し手が次の話者を選ぶ場合は、選ばれたその話者だけがターンを取る義務と権利を持つ。
 b ターンを持っている話し手が次の話者を選ばない場合には、その話し手以外の会話の参加者全員が自分から次の話しのターンを取る権利をもち、最初に話し始めた者がターンを保持する権利がある。
 c ターンを持っている話し手が次の話し手を選ばず、かつ、会話の参加者のなかに次のターンを取る者がいない場合には、現在ターンを持っている話し手がターンを持続することができる。
(2)最初のターン構成ユニットのターン交替においてcが作動する場合には、その次のターン交替に再びa~cが適用され、それ以降もターン交替にはその適用が繰り返される。

注意したいのは、上記前半の12項目は現象の観察から得られた一般的な結論である一方で、後半の2項目は「一度にひとりが話し、話者は交替しうる」という現象が成立するための条件だという違いである。実は後者は現象だけをいくら見ていても、帰納的作業によっては抽出し得ない。現象から得られるのは、前半12項目のように、会話の多様性だけだ。多様を作り出しうる原理的なものを見つけようとしたのが、サックスらのこの論文の主眼なのである。

さてJ&Hの議論に入ろう。相互行為分析の場合、順番取りは発話のみならず、非言語的な行為の交替としても観察される。ジョーダンは、発話、非言語行為、道具使用などすべてを順番取りを構成する要素ととらえた上で、相互行為を活動を媒介するものの別によってふたつのカテゴリーに分けている。ひとつは、言語が主要な媒介物となる相互行為で、「会話型相互行為talk-driven interaction」と呼ばれる。たとえば、インタビューや会議などがそれである。もうひとつは、道具を主要な媒介物として達成されるもので「道具型相互行為instrumental interaction」と呼ばれる。外科手術や宿題などがそれだ。むろん、あらゆる相互行為には発話、動作、道具のすべてが用いられているのだが、何が中心的な媒介物かによって分けているのである。

この区別、特に道具型相互行為というカテゴリーは、多様なテクノロジーを媒介として成立する仕事場などの分析には有効だろう。たとえばJ&Hはこうした場合における順番取りの特徴として次のような現象を指摘する。発話によるターンの次に非言語的行為によるターンが伴われることが多い(Aさん「スイッチを押してください」→Bさん、無言でスイッチを押す、など。行為→発話の順もある)。相互行為のトピックが会話型よりも長く維持される。沈黙の時間帯が長くなる。進行中の相互行為が道具によって中断させられる(電話、故障など)、など。

ある特定の役割を担う参与者が順番を管理する状況もある。会議における司会、授業における教師などがそうした役割に含まれる。特に、生徒の話す順番を決定する、すなわちフロア(発言権)を配分する教師の役割について多くの文献で指摘されている。注意したいのはフロア配分はあくまでも分配者とそれに従う者との相互的な達成だという点である。フロア分配者としての役割を、そもそもある具体的な人物が担っているわけではない。「教師」という役割が「生徒」との関係のなかで相対的に規定され、そうした実践に共同で参与する状況が成立して初めて、「教師」になった人物がフロアを配分することが適切となるのだ。教職員の会議など、授業ではフロアを管理していた同じ人物が、今度は司会者-参加者という新たな役割関係の下に自らを置くことによって、勝手にフロア配分者という役を獲得することはできない、こうした事態を想像すればよい。

6.4 参加構造
本節でJ&Hは参加構造participation structureに触れている。参加構造とは、「相互行為の場で動的に展開する、参与者の関与のしかたの全体的な配置」のことである。たとえば、教室を考えてみればよいだろう。授業という実践においては、ある者に話す権利が与えられる、このことはすでに前節で触れた。同時にこのとき、話者以外にはそれを聞く義務がある。ここで義務とは、実際には聞いていなくても、少なくとも聞く態度をディスプレイしていなければならない、ということを指す。話す権利を有する者と、聞く義務を負う者とは、同時に、しかも相対的に決定される。「全体的な配置」が指すところはここである。

J&Hによれば、参加構造にはある活動に関与するかしないかという問題も含まれる。「全体的な配置」がどこまで広がりを持つのかという問題である。かれらが提示した事例では、分娩室というひとつの部屋に、ふたつの参加構造が観察された。ひとつは出産を控えた女性とその夫、もうひとつは医者や看護婦などのスタッフである。構造間の境界は、会話の相手に誰が選択されるか、少し広く言えば相互行為の相手として誰が志向されるかとして可視化される。この境界は互いに入り込んだ関係にもある。医者たちの参加構造のなかに妊婦が位置づいているのは確かだが、相互行為の相手としてではなく、あくまでも医者たちが相互行為によって解決すべき課題としての位置にあるのだ。

このように、観察した範囲で、同時に複数の参加構造が生起することは往々にしてある。このとき、参与者がいずれにも相互行為の相手として参加できる場合もあれば、そうでない場合もある。また、人間同士が空間的に近接していなくても参加構造が成立する場合もある。たとえば電話を介したコミュニケーションが典型的な事態だろう。

相互行為分析の関心は、以上のような参加構造の形成と維持、あるいはそれらの横断を、参与者がいかにしておこなっているのか、という点である。

6.5 トラブルと修復
実践の円滑な遂行が妨げられる経験がトラブルである。だが行為自体はトラブルのあいだも途切れなく進行している。あくまでもトラブルとは参与者がある現象をそれとして意味づけることで可視化される出来事である。トラブルが相互行為分析の焦点となるのは、それを修復repairする過程から、ひとびとが行為を組織化する際の暗黙のルールや用いられていたリソースが見えるからだ。

現象としてのトラブルはさまざまな形態を取る。参与者がしばらく沈黙してしまったり、似た行為を繰り返したり、物理的にコンピュータが操作不能になったりと、いずれもトラブルと目される出来事である。このように相互行為分析では言語的なトラブルのみならず、非言語的な側面でのそれも対象となる。そこには、すぐに修復されるために多くの場合気づかれないものも、なかなか修復されずに強く自覚されるものもある。

一般にはトラブルとは見なされないが、同様に、行為を組織化するのに日常用いられるルールとリソースを明らかにする出来事として、新参者の参入事態がある。たとえば新入園児が園のさまざまな慣習と出会ったとき、何にとまどい、何にとまどわないかは、園独自の慣習が何かを明らかにするだろう。

6.6 活動の空間的組織化
時間を組織化していたように(6.1~6.2を参照)、われわれは活動のなかで空間も組織化していると言える。ここで組織化されるものには、たとえば身体間の距離や(いわゆるパーソナル・スペース)姿勢といったことがある。

J&Hはいくつかの論点を挙げている。たとえば、航空管制室ではワークステーションという不動のアーティファクトを中心に身体的配置が規定されている(逆に、動かすことのできるアーティファクトなら、そちらを移動させて人間の配置は変えないということがあり得るだろう)。また、空間そのものに相互行為する上でリソースとなりやすい場所とそうでもない場所があるようだ。上座-下座やお誕生日席として指示される空間がそれである。これら空間的リソースが制度的な構造や権力関係と密接に関係することも指摘されている。仕事場において監督的な立場にいる者は、その場全体を見渡せるような空間を占めることが多いのもその現れである。こうした空間的な位置取りが慣習化し、無標化されているとき、通常はその位置に立つことの期待されていない人間がその場所を占めると、有標化された行為としてきわめて目立つこととなる。やや散漫に羅列してきたが、いずれの空間的側面も相互行為を導くリソースであるとともに、相互行為のなかで調整されるべき対象なのだ。

人間同士の身体的配置が相互行為分析においていかに取り上げられてきたかもう少し見てみよう。二人の人間が同じ活動に関与するとき、姿勢の向きが行為を方向付けることがある。横に並行して並んだり、正面から向かいあったり、一方の後ろに回り込んだりするだろう。こうした配置が、食事、カウンセリング、教育的指導といったさまざまな活動に応じて使い分けられ、調整されているのだ。

自由に動くことのできる領域は不動のアーティファクトによっても決まるが(ふたつの物体が同時に同じ場所を占めることはできないという制約による)、その出来事がどのようなものかによっても規定されている。熱心に議論する会議室に堂々と入っていくことができるだろうか?授業中に生徒が各自の机を離れて歩けるだろうか?もちろん、原理としては可能であろうが、出来事を構成しつつ確認する相互行為の過程においては、すぐさま逸脱行為として顕在化するはずである。これを逆に捉えると、何が人間の活動を阻害しているのかという問題が立ちうる。たとえば、教室に置かれた机の配置が、実は活発な議論の生起を抑制しているのかもしれない。

相互行為分析は空間的な物理的配置がどの程度固定的で、どの程度参与者の自由になるのかを検討する。また、このような制約がいかにして参与者の行為に影響し、どのように実際の行為で交渉されているのかを検討する。J&Hはこのように述べた。

6.7 アーティファクトとドキュメント
ここまでの議論でもたびたび指摘されていたが、われわれの環境にはわれわれ自身が作り出したアーティファクトが満ちあふれている。これらモノそれ自体を、活動に関与する一種の行為者としてとらえるのも相互行為分析のひとつの特徴であろう。また、相互行為分析とは関係がないが、同じ発想を共有するフランスの科学社会学者であるラトゥールやカロンが提起するアクター・ネット理論は、顕微鏡や細菌といったモノも人間と同様のアクターとしてとらえ、意味の社会的ネットワークにそれらが入り込む過程を明らかにしようとしている。

アーティファクトと活動との関係は相互行為分析の焦点のひとつだが、われわれの環境には実に多様なアーティファクトが同時に存在するため、まず何が活動と関連しているのかを同定する作業が必要となってくる。机とイスがあるからといって、それが授業中のある相互行為に関連したアーティファクトだということにはならない。同定するためにJ&Hが提起するひとつのポイントは、新しいアーティファクトが活動に導入される事態に注目することである。その上で、活動がどのような変遷をたどるか、どのような場面でアーティファクトが用いられるか、誰が使うか、どのように配分されるか、いかにして相互行為が構築されるか、といったことを問いとすればよい。

気をつけたい点は、アーティファクトの機能はひととおりではない、ということである。たとえば会議に持ち込まれた書類の主要な機能は情報を提示することであろうが、それ以外にも多様な機能を果たす。暑ければそれで顔を扇ぐことができるし、紙を揃える動作は会議の終了を合図する。また、アーティファクトの象徴的な機能にも注意しておくべきだろう。J&Hが例示するように、聴診器の機能は第一に心音を聞くことだが、それを首にかけていることが医者という役割の象徴となる場合がある。

相互行為を規定するアーティファクトの機能に関してJ&Hが特に注目を促すのは、所有と配分の問題である。ある道具を所有すると見なされる役割、ある道具を使ってよいと見なされる役割、ある道具の改変をしてよいと見なされる役割など、アーティファクトをめぐる社会的関係性は相互行為を規定する。また、黒板やモニターなど、パブリックな位置にあるアーティファクトは、複数の参与者が同時に参照することをアフォードするが、ここからいかにして参与者間で注意の焦点を交渉し共有するかという相互行為上の問題が生まれる。

アーティファクトはあらゆる相互行為に関与する。それ抜きの分析は不可能であろう。このことを常に念頭に置かねばならない。


7.0 結論

J&Hが論文を出版した1994年から20年が経とうとしている。その間、このアプローチにどのような進展があっただろうか?実はなにも変わっていないようにも思われるのだ。もちろん、ビデオを担いでフィールドに赴く研究者やひとびとの相互行為に関心を持つ研究者の数は着実に増えている。日本でもいくつかの自主的な研究会が開催されるようになった。

最後に、もう一度確認しておきたいが、ビデオを活用した相互行為分析には、精神や行為や世界に向けられた独特の観点がまとわりついている。これを無視した研究をしても無駄である。認識論と方法論は密接に結びついているのだ。


文献

Condon, W. S., and Sander, L 1974 Synchrony Demonstrated between Movements of the Neonate and Adult Speech. Child Development, 45, 456-462.
Erickson, F., and Schultz, J. 1977 When is a context?:Some issues and methods in the analysis of social competence. Quarterly Newsletters of the Institute for Comparative Human Development, 1(2), 5-10.
Erickson, F. and Shultz, J. 1982 The counselor as gatekeeper: social interaction in interviews.New York : Academic Press.
Garfinkel, H. 1964 Studies in the routine grounds of everyday activities. Social Problems, 11, 225-250.(北澤裕・西阪仰訳 1989 日常活動の基盤:当たり前を見る 日常性の解剖学:知と会話 マルジュ社 pp.31-92.)
海保博之・原田悦子(編) 1993 プロトコル分析入門:発話データから何を読むか 新曜社
串田秀也 1997 ユニゾンにおける伝達と交感:会話における「著作権」の記述をめざして 谷 泰(編) コミュニケーションの自然誌 新曜社 Pp.249-294.
西阪仰 1997 相互行為分析という視点:文化と心の社会学的記述 金子書房
西阪仰 2001 心と行為:エスノメソドロジーの視点 岩波書店
Psathas, G. 1990 Appendix: transcription symbols. In G. Psathas (Ed.), Interaction competence. Washington D. C. : University Press of America. pp.297-307.
Sacks, H., Schegloff, E. A., and Jefferson, G. 1974 A simplest systematics for the organization of turn-taking for conversation. Language, 50, 696-735.
高原脩・林宅男・林礼子 2002 プラグマティックスの展開 勁草書房

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英語の文献を翻訳してみよう(1)

dun (2012年4月24日 15:46)|コメント(0)| トラックバック(0)

大学の演習で,William JamesのThe Principles of Psychologyを読んでいる。

この本はちょうど19世紀から20世紀にかけての曲がり角に書かれていて,いかにして心理学を自立した学問として立ち上げるかが宣言された古典的名著とされる。

ちょっとずつ翻訳していってみよう。翻訳しながら,ぼくなりの翻訳のコツをメモしていってみる。ぼくは翻訳の専門家でも何でもないし,むしろ英語に不自由している者だが,それでも18年以上アカデミックな英語につきあってきた中で編み出してきた自分なりのコツというのはある。それを開陳する。

なお以下の原文は,Christopher D. Greenによる,Classics in the History of Psychologyに基づく。


Psychology is the Science of Mental Life, both of its phenomena and of their conditions.
心理学とは,生きるということの精神的側面に関する科学である。精神において起こる現象,および,それがどういう条件で起こるのかを研究する科学である。

The phenomena are such things as we call feelings, desires, cognitions, reasonings, decisions, and the like; and, superficially considered, their variety and complexity is such as to leave a chaotic impression on the observer.
その現象を私たちは,感じる,欲する,認める,考える,決める,などといったふうに呼ぶ。ちょっと考えると,精神現象のこうした多様性と複雑さは,観察する者にごちゃごちゃした印象を与えるような類のものである。

The most natural and consequently the earliest way of unifying the material was, first, to classify it as well as might be, and, secondly, to affiliate the diverse mental modes thus found, upon a simple entity, the personal Soul, of which they are taken to be so many facultative manifestations.
これらの素材を統一する最も自然で,それがゆえに最も古くからあった方法は,まず,そうあるはずだという通りに分類し,次に,そのようにして発見された様々な精神のモードを,個人の「魂」という独立した単一の存在のもとに互いに関係づけるというものである。この魂なるものは,非常に多くの機能として発現するものと考えられている。

Now, for instance, the Soul manifests its faculty of Memory, now of Reasoning, now of Volition, or again its Imagination or its Appetite.
例えば,この魂は,あるときには記憶,あるときには推論,あるときには決断,またあるときには想像とか欲求といったように,多くの機能を発現させる。

This is the orthodox 'spiritualistic' theory of scholasticism and of common-sense.
これがオーソドックスなスコラ哲学や我々の常識における「唯心論」である。

Another and a less obvious way of unifying the chaos is to seek common elements in the divers mental facts rather than a common agent behind them, and to explain them constructively by the various forms of arrangement of these elements, as one explains houses by stones and bricks.
精神現象のごちゃごちゃを統一する,これとは別の,ちょっとひねった方法として,精神に起こる様々な出来事の背後に共通の主体を探すのではなく,共通の要素を探すというものがある。その上で,ちょうど石材やレンガで家を造るように,それらの要素をさまざまに組み替えて精神現象を構成的に説明するのである。

 The 'associationist' schools of Herbart in Germany, and of Hume, the Mills and Bain in Britain, have thus constructed a psychology without a soul by taking discrete 'ideas,' faint or vivid, and showing how, by their cohesions, repulsions, and forms [p.2] of succession, such things as reminiscences, perceptions, emotions, volitions, passions, theories, and all the other furnishings of an individual's mind may be engendered.
ドイツのヘルバルト,イギリスのヒューム,ミル,ベインといった「連合主義」派はこのようにして,魂抜きの心理学を構築した。彼らは,ぼんやりしていたり鮮明であったりする「観念」を区分けし,その結束や排斥,連続の形式によって,回想,知覚,情動,意思決定,情念,観照といった,個々人の精神を構成するものが発生するであろう仕方を示している。

 The very Self or ego of the individual comes in this way to be viewed no longer as the pre-existing source of the representations, but rather as their last and most complicated fruit.
個人の自己とか自我はこのようにして,あらかじめ存在する表象のみなもととしてはもはやみなされず,その代わりに,結果として現れる,最も複雑な果実としてみなされるのである。


以下,上のような訳を作るにあたって,ぼくが気をつけていること。

1 筆者の思考の構造を想像してみよう。
 それこそsuperficiallyに字面をなぞっていても,Jamesが何を言おうとしていたのか分からない。ある単語が使われたとき,それがいったいどのような思考の構造のもとで出てきたのかを「想像」してみるといい。
 たとえば1行目でthe Science of Mental Lifeとあるが,これは,science of physical life,すなわち生きることの物質的側面(Jamesが医者であったことを想起しよう)との対比が背後にあるのでは,とか。physiologyやbiologyに還元されない学問としてpsychologyの独自性を構想していたのだ,と想像する。無根拠な想像は危険だが,根拠のある想像は豊かな読みをもたらす。

2 無理につなげてはいけない。分けて訳そう。
 文章を接続詞や関係詞,あるいはセミコロンでつなげていくのはネイティブの悪い癖である。そんなのにつきあう必要はない。
 たとえば3行目。to affiliate the diverse mental modes thus found, upon a simple entity, the personal Soul, of which they are taken to be so many facultative manifestationsとあるが,これを1文で訳すとthe personal Soulにかかる説明が重たくなる。そういうときは,2つの文に分けてしまう。結果的にthe personal soulが文中に二度出てきてしまうが,その方がずっと読みやすくなるならそうした方がよい。ネイティブジャパニーズの学生もレポートを書くときにだらだらとつなげて書く癖があるので気をつけるべし。

3 直訳は言い足りないのでどんどん補ってしまおう。
 辞書をひきながら訳すしかないのだが,そこに書かれた語釈はあくまでも簡便なもの。その単語が置かれた文脈に沿って,自分なりに補いながら,たまには大胆に,訳してしまった方が分かりやすい場合がある。ぼくの感覚では「やりすぎ」くらいの方が分かりやすい。
 たとえば,先ほども出たthe Science of Mental Life。これをどう訳すかは難しい。「精神生活の科学」?なんだか新興宗教みたい。Jamesの言」わんとすることをふまえると,「生きることの精神的側面に関する科学」と言ってしまった方が分かりやすいのではと思ったのでそうした。こういう工夫は,どんどんしていった方がよい。

4 冠詞(theとa(n))の使い分けに着目すると,一段と読みが深くなる。
 冠詞は日本人にとって最もわかりにくい英語文法要素のひとつ。これを感覚的に捉えられるようになると,英語の見え方や読みの深さが断然変わってくる。
 たとえば3行目。a simple entity, the personal Soulという箇所で,不定冠詞と定冠詞が並置されているけど,Jamesがどういう発想で使い分けたかを考えてみる。simple entityというのは,いくつもそういうものがある中でのひとつなのだ,とか,personal Soulは,1人にひとつしかないからtheを使っているのだとか,考えるポイントはいくつもある。

5 最後にものを言うのは英語力ではない。日本語力の方が翻訳では大事。
 どういう日本語に置き換えるかは,どのような日本語を知っているかに依存する。日本語をたくさん知らなければならない。

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協働の場において何を作り出すか(2)

dun (2012年3月 5日 09:58)|コメント(0)| トラックバック(0)

研究者は、新しい概念や説明体系を構築する上で、「たとえ」に強く依存しています。例を挙げましょう。私が片足をつっこんでいる研究領域に、「学習」があります。ある研究者は、それまで行われてきた学習についての研究の背後には大きく分けて2つの「たとえ」があったと指摘しています。1つが「学習とは何かを獲得することである」というたとえ、もう1つが「学習とは何者かとしてどこかに参加することである」というたとえです。

第一のたとえ。多くの人は、「学習とは何かを獲得することである」というのはたとえではなく、学習そのものではないかと反論するかもしれません。しかし考えてみてください。学習とは実に複雑な出来事で、そこには、脳神経学的な変化もあれば、身体運動的な変化もあり、かつ、そうした微細な変化を目に見えるようにするいろいろな装置(その代表がテストです)が絡み合って、私たちはそれらをひっくるめて学習と呼んでいるようです。この個人の身の上に起こる「変化」という現象を、この第一のたとえは、「獲得」という用語の体系で説明しようとします。たとえば、「知識を手に入れる」とか「頭に入りきらない」といったようにです。

第二のたとえは、それに対して、「頭がよくなる」とか「スポーツの選手になる」といった言葉の使い方を学習の見方の典型的なものとします。このたとえの背後にあるのは、身の上に起こる変化がある社会集団の中でどのように位置づけられていくのかという、社会的な立場とか役割の変化過程が学習なのだという考え方です。「頭がよくなる」というのは、実際に脳の性能が上がることではなく、「頭がよい」という部類に含まれる人間として評価される、という意味なのです。

ある社会集団の中で何者かになっていく過程が学習だ、とする考え方はなじみのないものかもしれません。それもそのはずで、この考え方をはっきりと示す理論が提案され、広まっていったのは1980年代の後半のことだからです。そうした理論を提唱した研究者に、エティエンヌ・ウェンガーという人がいます。ウェンガーが提唱した概念に「実践共同体」(communities of practice)というものがあります。これは、私たちの社会的な有り様を捉える概念で、ある実践的な課題によって結びついた社会的なネットワークが複数あって、私たちは同時に複数の社会的ネットワークに所属していることを説明するのに役立ちます。たとえば、保育園に通う子がいる親は、夕方近くなると、子どもを迎えに行くタイミングと仕事の切り上げ方を考えながら過ごすかもしれません。この親のありようは非常に社会的で、「家庭」という社会的ネットワークと、「職場」というネットワークに同時に所属していることに由来するのだ、と説明がなされます。

この実践共同体という概念を使うと、学習とは、その共同体により深く参加して、その共同体において中心的な人物となることと説明されます。ある職場で「仕事ができる」ようになっていく過程とは、単にその人の仕事にまつわる行動が変化することではなく、文字通り、ある仕事をまかせてもらえるかどうかという評価や立場、役割が変化する過程なのです。

このように、たとえが異なると、学習という現象の見方も大きく変わってくるわけで、どのようなたとえを採用するかということの重要性が明らかになったかと思います。ここで話を戻して、「新しいたとえを作ること」について考えてみましょう。その際に、ちょっと工夫をして、新しいたとえを作りながら、新しいたとえの持つ意味についてお話ししたいと思います。

先ほどのウェンガーの実践共同体に基づいて学習を説明すると、下の図1のようになります。楕円は実践共同体を、矢印はある人の社会的変化の軌跡を表します。周辺部から次第に中心部に移動していく様子が描かれています。ウェンガーの著書にも同じような図が描かれているのですが、私は、この図は多分に誤解を招くものであったと考えています。あまりにも平面的に過ぎるのです。

中心に近づく、それは実践共同体で展開されている仕事全体を見通せるような立場に身を置くことです。そのような立場に立ったとき、その人の視界には何が見えているのか、その見え方を想像してみてください。さきほど、ある人は同時に複数の実践共同体に所属していると言いました。実践共同体は複数あるのです。ということは、ある実践共同体の中心に近づくということは、その人の所属していない他の実践共同体からはどんどん離れてしまうことを意味するのです。つまり、ある人がある実践共同体の中心に近づくにつれ、他の実践共同体で何が行われているのか、どんどん見えなくなっているとイメージすることができます。ウェンガーは、このような事態に触れて、「何かが見えるようになることは、何かが見えなくなることだ」と述べています。

図1(省略)
 
しかし図1は平面的であるため、その図を見る読者の目にはすべて(円の中も円の外も)一望できます。これですと、中心に近い人からは円の外が見えないことがイメージしにくいのではないかでしょうか。

そこで、この円を、中心に近づくにつれて深くなっていくすり鉢状の穴として捉えてみましょう。アリジゴクの巣のようなものと思ってください。
 
図2(省略)

このアリジゴクを上から見ると、先ほどのウェンガーのオリジナルの図と同じになります。ただし、喚起されるイメージは異なります。矢印は中心にも近づくのですが、穴の底にも近づきます。すると、穴の外のことはよく分からないだろうということは読者にとって容易にイメージできるのではないでしょうか。ウェンガーの実践共同体に「アリジゴク」というたとえを挿入することによって、ウェンガーが当初想定していたであろうひとつのポイントがよりくっきりと見えるようになりました。

このように、新しいたとえを作ることによって、これまで見えていなかったものごとが誰にとっても見えるようになることがよくあるのです。

ところで、図2は世界を理解する上でのたとえの重要性を説明するためのものでしたが、これは、発達支援やソーシャルワークにとっても重要なたとえではないかと考えられます。たとえば、支援を受ける当事者の中には、当然支援を受けるに値する生活状況であるにもかかわらず、まったく支援を要請しないというケースがあります。それはなぜかというと、図2を用いて説明すると、その人はある実践共同体における実践にどっぷりはまっていて、底の方にすでに移動してしまっているわけです。そうすると、他の生活のありようが見えなくなります。外を歩けばいろいろな人がいていろいろな生活をしているのが見えるわけですから、見えていないはずはない。しかし、見えないのです。

こうした場合、ソーシャルワーカーは当事者の所属する共同体の周辺にあえて入り込み、その上で、他の共同体の存在そのものやそこからの情報や物資を伝えたりするという役割を帯びます。このような人のことを、ウェンガーは「ブローカー」と呼んでいるのですが、まさに支援者はブローカー的な立場にあるのです。

とりとめなくお話ししてきましたが、ここでまとめたいと思います。

支援者と研究者はそもそももっている概念や説明体系が異なるので、世界を異なった視点から見ています。そうした人々が協働する場合には、どちらかがどちらかを一方的に理解しようとするのではなく、異なっていることを認めた上での協働を模索する必要があるでしょう。その際に重要なことのひとつとして、新しい「たとえ」を考え出すという協働活動の目標を立てました。新しいたとえを協働で考え出すことによって、少なくともそれについては支援者と研究者の間で共通了解が取られているわけですから、それを手がかりとして協働活動を進めていけるのではないかと思います。
これはプラットフォームの1つの機能となると思いますが、その名称として、「たとえを作る場」、略して「たとえ場」というものを提案したいと思います。これはオリジナルだろうと思ってインターネットを検索したらけっこう出てきました。まねをしたわけではありませんが、少なくとも商標登録はできなさそうです。残念です。

ですが、機能ははっきりすると思います。プラットフォームにおいて創造された見事なたとえは、きっと、支援の場や研究の場においても有効に使われていくことでしょう。

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協働の場において何を作り出すか(1)

dun (2012年3月 2日 18:01)|コメント(0)| トラックバック(0)

これまでに参加させていただいたシンポジウムやワークショップを通して、発達支援という活動に、当事者・支援者・実践者のみなさまとともにどのように参加していけばよいのか、おぼろげながら見えてきたように思います。この場をお借りして、お知恵をお借りできましたことに感謝申し上げます。

私は研究者という立場からこのプラットフォームに参加するのですが、正直に言いまして、何をすればいいのかよく分かりませんでした。支援者の「困りごと」を話し合うワークショップが3回開かれ、3回とも出席しました。参加者のみなさまの口から困っていることがたくさん出てきて、なぜ困りごとが起こるのか、それを解消するにはどうしたらいいかといったアイディアもかなり話し合われたと思います。うかがっていて、私が今まで気づかなかった問題など発見も多々ありました。ですが、やはり研究者としてすべきことがまだぼんやりしています。

ひとつはっきりしているのは、このプラットフォームは支援者と研究者の協働の場となることを目指しているということです。これは、言うほどにはたやすくない道だろうと思います。

その大きな理由のひとつが、「見ているものの違い」です。注意したいのは「見てきたものの違い」ではなく、今現在見ているものの違いです。象牙の塔の中で本とにらめっこしてきた研究者と違い、支援者の方は現実と向かい合ってその矛盾を解決しようとしてきたと思うのですが、そういう意味では両者は「見てきたものが違う」わけです。しかし私がここで指摘したいのはそういうことではありません。

支援者と研究者という2つの職種の間で、そもそもものごとの見え方が異なると思うのです。と言って、何も、こちらの人にとっては赤いリンゴがあちらの人には黄色く見える、ということではありません。世界を理解する枠組みが異なるのです。

固い言葉を使うと、「概念」が異なるのです。ここで概念というのは、世界を分けるためのラベルとでも理解しておいていただければよいかと思います。たとえば「ほ乳類」という概念がありますが、これは、多様な生物を分類するためのラベルのひとつです。ほ乳類という概念を枠組みとして世界を理解する人もいれば、そうでない人もいます。そうでない人の代表は、子どもです。子どもは、日常生活で出会うさまざまな生物の間の類似点や相違点を独自に発見し、独自の分け方で生物界というものをとらえるわけです。それに対して、大人は、より体系化された分類の規則や生物多様性の生じるメカニズムなどを背景とした概念化を行っています。

ある動物をほ乳類と見ようがどうしようが、たいした問題ではないのかもしれません。確かに個々の概念のずれは小さなものでしょう。しかし、たくさんの概念を集め、それらの間の関係をひとまとまりの体系にしたとき、2人の間の世界の見方のずれは決定的になります。例えば、地面と天体を別のものと見るのか、それとも、地面も天体のひとつだと見るのかでは、概念も説明の体系もまったく異なるものとなり、かつ、異なる説明体系を持つ者同士の間では話が通じないことでしょう。言うまでもなく天動説と地動説の違いですが、こうした対立は過去のものではなく、現在でも、例えば進化論と創造説の対立がくすぶる国もあります。

さて、支援者と研究者は、同じように、異なる概念と説明体系のセットに基づいて世界を見ているのでしょうか。もしそうだとしたら、同じ対象、例えば支援を受ける当事者についてすら、見え方、理解の仕方が両者の間で異なるわけですし、そうした二者が同じ対象をめぐって協働することは難しいかもしれません。

両者の概念や説明体系が異なるという可能性は次の事実によって妥当なものになります。

支援者の経験や信念、ライフコースに関する研究は多くあります。こうしたことが研究の対象となるのは、そもそも、支援者の考えていることが研究者には分からないということ、それらは支援者に固有の何かであっていまだ言語化されていないということが前提されているからだと思います。
支援者の概念や説明体系を研究者が知ることは大切なことでしょう。ですが、そもそも、お互いについてよく理解することが大切なのでしょうか。よく理解した上で、概念のセットをどちらか一方のそれに統一することも可能かもしれません。しかし、それは難しいし、なにより、異職種協働ということの良さが失われてしまいます。ミイラ取りがミイラに、ではありませんが、1人の支援者が2人になったところで、困りごとが2倍になるだけです。これでは共倒れです。

大切なことは、協働のための、これまで両者のどちらも持ったことのない新しい概念と説明体系を構築し、両者がそれらを共有し、それを枠組みとして世界を共に見ることが必要だと思います。重要なことは、一方に合わせるのではなく、新しく作ること、そして、作っていく過程そのものが協働の場において行われる中心的な活動だということです。

ただ、概念を作ると一言で言っても難しい。そこで、ここでは「たとえを作ること」を提案したいと思います。 ((2)に続く)

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家族とはなにか

dun (2012年2月21日 09:01)|コメント(0)| トラックバック(0)

 

家族とはどのような社会集団であろうか。

それは、一般的には、構成員が徐々に増加した歴史を持つ集団である。核家族を例に取ろう。はじめに、一組のカップルが成立したところから家族の歴史が始まる。この時点での家族の構成員は二人である。時間をおいて、カップルの間に子どもが誕生すると、構成員は三人に増える。以降、子どもが生まれるごとに構成員は増えていく。

無論、双子で誕生した子どもや、ステップファミリーなど、上記のモデルに当てはまらない家族は現実に多くある。しかしそうした多様性はここでは重要ではない。ここでは、時間の経過とともに人数が増加する集団という観点で考えてみたい。これは、多様性を越えた、家族の歴史の一般的特徴といっていいだろう。

時間の経過とともに人数が増加する集団においては、構成員の間で「一緒に過ごした時間」が異なるという事実がある。

家族においては、カップルは、第一子よりも、長い時間をともに過ごしている。第一子は、第二子よりも長い時間を家族三人で過ごす。言い方を変えると、二人で過ごした時間の上に三人で過ごす時間が重なり、三人で過ごした時間の上に四人で過ごす時間が重なっていく。このように、家族の場合は、一緒に過ごした時間が単に異なるのではなく、人数の増加とともにずれながら積み重ねられていくのが特徴である。

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続・読み聞かせについて考えるのココロだー

dun (2011年11月26日 22:24)|コメント(0)| トラックバック(0)

上士幌中の石川晋先生のブログ「すぽんじのこころ」にて、先生が拙文をご紹介くださいました。

日刊『中・高校教師用ニュースマガジン』(中高MM)☆第2979号☆「読み聞かせる教室づくり」(17)石川晋(北海道)

北海道の学校の先生方とお近づきになりたくて、石川先生たちの主催される研修会にたまたま参加させていただいたのがお会いした最初だったと思います。参加するたびにショックを受けて帰ってくるのですが、一番のショックは、「学校の先生のサークル活動ってこんなに楽しいのか!」というものでした。

中でもすごく楽しそうにお話をされているのが石川先生で、そのお話の中身もずっと聞いていたくなるようなものでした。あらゆることがつきぬけているんですね。それ以来、石川先生は、私にとって「心の師匠」であります(ちなみに、心の師匠は30人ほどいます)。

その先生にご紹介いただき、感激しました。ので、こうして綴っているのです。

石川先生の読み聞かせについての考え方は、その後、ぼくが読み聞かせをしたり、誰かが読み聞かせをしているのを見たりするときの、感じ方のひとつの基準となっています。

教育の目的は文化の継承にあります。教育にたずさわる教師は、継承する文化の体現者でなければなりません。この考え方は早稲田の宮崎清孝先生が斎藤喜博について考察している中で述べていることですが、ぼくもそう思います。

本が文化であることはもちろんですが、本を誰かに読んであげることそのものも文化でしょう。石川先生は、教室の中で、読み聞かせという文化を体現しておられるのだと思います。読み聞かせの内容を通じて文化を伝えるのではなく、読み聞かせという文化そのものを伝えること。

以前、石川先生の上士幌中での授業を実際に拝見したことがありますが、中学1年から3年生まで、すべてのクラスで授業中に先生は読み聞かせをされていました。生徒たちはそこでは内容を聞くと同時に、「本を読んで聞かせる大人」と出会っているのだと言えます。生徒たちは、ゆくゆくは、「なぜその大人が読み聞かせをしてくれたのか」「その大人の背後にはどんな文化がそびえていたのか」について気がつくときが来るのでしょうが、それは中学を卒業した後のことでしょう。すぐには結果の出ないことなのです。

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保育環境のアンビエント・サウンド

dun (2011年6月19日 07:15)|コメント(0)| トラックバック(0)

日本の保育所や幼稚園はうるさい。もう慣れてしまった人間からすればなんてことはないのだが,初めて足を踏み入れた人間からすると相当うるさい環境である。入園したばかりの子どもはまずこの「うるささ」に慣れなければならないのだろう。

ということからすると,保育所や幼稚園を「音」という観点で記述すること,そこにおける子どもの行動を,特有の音環境に「ニッチ」を発見し利用する過程として記述することはおもしろいのではないか。

多数の人間が集まって音を出し合っている環境を,「社会知覚的エコロジー」という視点で見てみよう。英語で言うと"socio-perceptive ecology"。教育社会学者F.Ericksonが学校教室を「社会認知的エコロジー(socio-cognitive ecology)」と呼んだのにならってである。「認知」ではなく「知覚」という語を入れたのは,人と環境との接面において起こる出来事を生態学的アプローチに依拠して記述したいから。要するにギブソン流に行く,という宣言である。

音とは,とどのつまり空気の振動だ。人は空気という媒質の振動に囲まれている。ギブソンにならえば,「包囲音波」(ambient sound)とでも言おうか。たとえれば,音の波が常に全身に打ち寄せている。無生物と異なるのは,打ち寄せ方を人自身が決められる点である。

人にとっての包囲音波には人工的なものも含まれる。最も身近なのが人の出す言語音声だろう。それ以外にも人は多様な音をまき散らしている。まき散らされ方は環境の構造を特定する。たとえば,視覚障害者が地下通路を歩くときなど,音の反射の仕方などで壁との距離が知覚できるという(伊藤精英先生の研究による)。音のまき散らし方を人は伝承してきた。その意味で文化的なものでもある。マリー・シェーファーはそのあたりを汲んで,サウンドスケープと言ったのである。

はじめに戻ろう。保育所や幼稚園は独特なサウンドスケープである。幼児はそうした環境に特定的な包囲音波においてどのように身を置き,自らそこで新たな音波を作り出すのだろうか。

保育所や幼稚園でよく見られる活動に,同じ言葉を複数人で一斉に言うものがある。かつて自分は「一斉発話」とか「同時発話」とか呼んだものである。例えば,朝の集会や食事前のごあいさつとして,あるいは合唱として,子どもたちは声を重ね合う。これによって,家庭などではあまり起こらない,独特な包囲音波が作られる。

どの辺が独特かというと,園で普通に会話しようとすると,うるさいなかで話さなければならないので,背景となる通奏音から自分の声を際だたせる行為が必要なのだが,一斉発話では反対に自分の声を他者の声に重ね合わせ,まぎれこませる必要がある。この点で一斉発話は独特なのである。

他者と声を重ねることを,協調的にタイミングを同期させた身体運動として見れば,それは発達初期から見られる人間の基礎的な能力である。一斉発話を単なるタイミング協調過程として記述してもダメだろう。子どもたちは自身のもつ基礎的な能力を用い,特定の環境で,どのような目標を目ざして,どのような行為を行うのかを記述することが重要である。というのも,能力そのものの発達を記述してもしょうがないから。能力とその環境はカップリングして発達しているはずだから。

これは日本の保育所・幼稚園に共通してみられるような環境であり,そこでの行為はあちこちで反復される可能性がある。だから1カ所の保育所・幼稚園を観察すれば,それで十分である。例えば,ある子どもの一斉発話における発声行為パターンはそうした環境であれば誰もが発見可能なニッチに基づいたものである可能性が高い。

という方向性で一斉発話研究を改めて見直し,書き直す。

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保育と美学

dun (2011年6月17日 23:27)|コメント(0)| トラックバック(0)

無藤・堀越(2008)は,保育実践の質的な分析をおこなう上での視点として,美学の概念を導入した。イギリスの批評家テリー・イーグルトンの『美のイデオロギー』に依拠しながら,美的なもののもつ可能性を次のように整理する。

美的なものは人間に感覚的な方向づけをもたらす。その方向づけには2つの側面がある。一つは,自律的な行為者として内面的な統一感がもたらされる。もう一つは,他者との一体感が感覚的にもたらされる。

後者は重要で,これによって,言語など概念的な媒介をぬきにして他者との合意を形成することができる。これは,特殊な個人がそのまま普遍的な公共的存在に同化することを意味する。したがって,「~しなければならない」という法や「~であるはず」という法則は,強制によってではなく,むしろ喜びを通して内面に形成される。

言語的な媒介ぬきの一体感の感得というと,乳児期の自他関係を思い起こす。無藤・堀越の論は,幼児期におけるそうした出来事の分析を可能にする視座を与えてくれる点で,面白い。

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無藤隆・堀越紀香 (2008). 保育を質的にとらえる 無藤隆・麻生武(編) 質的心理学講座1 育ちと学びの生成 東京大学出版会. pp.45-77.

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複式学級の数は減っている

dun (2011年6月 5日 09:35)|コメント(0)| トラックバック(0)

複式学級数.jpg

複式学級に興味が出てきて,とりあえず文科省の統計をごそごそと調べている。

平成15(2003)年からの学校基本調査がウェブから拾えたので,全国の小学校における学級数と複式学級のそれぞれの総計について,昨年度までの年次変化を視覚化してみた(ただし,公立校に限定)。

上に示したのがそのグラフ。左側の軸が単式,複式,特別支援ぜんぶ含む学級総数を,右側の軸がその中の複式学級数を示す。すでにこういうグラフは誰かが作っているかもしれないが,まあ自分の勉強のために。

パッと見て分かるのは,学級数は08年まで増加し,そこをピークにじわじわ減少してるのに対し,複式学級数は一貫して減少していること。

グラフには出していないが,学級数が増加しているのは特別支援学級の増加によるもの(03年:21,342→10年:30,329)で,単式学級数はほとんど横ばいか近年は微減。その中で複式学級が着実に減っているのはどういう意味があるのか。

こういう話って,自分が知らなかっただけで,教育学者の間では有名なのかな?日本で一番複式学級に詳しい人って誰なんだろう?

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最後まであきらめない

dun (2011年5月 2日 05:32)|コメント(0)| トラックバック(0)

雨上がりの日曜、近所の公園にアマネと散歩に出る。

一通り遊んだ後、ふと、山桜の木につぼみがついているのを見つけた。植えられて間がないのか、さほど高い木ではない。

大人の胸ほどの高さのところで木の幹が二股に別れている。それを見たアマネがそこに登ろうとし始めた。彼にとっては頭の高さよりもほんの少し高く、手を伸ばせば届く。幹を両手でかかえ、足をばたつかせる。雨上がりでなくとも山桜の幹はつるつるとして登りづらい。足をかける場所もそれほど多くない。

二股のところにアゴがかかるも、その瞬間足が滑り、歯で唇を盛大に切ってしまった。口の中が赤く染まり、涙がぼろぼろとこぼれる。ちょうど雨が降ってきたこともあり、「帰るか?」と聞くと、「最後まであきらめない!」と言って首を横に振り、もう一度登ろうとする。

もう服は泥だらけ、顔に血が上って真っ赤になり、鼻水だか涙だか分からないものが鼻提灯を作っていた。

何度も足をかけているうちに、手と足を踏ん張ってそのまま体を浮かび上がらせることを覚えたようだ。あと少し体をずらせば幹の二股に体を引っかけることができる。落ちてしまっては大けがのもとなので、ここで大人が手を貸してやる。それまでは、手伝おうとすると大声で「一人でやる!」と手をはねのけていたのである。

そうこうして、二股のところに腰をかけ、幹にしがみつく体勢を取ることができた。そこから降りてからも泣いている。最後の最後で大人の手を借りて一人で登れなかったのが相当くやしかったようだ。家までおんぶして帰ることにした。背中で道中ずっとひくひく言っていたのを聞きながら、成長を頼もしく思う。

ちなみに、「最後まであきらめない」という台詞は、一代前のスーパー戦隊、ゴセイジャーに出て来るゴセイレッド・アラタのものである。幼児期のパーソナリティ形成にスーパー戦隊が及ぼす影響というのも、このご時世にあって無視できないのではないか、とちょっと思ったりもした。

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赤ちゃん人形が来た

dun (2011年4月 8日 20:45)|コメント(0)| トラックバック(0)

来週月曜の非常勤で乳幼児心理学が始まる。その一発目でお出まし願いたいと思い、赤ちゃん人形を探していた。

赤ちゃん人形とは、看護学校や母親教室などで使う、沐浴や抱っこの練習用の人形のことである。

適当に検索すると簡単に見つかる。ただ、買うとなると非常にお高い。

さらに検索すると、何日かだけレンタルしてくれる業者を見つけた。今回は初日だけ使えればよいかと思い、早速発注した。「クリエイティブ九州」という、鹿児島にある、教材を取り扱う会社である。

クリエイティブ九州

沐浴人形2体ペア(新太郎くんと桃子ちゃん)を3泊4日でレンタル。火曜日に発注して、金曜日には届いた。早いなあ。

こうした人形は、今の息子が生まれる前、区の保健センターで開催された両親教室で沐浴の練習をしたときに初めて触れた。そのとき一緒に、妊婦体験なるものもした。子ども騙しだなとそのときは思ったのだが、今では、重要な経験だと思っている。

乳幼児の心理学を学ぶに当たって、やはり実際の赤ちゃんに触れているかどうかでは学び方が違うのではないか、そう思ったのである。ただ、授業でそれをするのは実際にはかなり難しい。それでもアマネが小さい頃、一度非常勤に連れて行ったことがある。机の上にごろんと横たえて学生に代わる代わる抱っこしてもらった。

それに代わるものとして、人形をもっていくことにしたのである。大事なのは、重たさ、大きさではないかな、と思っている。沐浴人形は実際の新生児ほどの重さ、大きさである。触った質感も、何というのだろう、「しとっ」とした肌触りである。それを自分の感覚で確かめておくことは、けして無駄ではあるまい。

たぶん、大事なのは想像力である。その一助となればと思う。

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なぜ卒業式で泣くのだろう

dun (2011年3月18日 19:11)|コメント(0)| トラックバック(0)

今日は、調査でお世話になっている小学校で卒業式があり、参加してきた。

体育館に整然と座る子どもたちの間を縫って来賓席(!)にたどり着くと目の前に卒業生のための席が並ぶ。

在校生の演奏するエルガーの「威風堂々」をBGMに、卒業生が入場。みな「よそゆき」の格好をして、すたすたと着席する。

校長先生の式辞には、やはり震災のことがもりこまれた。

よびかけ。在校生と卒業生との間の、練習された対話。そこで交わされる内容は、けして「心から」のものではないだろう。用意されたスクリプトにしたがって子どもたちが叫んでいるだけだが、叫ぶことによっていつの間にか「心」ができあがってくる。

次第に卒業生がしくしく泣き始めた。見ると、在校生にも泣いている子がいる。この涙は、今日、この式に身を置き、一つ一つの所作を完遂し続けることによって起きた現象だろう。たぶん、悲しいのではない。今生の別れではないのだから。おそらくは、「式」を構成する所作の体系とその集団的な組織化の過程に自分の身を沈めることによるものではないかと思う。

けして、彼ら、彼女らの涙がまやかしだとか言っているのではない。むしろそうした涙を美しいとも思う。

卒業生は、いきものがかり「ありがとう」にのって体育館をあとにした。

おめでとう。

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文体としての教育

dun (2011年2月20日 13:05)|コメント(0)| トラックバック(0)

「ぼくは田舎教師でいるつもりです」

一日授業公開の振り返りの時間、おっしゃったこと。

「子どもたちは卒業後、このコミュニティで暮らしていきます。コミュニティで暮らす上で、仲間内で話し合う能力は絶対に必要です」

「自分たちの学校の図書館に必要なもの」をテーマにした子どもたちの議論を参観した先生の質問に対して、おっしゃったこと。

「オルタナティブな教育を求めて、自分でそういう場を作ってこられた方もいます。でもぼくは、公立の学校という制度の中でもう少しやっていきたい」

先日、上士幌中学校の石川晋先生が一日授業公開をされたので参加してきた。上の発言は正確ではないものの、記憶に頼って再現した石川先生の言葉。

公立学校は、公教育の理念を実体化する場である。これは多分にぼくの憶測を含むが、恐らく、先生は公教育の理念の「内容」ではなく、「方法」を方法において実体化しようとされているのではないだろうか。

内容はどうでもいい、という話ではない。内容にはそれに応じた方法がある、ということだ。そしてこの現在、目の前にいる子どもたちに応じた方法もあるだろう、ということだ。

文芸になぞらえるならば、言ってみれば文体としての教育である。文体とは、内容、読者、作者の三者による関係性のもとで生まれる何かである。内容と文体の関係はよく知られたものであるが、文体は誰が送り手で、誰が受け手かに応じても変わる。

石川先生は、この文体そのもののシフトに対して臆さない。授業における文体も柔らかい。硬直していない、と言った方がよいか。

自分の中では、まだあの一日のことを消化できていない。ただその印象を語るのに、これを書きながら「文体」という言葉がふと浮かんだ、というくらいである。

石川先生、参加者の皆様、上士幌中の先生方にはお世話になりました。子どもたちもすれ違うたびあいさつしてくれてありがとう。場違いなぼくが「ここにいていいんだ」という気持ちになりました。

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2011年の抱負

dun (2011年1月 1日 12:39)|コメント(0)| トラックバック(0)

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年始にあたり、今年の抱負というか予定を月ごとに刻んでいきたいと思います。

1月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。月末に大学院の後輩の結婚式あり。

2月: 現在進行中の小学校調査、最後のビデオ撮りをします。3つの学年をそれぞれ2年間追っかけたことになります。データ分析をなんとしてでも終わらせて、担任の先生にお渡ししたい。

3月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。月末に発達心理学会あり。RTやります。

4月: 所属する大学院が2011年度から新しい体制となり、それにともない新しいゼミがスタートします。科研プロジェクトの最終年度なので、データ分析とアウトプットを徹底的に行います。それと、チベットと香港からの留学生との研究が始まるので、そちらにも注力しなければなりません。

5月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。

6月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。

7月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。月末に教育心理学会あり。この学会でもシンポを企画します。

8月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。36歳になります。年男なんですね。ちなみにさかなクンと同い年ということを昨年暮れに知りました。

9月: よっぽどのことがなければ、ローマでの国際学会に参加します。初めての国際学会参戦なので楽しみです。あと、日心にも参加予定。

10月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。

11月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。

12月: データの分析、それに論文と原稿執筆に明け暮れることでしょう。

こうしてみると、PCをずっと小脇に抱えて過ごす1年になりそうですね。あと、年間を通してですけど、2012年3月に新居に引っ越すので、それまでに内装のことや子どもの入学の手続きのことなどいろいろと考えなければならないことが増えそうではあります。

んで、昨年はtwitterがおもしろくてぶつぶつつぶやいていましたが、今年は原点回帰してこちらのブログをなるべく毎日更新していきたいと思います。方針としては、もう少し実質的なことを書きたいと。

というのも、ぼちぼち博論を書かねばという気持ちになってきたのです。昨年ちょっとがんばったので、実はあと2~3本審査を通れば博論執筆にゴーサインが出るのではという期待があるのですよ。なので、博論を構成する文章をこちらに毎日ちびちびと書くというプレッシャーを自分にかければ、年末には1本できているのではと。

まあ根がいいかげんなので淡い望みですが、やるだけやってみます。そんな年頭所感であります。

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メディア芸術祭巡回企画展 札幌展

dun (2010年11月 1日 11:43)|コメント(0)| トラックバック(0)

文化庁が毎年開催しているメディア芸術祭の企画展が札幌芸術の森を中心に行われている。関連していくつかのシンポジウムも企画されていた。

30日に「つながりの中のネットアート」と題されたシンポジウムがあったので出かけた。

シンポジストは、ナカムラマギコさんと中村将良さんによる夫婦ユニットWho-fu(ふうふ)、首都大学東京の渡邊英徳先生

まずは渡邊先生のプロジェクト紹介。先生の研究室では、Google Earthを使った一連のプロジェクトを展開。共通するのは、Google Earthという「神の視点」の代表のようなものに、具体的な個々人の声や記憶を遺していくというコンセプト。

そのうちのひとつ、「ツバル・ビジュアライゼーション・プロジェクト」は、太平洋の島国ツバルに住む1万人の国民ひとりひとりの顔を文字通りウェブ上で可視化するもの。見るだけでなく、閲覧者からツバルの方々へダイレクトにメッセージを送ることもできる。なんでもアメリカ西海岸にツバルから移住した人が多いようで、そこから知り合いに向けてたくさんのメッセージが送られているそうだ。「いつのまにかSNSとして使われていました」というのが面白い。

もうひとつ紹介していただいた「ナガサキアーカイブ」。かつての長崎の写真をたんねんに集めてこられた方がご高齢になりどのように未来に遺していくか問題になったときに、生まれたプロジェクト。記憶をテーマにしたプロジェクトとして、現在は広島版と沖縄版も進行中だそうだ。

続いてWho-fuのお二人に、昨年のメディア芸術祭エンターテインメント部門で大賞が授賞された作品「日々の音色」についてお話ししていただく。

昨年これを見ておおいに感動したので、制作の裏話についてうかがえたのがとてもよかった。制作には3ヶ月かかったとのこと。登場する84人(Who-fuの知り合いと、SOURのファン)にWebcamの前でやることについて具体的に指示を出して、撮影されたものをFinal Cut ProとAfter Effectsで編集。その作業にご苦労されたそうだ。84人全員の名前がクレジットされた貴重なデモムービーも見せていただく。

今回のお二人の作品はいずれもウェブによるつながりというのがコンセプトの一部になっている。シンポジウムのタイトルにあるように、実際の人々のつながりのなかでウェブというのが機能するというかたちになっていて、ウェブによるつながりだけで閉じて満足するという話にはなっていないのが確認できてよかった。

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勘定心理学

dun (2010年10月20日 11:29)|コメント(0)| トラックバック(0)

 人数を数える、回数を数える、点数を数える。心理学に限らず、人間を対象とする科学の基本は、「数えること」つまりは勘定だ。

 数えることは単純なことだと思われるかもしれない。子どもも数えるし、サルだって数える。でも、心理学において数えることは難しい問題をはらんでいる。

 オレンジが5個あります。時計が3個あります。あわせて何個ですか。

 よくある無理難題である。オレンジと時計は種類が違うのだからあわせていくつと問うことは無意味だ。

 太郎君は1年生のときは5日、6年生のときは120日、学校を休みました。あわせて何日休みましたか。

 さて、あわせるものはどちらも欠席日数なのだから足しても問題はなさそうであるが、やはりこれも無意味な問いだというのはすぐに分かる。

 1年生のときの欠席は何か体調が一時的にすぐれないとかの理由によるものかもしれない。でも6年生の欠席は長期欠席と呼ばれるもので、その理由についてはよく考えてみる必要がある。したがって、同じ「休む」という行動であったとしても、あわせて勘定することには意味がない。

 傍目には同じ行動の集まりかもしれないが、よくよく見るとオレンジと時計が混在しているのかもしれない。心理学で勘定するときには、常にこのような精査する目を持ちながらでなければならない。

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コミュニケーション教育推進会議?

dun (2010年7月 8日 23:29)|コメント(0)| トラックバック(0)

 文科省では先月から「コミュニケーション教育推進会議」なるものを開催している。

 文部科学省- コミュニケーション教育推進会議

 謳い文句によれば、現代の青少年のコミュニケーション能力の向上が狙いだという。

 確かに、どうすれば向上するのだろう。コミュニケーションに関心を持つ者としては気になるところである。会議の主催者はどう考えているのだろう。

 検討事項を読む限り、現在のところ、劇やダンス、音楽など芸術表現の体験をすることがコミュニケーション能力の向上に資する具体的施策として挙げられているらしい。

 もちろん芸術表現を体験することは、しないよりはいいだろう。それを止める積極的理由はない。

 ひっかかるのは、芸術表現の体験が、向上を求められているコミュニケーション能力の改善につながるという理屈。演劇やダンスをすると、社交的になれるのだろうか。

 むしろ、子どもたちが日常的に学校で体験している授業や休み時間やその他さまざまな活動におけるコミュニケーションについて、もっと取り上げるべきだろうと思う。なぜならあまり具体的なところははっきりと明らかになっているわけではないから。(ちょうど今進めている研究はこのあたりのことを見ている)

 おそらく、子どもたちの日常のコミュニケーションを支える感覚的・美的(aesthetic)側面というのもあるはずだ。たとえば、きちんとあいさつをすることが善いことだという感覚。そういうのを地道に指導していくことの方がずっと将来役に立つのでは?

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授業のリズム

dun (2010年6月18日 23:14)|コメント(0)| トラックバック(0)

 いくつかの授業を見てきて思うことは、同じ単元であっても、先生によって授業の進め方はまるで違うということだ。

 特に、やりとりの進め方が異なる。具体的に言うと、顕著なのが、リズムだ。コミュニケーションのリズムに気を遣っているかどうかは先生によってだいぶ意識に差がある。

 リズムに気を遣う先生は、自身の話し方にメリハリをつけることはもちろんなのだが、それを子どもたちにも求める。というのも、いくら自分の話し方でリズムを整えようと思っても、受け答えをする相手がそれに乗ってこなければ、トータルとしてのリズムはいびつなものになるからである。

 餅つきにたとえれば、先生がテンポよく「こねどり」をすることによって、子どもたちの杵を上げ下げするテンポが先生のリズムに引き込まれていくような、そんな感じを目指しているように思えた。

 たとえばある先生は、発問に対する子どもの回答があまりにも長くなると、途中でも切ってしまうという。発言する内容が事前にまとまっていなければ、子どもたちは「あのー、それでー、だからー」と、だらだらとした話し方になってしまう。これでは、先生の発話のテンポがよかったとしても、コミュニケーション全体のリズムは整わない。そういうときには、「、(てん)」で終わるのではなく、「。(まる)」で終わりなさいと指導されるのだそうだ。当然、「短く言い切る」の言い換えである。

 発言を短く言い切ることができるようになれば、自ずと先生と子どもたちのやりとりのリズムは整然としてくる。それは、とりもなおさず、先生が自身の話すテンポに自覚的にならなければならないということでもある。

 いずれにせよ、コミュニケーションのリズムが教室全体で整っていくことにより、子どもたちの授業への集中の度合いは高まっていくように思われる。これはまだ観察者の直感的なものである。

 ただ、授業中の子どもたちのとある非言語的行動を時間軸に沿って見ていくと、コミュニケーションにリズムがあるなと感じた授業については、時系列グラフにそのリズムがはっきりと見て取れる。その点についてもう少し掘り下げていくと面白いのではないかと最近考えている。

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政治と言葉

dun (2010年6月 4日 23:09)|コメント(0)| トラックバック(0)

 このところの政局の動きにあわせて,さまざまな立場の人が百家争鳴の様相をなしている。

 個人的な仕事の立場からすれば,そのときどきの行政の方針にただ従うのみである。窮屈かもしれないが,人生の喜びはそんな状態からも生まれうると信じているので気は楽だ。

 なので政治とはなるべく距離を保っていたいのだが,喧しく囀る百家にはときおり首をかしげ,ややもすれば一言申し上げたくなる。

 それは言葉の使い方である。正確には,カテゴリーの運用だ。

 日本国民とはすべて日本という国に籍を置くすべての人間を指す。当然である。

 にもかかわらず,ある種の人は,たとえば「組合ではなく国民の声に耳を傾けよ」と言う。またある人は「国民を守るために基地は必要であり,県民の負担やむなし」と言う。

 定義上,国民とは日本という国に籍を置くすべての人であるから,「組合の主張を聞く」ことと「国民の声に耳を傾ける」ことは矛盾しない。「国民を守る」のであれば県民という国民も同時に守らねばならない。

 おそらくは「組合およびその身内ではなく,国民のうち非組合員の声に耳を傾け」「県民以外の国民を守るために基地は必要であり」と言いたかったのであろう。

 誤解されないようにしてほしいが,私自身は上記の言明に単純に首肯するものでも拒否するものでもない。関わりようによっては,賛成にも反対にも回るだろう。

 現在の私の希望は,言葉を正確に使っていただきたいということにつきる。

 政治とは利害が対立する立場同士で「手打ち」をする儀式だ。あちらを立てればこちらが立たないのが当然であり,そこを三方損(損するもう一人は調停者)という形に落として「手打ち」するのが政治である。そういう見方からすれば,意見の相違は当然であり,前提である。

 政治家とはある立場にある人々の意見を代弁する存在である。だから,そういう人の物言いには,必然的に「私たち○○の立場からすれば」という枕詞がついているはずだ。

 にもかかわらず,その枕詞をあえて無視するかのように「国民の皆さんを守るために」「市民の感覚からすれば」「みんなの生活をよくするために」などと宣う。あまつさえ,党の名前にさえしてしまう。

 ことが政治家だけであればまだいいのかもしれないが,マスコミや評論家も同様の言葉づかいに余念がない。

 以上の百家にお願いしたいことは,日本という国に在籍する人間すべてを包括するカテゴリーは適切に運用して欲しいということである。聞いてて気持ちが悪い。

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学術出版の行方

dun (2010年1月31日 14:04)|コメント(0)| トラックバック(0)

 しばらく前から、たけくまメモがそのエントリーのいくつかを費やして、マンガをめぐる出版システムの将来を構想していました。たとえば、最新の話は電子出版をめぐってのものでした。

「輸出産業」などともてはやされるマンガも大変なようですが、ながらく「輸入産業」などと揶揄されてきた人文社会系研究の学術出版は、さてどうなんでしょう。

 個人的な体験ですが、生協書籍部をふらふらしていて、何気なく「月刊言語」を手に取りました。言語学の一般向け雑誌としてはメジャーかつ老舗であるこの雑誌ですが、最近は背表紙のタイトルを見て買うかどうか決めていました。

 最新号は昨年の12月号。目次を読むとすべての連載が最終回を迎えており、特集もなんかしんみりしている。最終ページをめくると、「休刊」の2文字が。だいぶ前から報道はあったようですが、寡聞にして知りませんでした。残念なことです。

 版元である大修館も厳しいのでしょうが、そういう中でも「学びの認知科学事典」といった好企画も生まれている。

 一般的に言って、ナイスな企画を実現させるには、相当のノウハウ、人脈、そして知識と知恵もつ編集者という基盤が必要でしょう。学術出版社の社会的な役目にはそういう人材を育てることもあるのではと思います。このような基盤は大切な財産ですから、絶対にしっかりと残していただきたいし、私もおよばずながらそのお手伝いをしたいと思っています。(だから、「事典」は買いますよ)

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学問と社会

dun (2010年1月28日 13:55)|コメント(0)| トラックバック(0)

 自分の子どもに、大学に入ってほしいかどうかを(だいぶ先取りして)考えたときに、正直なところ「どちらでもいい」と思う。

 それよりも、社会のなかで義理人情しがらみ云々を抱えながらきちんと本分を果たしてほしいと思う。

 よくよく考えると、大学という場所は社会とそりが合わないところである。「学問の自由」を本当にとことんまでつきつめれば、どうしても反社会的にならざるを得ないこともあるからだ。

 実際、ある時代まで大学はそうとう反社会的な場所だった。今では助成金をめぐってだいぶ牙を抜かれてはいるが、その「ウリ」である学問にはそもそも反社会性が内在しているのだからその牙はまだどこかで眠っているはずである。

 ついでながら言えば、ある時代までは小学校だってそうとうに反社会的な場所だったはずだ。家業の一番忙しい時期に働き手を閉じこめておくことは、共同体の運営にとっては痛手だったはずである。

 では、だからと言って大学が学問という手段で現在の社会に背くことなく奉仕すればよいかと言うとそれもまたまずいのではないかと思う。社会を対象化、目的化することには全体主義という危険性がつきまとうからだ。ちょっとばかり自分が賢いと思っている人が社会に影響力を与えるような実権をにぎるとろくなことにならないというのは歴史をひもとけば分かる。

 何を書いているのか分からなくなってきたが、要は、地に足をつけて自分のできることを精一杯やってほしい、その上で周りの人を少しずつ幸せにしてあげてほしい、ということである。

 そのために学問や大学が必要となるならそれでもいい。そうでなければ行かなくていい。それだけのことである。

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研究者自身で何ができるか

dun (2009年11月23日 21:31)|コメント(0)| トラックバック(0)

 研究に対する事業仕分けについてもう少し考えてみましょう。

 ちょうど、自分の入っている学会から、学会として意見を申し述べた方がよろしいのではという旨の会長名義メールが届いたところです。研究費の削減は、研究者の自由なアイディアに基づく研究を不可能にするがゆえに、この国の科学技術の発展を妨げるという趣旨のメールでした。

 その通りだなと思います。思いますが、もう少し立ち止まって考えてみましょう。

 実際のところ、他の事業も含めた予算総額は限られています。その中でのパイの奪い合いが起こっているわけで、いくら研究が大事だと言ったところで、現在以上に使える予算が回ってくることはないでしょう。

 だとすれば、余力のあるうちに、税金を効率よく使うシステム、税金に頼らずに研究を推進するシステムを部分的にでも作っておく必要があるのではないでしょうか。恒久的な研究基盤づくりをする上で、今後再びの政権交代もあり得る政府はアテにならないことははっきりしたわけですから。

 じゃなきゃ、そんなシステムすら自前で考案できないような(人文社会科学も含めた)研究者には、やはり予算を渡すわけにはいかないよね、と言われてしまいます。では、何がシステムとして可能でしょうか。私には思いつくことはわずかです。

 (1)単年度予算をやめること。年度末になると、予算が余ってるからという理由でどうでもいいものを買っていたりあちこち出張していたりする研究室を私は知っています(ちなみに私は年度途中でほぼ使い切ってしまいます)。現実としてこうした「ムダ」な執行はあるわけですから、それをいかに「ムダ」にしないかが求められる。そこで、複数年度に渡る予算執行をさっさと認めて欲しいわけです。ただ、これは財務省の協力が確実に必要ですね。

 (2)研究成果による儲けを研究費にまわすこと。あまりにも単純といえば単純ですが、一番健全な姿なのかもしれません。儲けを産み出しにくい研究領域ももちろんあるわけで、そのような場合には、たとえば一般書などを執筆した場合の印税をプールするための仕組みを作っておくことも有効では。微々たる印税も積もり積もれば億の単位になるかもしれません。

 あまり鋭いアイディアは出ませんね。これが私の限界ということでしょう。

 ともかく、これからの研究者が税金に頼り続けることはもうできないと認識しておくべきでしょう。うまいシステムはないもんでしょうかね。

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書き起こし随想(2) 聞き手のタイプ分け

dun (2009年11月10日 21:28)|コメント(0)| トラックバック(0)

 授業中のコミュニケーションを「聞き手」の側から描こうと目論んでいる。その際にどのような枠組みをもってくるか。Goffmanの参加役割は使えないか。

 Goffmanによれば会話の聞き手は多様に分化しうる。話し手の発話を聞くことができる範囲には、承認された聞き手とそうでない聞き手とがいる。通常、承認された聞き手と話し手を含めて「会話の輪」と呼ぶ。が、輪の外には、輪のメンバーとして承認されていないものの、聞いている人というのは存在する。食堂の隣のテーブルに座っている人なんかそうだ。

 この水準では、教室内のメンバーはすべて承認された聞き手である。参与観察者はどうか?一般的には承認されていない聞き手なのだが、学校の先生のなかにはそれを許さない人もいて、「ちょっとあそこにいる先生にも聞いてみよう」と話を振ってくれることがある。

 承認された聞き手もいくつかに分かれうる。どのように分けるかが分析のポイントになるだろう。

 話し手との協働性、相互行為の連鎖といった観点からは、発話に返答すべき者とそうでない者という分け方ができる。これは聞き手が自分で決定することができない、という意味で話し手との協働の結果であるし。さらには、自分がそのうち何者であるかは発話連鎖という文脈のなかで決まってくる。

 教室の子どもたちは自らをどのように位置づけるのだろうか?ある子どもが指名されて発言する。それに対して、子どもたちのなかには「ふーん」「あー」と相づちをぼそっと言う者もいる。挙手をして「似ていまーす」「同じでーす」「違いまーす」と自分の意見との比較を言う子もいる。彼らは「返答すべき者」として位置づけているのかもしれない。

 一方で、何もしない子、何か授業に関係していないことをしている子もいる。そもそも、授業とは別の会話の輪を作っている子もいる。彼らは「返答すべきでない」あるいは「しなくてもよい」と位置づけているのかもしれない。

 このように聞き手としての参加のありようをいくつかの種類に設定し、そのカテゴリーをもって子どもたちの立ち位置の時系列的な変化を記述してみたい。その際の行動指標は、発話内容、そのタイミング、視線といったものが想定しうる。

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書き起こし随想(1) 勝手に学ぶ

dun (2009年10月31日 21:22)|コメント(0)| トラックバック(0)

 小学校の授業について、可能な限りすべての子どもの発話を聞き取りながら書き起こしを作っている。ひとりひとりに専用のICレコーダを装着してもらったので、つぶやきが聞こえて大変に興味深い。

 それを聞いていて思うことは、教師の発話も他の子どもの発言も、ある子どもにとっては背景音のひとつに過ぎないということ。実際のところ、教室内の座席位置によっては教師の声の聞こえ方に著しい違いがある。

 加えて、子どもは学習のコンテクストを授業内でみずから選択し、作り出し、なんらかの達成を得ようとしていることも見えてきた。仮想的なたとえを出せば、授業中に消しゴムかすを一生懸命作ろうとしているとか、一言もしゃべらずにいようとしているとか。これを悪くとらえれば、「授業に参加していない」のであるが、もう少しポジティブに受けとめるロジックは作れないか。

 月並みな言い方であるが、「授業に参加していない」ように見える子どもも、学ぶことを放棄しているわけではない。みずから学習の課題を設定するなかでコンテクストを選択し、その枠内で課題達成しようとしているのである。要は、子どもは勝手に学んでいるのである。

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いろいろと反省

dun (2009年9月 3日 20:47)|コメント(0)| トラックバック(0)

 人を傷つけずに生きることは難しいと、このところ思い悩んでばかりいる。

 わたしが普段研究の対象としている会話は、子どもを中心とした何気ない、たわいのないものである。話すこと自体が目的の、ただつながっていることを確認するための会話、言語のそのような用いられ方をヤコブソンは交話的機能と呼んだ。

 その一方で、ある言葉ひとつ間違えるだけで恐ろしく重大な結果の生む場もある。切ったはったの世界では、言葉によるやりとりには相当気を遣うはずであろう。うまくいけば手打ちとなり、いかなければ抗争となる。

 であるから、昔から人は、抗争を避けるために手打ちの仕方をパッケージ化し、言語のレパートリーの中に残してきた。一番簡単なのは「ごめん」である。これを出されると人はいったん怒りの手を止めることになっている。それでも許せなければ、「『ごめん』ですめば警察は要らない」と、コードの無効性をメタ言語的に宣言しなければならない。

 わたし自身は切ったはったの世界に不慣れであるものの、給料をもらっているのはそういう世界からなのである。そこでは言葉選びの慎重さと段取りのそつのなさが有能さを示すスキルだ。かつてはそれができることが大人の条件であった。34にもなって言うのは恥ずかしいが、わたしはまだ大人になりきれていない。

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【PMF】7月24日(金)

dun (2009年7月24日 17:17)|コメント(0)| トラックバック(0)

 PMFオーケストラはリハーサルの場所を本番が行われるコンサートホールKitaraに移した。

 朝10時からのリハの見学に参加。Kitaraに来るのは実ははじめて。以前、聞きたいコンサートがあって、チケットまで手に入れていたのだが、仕事の都合でキャンセルしたことがある。ようやく、噂のパイプオルガンを拝むことができた。

 ホール客席のライトが落とされ、ステージだけが照らされる。メンバーはめいめい、音を出している。黒いジャケットに黒いジーンズをはいた短髪の男性がステージの下に立ち左手をすっと上げると、音がやんだ。オーボエがAの音を出し、まずはブラスのチューニング。続いて、弦のチューニング。

 左手袖より、指揮のマイケル・ティルソン・トーマス氏が入ってくる。スタッフから、指揮台にイスを置くかどうか尋ねられて、いったんは断ったようだが、結局は置いた。

 今日もマーラーの5番の練習。

 指揮者というのはいったい何を直しているのだろうか。かれらの頭のなかには、自分なりの完璧な音楽が鳴り響いているのだろうか。それと照らし合わせて、今鳴っている音の善し悪しを判断しているのだろうか。おそらくはそうなのだろう。

 理想の音をつくるためにはどんなことでもするようだ。第一バイオリンに迫力がないと、体をそちらに向けて、足をドンガドンガと踏みならす。弦を思い切り甘ったるく歌わせたいと思えば、上半身を腰から曲げて左右にくねらせる。

 対する演奏者の方だが、まだ、まとまっていない感じ。ホルンやトランペット、オーボエなどのソロパートはとてもうまい。弦はというと、曲のイメージを十分に具体化しきれていないように感じる。今日は1度だけだったが、テンポを通常よりもゆっくりにした練習が見られた。第一バイオリン、第二バイオリン、ビオラの順で、同じメロディをタイミングをずらしながら演奏する個所。そのズレをそろえるためだろうと解釈。

 それにしても、Kitaraのシートは危険だ。すべての楽章を通して演奏している最中、座り心地がよくてすっかり眠ってしまった。不覚である。

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【PMF】7月22日(水)、23日(木)

dun (2009年7月23日 17:14)|コメント(0)| トラックバック(0)

 しばらく間が空いてしまったが、PMFリハーサルに行ってきた。

 スケジュールももう終わりに近づいている。各国から指導を受けに集まってきた人たち(アカデミー・メンバーと呼ばれる)が、その成果をコンサートという形で発表する「PMFオーケストラ演奏会」が25日に迫っている。

 25日の公演で指揮をするのは、マイケル・ティルソン・トーマス。曲目はティルソン・トーマスの作曲による『シンフォニック・ブラスのためのストリート・ソング』と、マーラーの交響曲第5番。同じ演目で、大阪・東京でも演奏するらしい。22日、23日とも、私が聴いた時間帯はすべてマーラーのリハに費やされていた。

 芸術の森アートホール内にあるアリーナがリハの場。オープンリハーサル参加者は2階席から眺めることになる。すでに25日の公演の前売りが完売しているからか、参加者の数は20人弱とそこそこ多い印象。

 さて、リハの様子である。

 ティルソン・トーマス氏の指示の入れ方が、まず気になった。とても細かいという印象。ちょっと演奏してはすぐに止めて、指示をする。だから同じフレーズを何度も聞くことになる。しかも同じ部分を繰り返す。1、2度ですむこともあれば、4~5回も重ねることも。止めるやりかたはさまざま。タクトをもっていない左手を高く上げて手の平をひらひらとさせたり、両腕を広げてみたり、ただ単に振るのをやめたり。

 指示の仕方もおもしろい。曲想をイメージした言葉を、指示するパートの演奏するフレーズにのせて実際に歌ってみることがしばしば見られた。言葉によってイメージさせる時も具体的。たとえば、「野犬のように」と言いながら「ぶるぶるぶる」と首を左右に振ってみる。

 振っているときのアクションが大きい。バイオリンに向かって立ち、そのまま小刻みに飛び跳ねる。

 一方の演奏者側では、とてもおもしろいことが起きていた。演奏している最中や、指揮者が指示を出している最中に、演奏者の脇にするすると歩み寄って傍らに立ち、譜面と演奏者を交互に見ながらなにやら話しかける人がいる。1人ではなく、延べでは8人ほどそのような行動をとっていた。おそらくは、メンバーに指導をつけた講師だろう。演奏中は、オケと向き合うようにイスの並べられた客席側に、講師陣が座ったり立ったりしてその様子を眺めている。手には楽譜がある。ルイス・ビアヴァの姿も。

 つきっきりの指導に熱心なのは、ホルン、コントラバス、トロンボーン、トランペット、パーカッションを担当した講師。休憩時間にもメンバーを集めて話しかけていた。また、バイオリン、ホルン、コントラバスの講師はリハの最中にいっしょに演奏もしていた。

 つまりメンバーのなかには、リハの最中、少なくとも2人の指導者から指示を受けていた者がいたことになる。指揮者と、パートの講師。かれらがマラ5の解釈についてあらかじめ議論しているとか、コンセンサスの得られた指導をそれぞれが別々に行っているわけというわけではないだろう。推測でしかないが、おそらくは、指揮者の解釈を講師が解釈し、そのための技術的なアドバイスをおこなっていたのではないかと思う。(本人たちに聞けばいいのだがそれはちょっとできない)

 教育的な音楽フェスティバルならではのリハーサル風景とは何か、と言われればこれがそうなのかもしれない。

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教室談話の感覚学

dun (2009年7月17日 17:10)|コメント(0)| トラックバック(0)

 今週はずっと小学校での調査。授業の様子を4台のビデオカメラで撮影し、そこでの子どもたちの発話をひとりひとりにつけたマイクで拾うというもの。発話と動作とが授業のなかでどのように組織化されていくのか、さらには逆に、それらがどのように授業を組織化していくのかを記述することが今回の調査の目的である。授業を即興演奏だとしたら、それをスコア(総譜)に採譜するというわけである。

 一般に、学級というのは少数の大人と多数の子どもによって構成される。こうした集団のありかたが、コミュニケーションの進み方を制約する。

 たとえば、教師による問いかけに、多数の子どもが同時多発的に返答することがある。一人ひとりの子どもにとっては、自分の答えこそが教師の問いに対する返答である。しかしこのとき教師は、複数の返答を同時に自分の返答とすることができない。そこから選ばなければならないのである。

 こうした出来事は、実に些細なものである。おそらく日本のみならず世界各地の教室で見られる普遍的なものであろう。しかし同時にとても興味深い出来事でもある。

 このとき教師が行っていることは、どういうことだろうか。おそらくは、複数の言葉のなかから、自分の発する問いと同格の言葉を「返答」として選択することである。と同時に、それ以外の言葉を「それ以外のもの」として脇に置いておくことでもある。この「それ以外」というのがクセモノだと思われる。

「それ以外」の指すところが「教師の発する言葉以外」であるならば、脇に置かれた言葉は端的に言葉ではない。であるから、たとえ「音声」としては聞こえていたとしても「言葉」としては聞かれない。「それ以外」の指すところが「たまたま選ばれた子ども以外」であるならば、それは「別の機会には『返答』に値するものとして取り上げられる可能性のある言葉」としてみなされる。

 このように、授業中のコミュニケーションにおいては、ある人の発する言葉についての見方や感じ方が複数ありうる。複数ある見方や感じ方のうち、子どもたちはどのような見方・感じ方を選び取っていくのだろうか。ここが問題である。

 言葉についての見方や感じ方についての研究であるから、原義的に「感覚学(aesthetics)」と呼んでよいだろう。エステティクスのこのような使い方は、ジャック・ランシエールによるものである。

 授業中に自分の発する音声が「言葉」として扱われない。教師には自分の発する音声が聞こえている(うるさい!と言ったりするから分かる)にもかかわらず、言葉同士のやりとりが成立しない。もしも子どもが、このような出来事を繰り返し経験した場合、自分の発する言葉についてどのような見方・感じ方を選んでいくのだろうか。

 自分では「言葉」として発している音声が「言葉」にならない恐れ、それは言葉以前の沈黙を選び取らせるのではないか。なぜなら、黙っている限り、自分が「授業の言葉」を発する者かどうかの判断が永遠に先送りされるからである。

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【PMF】教育セミナー2日目

dun (2009年7月16日 17:09)|コメント(0)| トラックバック(0)

 教育セミナー2日目の集合は芸術の森。セミナー参加者には、ここで開催されるトークコンサートと野外コンサートのチケットが前の日に配られている。それを聞くことと、コンサートの合間に開かれる参加者同士の意見交換会が本日のプログラム。

 トークコンサートにはウィーンフィルのメンバーが出演。ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、フルート、ファゴット、クラリネット、トランペットの各奏者がひとこと説明をした後に短い曲を演奏。伴奏には昨日講義をしていただいた赤堀さん。昨日の話を聞いていただけに、彼女がどういうタイミングでパートナーの方を見るのか、その視線が気になった。

 昼前のコンサートでもあり、リラックスした雰囲気。メンバーもラフな格好。けっこう人気のあるコンサートなのだそうだ。

 昼食後、芸術の森の山奥にあるアトリエにて、参加者相互の意見交換会。参加者のなかからお一人に司会をお願いして、とにかく言いたいことをしゃべる。

 小中学校の音楽の先生がほとんどかと思いきや、もちろんそういう方が三分の一くらいいらしたものの、多彩な方が参加していたようだ。参加の動機もいろいろ。まあぼくのようなのも混じっているわけだが。

 ぼくの方からは、今回のようなセミナーと、学校での音楽教育実践とがどのように結びつくのか、その結びつけ方についてフロアに問いかけた。それに対して出していただいた意見はどれも貴重なもの。

「指揮者を指導者と読み替えたら毎日のことに使える」
「エネルギーをもらえる」
「できないとはじめから思いこむのではなく、できると思って接するというビアヴァ先生の言葉。どういう視線でものごとを見るのかを学んだ」

 なかには、声楽科を出て教師になったため、他の楽器の良さを知らないので、一番いい音を聞くことにより、楽器について教える際のイメージに役立つというお話も。

 音楽教育者にとって、生徒のパフォーマンスを評価する基準として究極的なものは、教育者の感覚的なものだろう。そこを磨くことに今回のセミナーは貢献している、と参加者は考えている、と理解した。

 ついでに、小中学校で音楽の授業や音楽教師の置かれている現状についても聞いたが、望ましいとは必ずしも言えないようだ。ある中学校では音楽の時間が週に1時間。そこに指導要領で決められていることを盛り込むとなるととても大変。そのうえ、何か学校の行事があるごとに伴奏を求められたり、吹奏楽や合唱の指導を求められたり。

 もっと学校教育における音楽の地位を上げること、そのためには音楽にかかわる素養が他の科目でのパフォーマンス向上や生活態度の改善に寄与すると理論的、実証的に示すことが戦略として必要だろうね。アメリカなんかだと、荒れた学校が合唱で更正しました、なんていう実話がもてはやされるけど、日本ではどうなんだろうか。ともかく現状では、「音楽の時間を増やせ増やせ」と言い続けるだけでは何も変わらないだろう。

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【PMF】教育セミナー1日目

dun (2009年7月15日 17:08)|コメント(0)| トラックバック(0)

 先週の土日で、PMF主催の「教育セミナー」が開催され、それに参加してきた。

 教育セミナーとは、音楽教育に携わる小中学校の先生や学生を対象とした研修会である。PMFのために来日している音楽家と交流したり、その実際の指導の様子を見ることができる。

 スタッフの説明によれば、PMFは3つの柱から構成されている。(1)教育部門、(2)演奏会部門、(3)教育普及部門である。このうち、教育セミナーは3番目の教育普及部門に位置づけられている。そもそもは、音楽教育を取り囲む方々に還元できないかということで始められた企画だそうだ。普及部門には青少年向け、一般向けトークセッションなどのイベントも用意されているが、なかでも教育セミナーは部門のメインに位置付けられているらしい。

 教育セミナーには2つのコンセプトがある。1つは、音楽教員に、指導の技術をつかみとってもらう機会となること。もう1つは、日々の教育実践とは直接関係ないかもしれないが、さまざまな国や地域の人々との文化的交流を図ること。

 初日のプログラムは、指揮者のルイス・ビアヴァによる小学生の金管バンドの指導見学、ピアニストの赤堀絵里子さんの講義、ウィーンフィルのマネージャーをしているザグマイスターさんのトークである。2つのコンセプトがきちんと反映されている。

 初日ということで参加者へのオリエンテーション。金管バンドへの指導が行われる、厚別の青葉小学校に朝9時半集合。校内の会議室に集まった参加者の数は、ざっと20人ちょっと。もう少し多いのかと思いきや、そうでもなかった。

 全員が集まったところでスタッフによるオリエンテーション。最後に名前と所属のみ自己紹介。あちこちから参集されている。栗山、千歳、日高、釧路、東京、福岡。

 体育館へ移動。体育館にはすでにイスが置かれている。ステージ前には扇形に並べられ、それと向かい合うように平行に並べられている。そちらには保護者の方だろう、十数人の女性が座っている。

 共栄小学校の子どもたちが、そろいの青いTシャツを着て、楽器を手に体育館に入場。先頭に指導の女性教諭。各自の席に座る。子どもたち全員の準備ができた頃を見計らって先生が「下のドを出します、よーい」と言うと、ロングトーン、音階練習。

 そこに、ルイス・ビアヴァ先生登場。会場、拍手で出迎え。スタッフの司会でビアヴァ先生の紹介。

 子どもたちによる演奏。全体をまずは通して。演奏終了。ビアヴァ先生「この日のために用意したの?短い期間で練習したにしてはうまいね」。このように、終始、まずはほめるところから指導を始めていた。

 いよいよ直接指導。セクションごとに分けて最初の1~4小節を練習。トロンボーンとユーフォが演奏するスフォルツァンドピアノについて。ピアノを意識、クレッシェンドを意識。指揮者の先生に対しては「最初の音がフォルテだということを見せて」。

 以下、ビアヴァ先生の指導中の言葉。

「導くために指揮者はいます」
「君たちはグループの一員。指揮者というリーダーに合わせることが必要」
「音をはっきりと意識させるためには、楽譜通りのテンポではなく、遅めに演奏させるとリズム感がよくわかるようになる。そうすると自信につながる」
「オケが悪いのではなく、指揮者が悪いのだと敬虔な気持ちを持つことが大事だ」
「子どもにはできないと思いこんではいけない。子どもたちはすごくよくできる」

 全体で記念撮影をしてビアヴァ先生退場。

 午後からは場所を移動して、中島公園そばの渡辺淳一記念館講義室にて。PMFピアニストの赤堀絵里子さんの講義。赤堀さんがPMFに参加するのは5年目だそうだ。今はボストンにいて活動中。

 もともとは作曲を学んでいたものの、室内学に出会ってから演奏をはじめた。人と一緒に演奏することの楽しさを知ったそうだ。

「音楽とは何でしょうか?」という問いかけに参加者は「?」。赤堀さんがホワイトボードに下のような図を書く。

作 ←←← 演
曲 →楽→ 奏 ⇒(音楽)⇒ 観
家 →譜→ 家 ⇒(音楽)⇒ 客


 作曲家が楽譜を書き、演奏家が楽譜を読んで演奏し、それを観客が聞く。重要なのは、どのパーツが欠けても音楽は成立しないということ。

 しかし、楽譜をただ機械的に再現するだけではそれは上手な演奏とは言えない。解釈し、フレーズを作り込んでいく作業が必要となる。その際の解釈は1つではなく、多様に変わりうる。

 独奏ならば解釈は単独の作業だが、コラボレートする場合は解釈をすりあわせて、1つのメッセージとなるようにする必要がある。たとえば2つの楽器が1つのメロディーを交代で奏でるような曲もあるが、その場合、先に演奏していた楽器の音の大きさを、後から演奏する楽器は引き継がねばならない。そうしないと1つのつながったメロディーには聞こえない。

 そうしたことができるようになるために、赤堀さんは相手のパートを歌うようにしている。頭のなかで歌うことで、全体のイメージをつくることができる。

 最後に、参加者のなかでブルガリアからいらしていたビオラ弾きの方と、赤堀さんが1曲披露。まったくの初対面であったらしく、「演奏者同士が初めて出会って楽譜を渡されて一発目の練習」の雰囲気がよく分かった。

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【PMF】7月4日(土)

dun (2009年7月 4日 15:35)|コメント(0)| トラックバック(0)

 4日午前に芸術の森アートホールにて札幌交響楽団とPMFオーケストラメンバーによるリハーサル。 次の日にKitaraで開かれるウェルカム・コンサートのリハ。

 本番の演目は、最新パンフによれば、メンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」、モーツァルトの 「フルートとハープのための協奏曲ハ長調」、リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」。

 10時45分から午前のリハ開始と事前の案内があったので、アートホールに10分前に到着。練習室にはすでに奏者が集まっていた。 弦が65人、木管が16人、金管が19人、ハープが2人、パーカスが5人の計107名。大所帯だ。まだ指揮者は入室していないように見える (2階席なので、真下にある1階入り口付近の様子は見えない)。個々人がめいめい音を出す。自席に着いている人もいれば、 荷物置き場で音を出す人も。チューニングではない。みなラフな格好。

 コンマスは男性、白い細身の半袖シャツにジーンズ。若い。後で気づいたが、彼だけイスの種類が他の人とは異なる。 他は折りたたみイス、彼はピアノを弾く時に座るようなイス。

 45分になり、長身の男性が指揮台の脇に立ち、奏者たちの方を見ながら手を挙げ、かれらが音を出すのを止める。 「2コマ目の途中で終わります」「フィンガルが」後から気づいたが、彼はバスクラの奏者だった。その日本語での説明の後、 ワイシャツを来た男性が英語で同じ内容を説明。今日の予定を全体に対して説明する機会はこれだけだった。

 47分、指揮者の尾高忠明氏入室。黒いTシャツに黒いパンツ、黒いスニーカー。指揮台に置かれたイスに腰を置き、 「おはようございまーす」。指揮棒を右手に持ち、30度ほど腕を持ち上げ、そのまま振り上げるとすぐさま演奏に入った。 指揮者からは何の説明もない。

 曲目は「英雄の生涯」。40分以上ある曲だが、そのまま最後まで通して演奏。その間、演奏していない奏者たちは退屈そうにしている。 たとえば出番がない時は、腕や足を組み、目をつぶっている人もいる。パーカスはほとんど出番なしのためずっと座って腕を組みっぱなし。 文庫本(?)を読んでいる人も。

 トランペット3人、演奏の途中で席を立ち、後列に置かれた3つのイスに座り直す。何だろうと思っていると、 そこでファンファーレを鳴らした。指揮者はその3人に対して左手で何か合図。元の席にもどれということだろう。

 終了。指揮者、各パートごとに指示を出す。英語で。パートが日本人だけで編成されている場合は日本語で指示。 英語でも日本語でも擬音ばかり。「ティヤーッタッタッタ」「ティヤーティヤー」「ヤカタカタカタカ」「ポンポンポン」「ヤーラリラリ」 「タリラリラリラリラリ」

 譜面のどの個所を吹くのか、ピッコロ間違える。頭を下げ、左手をひょこっと上げる。チューバへの指示の出し方。「もう少し遠くで」。 吹き込む息の量が少なすぎ、音が出ず。「遠すぎです」。

 11時45分、指揮者が15分休憩の指示。建物の外に出てタバコを吸う者、コーヒーを飲む者、本を読む者、音を出す者、話す者。

 11時58分、尾高氏入室。Tシャツが変わっている。汗をかくから?それでもやはり黒。

 「英雄の生涯」の続き。パーカス、座っている席の後ろにあるゴングを鳴らしてしまう。 真正面に座っているトランペットパートの年配の男性、両手を顔の脇に置いて前後に揺らす。スネアの男性(ゴングを鳴らしたのではない人)、 両手を頭の上で合わせる。指揮者に謝っているふう。

 バリトンオーボエの奏者に、指揮者が「○○さん、□□からもう少し大きくできる?できないなら...」。バリトンオーボエ、 「やってみます」。はじめて双方の発話をともなうインタラクションが見られた。これ以外にインタラクションはなかった。たとえば、 セカンドバイオリンの席に座る女性に、指揮者から細かな注文が頻出。例としては曲想について。「老人が天国に行く際の平安を」とかなんとか。 女性はただだまって聞くだけ。練習終了後、隣のセカンドバイオリンの女性と楽譜を見ながら話し合う。

 12時30分、尾高氏がメンバーに「2時に戻ってきてくれ」と英語で言い、午前の練習終了。

 13時からの野外ステージで開かれる開会式を見る。ファンファーレ、市長挨拶、エッシェンバッハ挨拶など。 ウィーンフィルから来た奏者によるモーツァルト「クラリネット五重奏曲イ長調」。そこで立ち、再びアートホールへ。

 14時からのリハーサルはすでに始まっていた。メンバーが減っている。日本人のみ。曲目の違いによる?弦40、木管8、金管4、 パーカス2。午後最初の練習曲目は「フィンガルの洞窟」。午前中最初にバスクラの男性が話していた「2コマ目」とは2つ目のこと? 尾高氏のTシャツが替わっていた。また黒。

 「結婚式が遠くに聞こえる」「モルダウと同じで」

 14時30分頃、「ここで休憩していきましょ」と指揮者が告げる。メンバーのうち三分の一くらいが帰り支度をしていなくなる。

 休憩時間中、指揮台の隣にハープが運び込まれる。コンマスのイスが移動。このあたりの作業をするのは、演奏者ではない男性。 ピンク色のTシャツ。移動させたイスに座って見え方の確認(?)。

 14時45分、練習再開。尾高氏のTシャツがまた違う。今日4着目。ハープとフルートはゲスト。それぞれ、クサヴィエ・ドゥ・ メストレ氏とヴォルフガング・シュルツ氏。指揮者がイスに腰掛けながら左手を2人の方へ上げる。メンバーは足を踏みならす。 ハープとフルート、コンマスと握手。次いで指揮者と握手。

 曲目は「フルートとハープのための協奏曲ハ長調」。指揮者による指示はほとんどない。3曲流す。1度、 曲を止めてセカンドバイオリンに対して指示。

 15時15分、3曲が終了。「どうするんだろう」というようにハープがきょろきょろ。フルート、「ヤンタラータラー」ではなく 「タランタラン」だと指揮者に伝える。「同じことをさきほど伝えていました」と指揮者。フルート、コンマスの楽譜を見ながらコンマスと話す。

 メンバーはほぼ全員帰り支度を始めている。今日はもうリハはないのだろうと判断、帰途につく。

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【PMF】リハーサルから見るPMF

dun (2009年7月 4日 15:33)|コメント(0)| トラックバック(0)

 Pacific Music Festival、略してPMFが本日開幕します。PMFとはレナード・ バーンスタインが提唱して開催されるようになった、若手音楽家のための教育音楽祭です(公式サイトより)。 今年で20回目の節目を迎えて関連するイベントも企画されているようです。

 札幌に住んでいますと、毎年この時期になると通りのあちこちに音符の描かれた旗がひらめいて気にはなっていましたが、 これまで足を運んだことはありませんでした。今年はできるだけ音楽を聴く機会をつくりたいと思っています。というのも、 9月の学会で音楽教育に関するシンポに出ることになったのですが、そうした分野にはこれまで触れたことがなかったのです。 なんとか何かひとこと言えるようになっておこうと、PMFに参加することにしたのでした。

 参加と言ってもコンサートを聴くだけでは「音楽教育の成果」しか知ることができません。ですので、リハーサルを聞くことにしました。 申し込むと、開催期間中に開かれる芸術の森やKitaraでのリハーサルを見学することができます。 私は開催期間中すべてのリハーサルを自由に観られる通しチケットというのを取りました。15,000円。

 それに加えて、来週末に学校の音楽教育関係者や学生を集めて開かれる音楽教育セミナーというのにも参加することにしました。 私自身は音楽教育に携わっているわけではありませんが、何か糸口がつかめるかもしれないという思いです。

 先日、芸森でのリハーサルを少しだけ見てきました。弦のみの編成で45人。やはり奏者は皆若い。指揮は(おそらく)ルイス・ ビアヴァ。見るといっても、アリーナ席で上から見下ろすような感じです。近づいて話しかけたり楽譜の書き込みを見ることはできません。

 私自身ブラバンでラッパを吹いていたのですが、練習の様子はオケもあまり変わらないというのが今のところの印象。 実際はだいぶ違うのでしょうね。たとえばビアヴァは「タラリタラララ」「パンパンパン」「ターンターン」「シーパパパパ」 と擬音で欲しい音のイメージを伝えます。また、奏者と指揮者とが楽譜をともに見ながら演奏について相談するという場面は、 いまのところコンマスとだけ見られました。オケと指揮者との関係とはそういうものなのでしょうか。

 知りたいのは、このリハーサルがいかにして「教育」の場として成立しているのかということです。 おそらく奏者は何かを学びに来たのであり、指揮者もまた何かを教えようとして来ているのでしょう。 そこがプロとプロのやりとりとの違いだと思われます。では、その関係性はどういう場面において見られるのか。もしかすると、 私のブラバンでの練習の仕方と同じだなと感じたのは、両者共に「教育であること」を前提として組織されているからでしょうか。 よく分かりません。

 ひとまず今日も終日芸術の森にいりびたってリハーサルを見てきます。楽譜が手に入らないかなあ。

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仕組みの艶めかしさ

dun (2009年6月 2日 14:49)|コメント(0)| トラックバック(0)

 直感的な印象だが、「仕組み」というのは、なんだか木訥としていて、クールで、感情の入る余地のないもののように思える。そういう「仕組み」は、きらびやかで、しっとりとして、情動を喚起するような「表層」によって包まれることで、自らの存在を隠しつつ、その機能を果たすのである。

 ここで言う仕組みとは、生き物の「骨」を思いうかべればよい。骨の形状、それぞれのつながりかた、その全体の組み合わせで生まれる構造は、可能な動作を一意に制約する。そういう意味で、冷酷である。その骨にまとわりつく肉や毛は、骨が失われれば重力の影響で1秒たりとも自立できないわけだが、そのことを微塵にも感じさせずに、一個の肉体のすべてであるかのようにふるまう。

 あるいは、一体のからくり人形を思いうかべてもよい。からくり人形師として9世代目の血脈を継ぐ玉屋庄兵衛が作った弓曳き人形がもたらす驚きは、その表層の美しさと動きの精妙さにある。小さな人形が矢を取り、弓につがえ、的を射抜こうとそれを放つのである。同時に動く首は能面の技法で彫られており、上下に揺れるたびに表情を変える。こうした表層を支えるのが、人形の座る箱の下にある何枚もの歯車や糸、ぜんまいなどの機構である。

 前置きが長くなったが、東京ミッドタウン内の「21_21 Design Sight」で開催されている、山中俊治ディレクション「骨」展に行ってきた。

PAP_0028.jpg

 目的は、展示物もさることながら、開催初日のトークショーである。冒頭に出てきた玉屋庄兵衛さん、ディレクターの山中さん、そして明和電機代表取締役社長の土佐信道さんによる鼎談である。

 早めに着いたので鼎談の前に一通りぐるりと展示を見る。

 館内に入って最初に目に入るのがダチョウの骨格標本と、湯沢英治の写真。湯沢英治はさまざまな生物の骨格標本をモノクロの写真に収めている。写真を通して骨を改めて眺めると気がつくのは、骨自体の持つ質感である。艶めかしさ、と言ってみたい。

 さまざまな工業製品(ドライヤーからボーイング777まで!)のレントゲン写真を撮りまくるニック・ヴィーシー。レントゲン写真として撮影することにより、透けて見える内部の細かな部品群が白一色に映し出される。まさに、部品を「骨」化する創作である。

 仕組みは動きを可能にする。骨や部品によって生物や製品は動く。しかし、動きに目を奪われているだけでいいのか。その仕組みにこそ、美しさがひそむのではないか。そういう目で展覧会を通して見ると面白い。

 だから、鼎談に登場した玉屋庄兵衛のからくり人形も、明和電機の新作「WAHHA GO GO」(笑うだけのロボット)も、ついわたしたちはその動きに注目し、驚いたり笑ったりするわけだが、実は動きを可能にする機構そのものの艶にもっと目を向けていい。

 からくり人形の歯車はすべて木製である。歯車であるから円形をしているのだが、1枚の板からできているのではなく、 8枚ほどの扇形を組み合わせて作るそうである。なぜなら、1枚だと木目の弱い方向に割れてしまうから。そういう「もたせる」(実際、 200年は壊れずに保存できるそうである)ための工夫によってもたらされる、歯車そのものの質感に美しさを感じる。

 WAHHA GO GOの笑いを生み出す「肺」にあたるのは、紙製のふいごである。アルミ削りだしの胴体の真ん中に据えられたこの白い部分は、周囲とのコントラストで妙なかよわさを感じさせる。

 仕組みそのものの艶に目を向けることで、いかな大量生産の工業製品であっても、そのひとつひとつには「一点もの」としての固有の質感に気づくのである。

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レポートの参考にはならんよ

dun (2009年2月 4日 21:40)|コメント(0)| トラックバック(0)

 私はブログにNinja Toolsのアクセス解析をしかけております。ご覧になる方がどんなキーワードで検索してたどり着いたのか分かるようになっておるのですね。

 このところ、「ピアジェ」「保存課題」という単語で検索して、「La biblioteca de Babel」を訪れている方が増えています。この1週間のデータを示すと以下のような感じです。

 ●保存課題: 5件
 ●ピアジェ: 4件
 ●ピアジェの保存課題: 1件

 たぶん、「039-被験者ってぼくのこと?」というエントリーが引っかかってくるのでしょう。マイケル・シーガルの『子どもは誤解されている』を紹介したエントリーです。

 なぜ、このエントリーが?

 これは憶測ですが、時期的なことを考え合わせると、大学の講義で出されたレポートを作成する学生さんが藁にもすがる思いでネットを検索してたどり着いているのではないかと思うのですね。「ピアジェの保存課題について述べよ」といった感じのレポート課題。

 そうだとして、まさか、このエントリーだけを頼りにをレポートを書くなんてことはないと思うのですが、ちょっと心配にはなります。関連した本、できればピアジェの書いた本をきちんと読んでおいてほしいなあ。

 学生には元の文献を探すことをしてほしいと思い、そのために「La biblioteca de Babel」では、紹介した本がどこの大学の図書館に収蔵されているか分かるようになっているのですよ。書誌情報をクリックすると、NACSIS-Webcatの当該図書のページに飛びます。これで、自分の通う大学の図書館に本があるかどうか分かります。

 憶測で話を進めてきました。杞憂であれかし。

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助動詞「ない」の連用形中止法

dun (2009年1月25日 21:27)|コメント(0)| トラックバック(0)

 学生のレポートなどを採点していると、ときに、自分にとって「据わりの悪い」日本語表記に出会うことがある。

 たとえば、鉤括弧を閉じた中に句点を追い込む表記。「そうなんですよ、山本さん。」のようなもの。

 私の教わった限りでは、鉤括弧の中の文末には句点を打たないことになっていたはずだった。なので、最初の頃はそのように書いてきた学生には修正させていた。ところが、どうも追い込む表記で習わなくなったらしい。あるとき松井豊先生の『心理学論文の書き方』(河出書房新社)を読んだところ、そのようなことが書いてあった。それ以降は、修正させることはなくなったものの、やはりいまだに個人的には据わりの悪い表記である。

 あと、しばらく前から気になっていた表記として、こういうのもあった。

 レポートを提出しなければならなく、時間もなく、困っています。

 一読、個人的に強い違和感をもつ個所がある。最初に出てくる「なく」である。これが「~しなければなら、云々」という表記であれば違和感はない。また、二番目の「なく」はこのままでも違和感はない。どうしてだろう。

 調べてみると、上記例文の中途に現れる「なく」のような表現は「連用形中止法」と呼ぶらしい。後続するはずの用言を落として連用形だけ残した表現であり(←これもそうだ)、特に珍しいものではない。「時間もなく」の場合は、形容詞「ない」の連用形で終わっている形である。

 どうも違和感をもつのは、「ない」が助動詞の場合のようだ。「花は咲かなく、鳥も飛ばない」。うーん、変だ。

 では、正書法からして誤用かというとはっきりしない。たとえば「教えてgoo」に以下のような投書があり、それに対しては「誤用とは言えない」という回答があった。

  「楽しいときでも笑わなく」が不自然な文法的根拠

 助動詞「ない」を連用形中止法に用いることは、誤用ではないが、慣用されてもいない、といったところだろうか。

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本を紹介していただく

dun (2009年1月22日 21:25)|コメント(0)| トラックバック(0)

 以前、『デザインド・リアリティ』をご恵送くださった慶應の岡部大介さんに、何かお礼はできないものかと部屋をあさっていたら、かつて仲間内で書いた『卒論・修論のための心理学理論ガイドブック』が1冊出てきたので、それをお送りしました。

 そうしたら、ブログにとても丁寧な書評を書いてくださいました。ありがたいことです。

あとがきを見ると、7年もの歳月を費やしているとある。相当の時間を費やして文章を練り上げてきたがゆえの読みやすさでもあろう。

 他の執筆者のみなさんについては分かりませんが、私の章にかんして裏話をすれば、実際に文章を練り上げるのに費やした時間は3ヶ月弱もないくらいです。

 7年間というのは、その間に開催された研究会を通して、浮かび上がる澱を濾しながら執筆者間の共通認識を精製するのに費やした時間です。短期間で擱筆できたことは、編者の方の力によるところが大きいのですが、実際、そういう下地があったことも同じくらい大きかったように思います。

 懐かしいなあ(遠い目)。

 岡部さん、ありがとうございました!

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雪のない街を

dun (2008年12月20日 15:44)|コメント(0)| トラックバック(0)

 卒論組は、とりあえずは全員提出できた。ただ、新年明けてすぐに(5日!)発表会があるため、来週にも発表練習を行わねばならず、気が抜けない。

 さて、今年の札幌は今のところ雪がない。降らないわけではない。降って積もってもすぐに晴れたり雨が降ったりしていつのまにか融けてしまうのである。

 どれくらい雪がないかというと、これくらいである。

 さっぽろテレビ塔ライブカメラ 平成20年12月20日16時の様子

 大通公園の映像であるが、芝生がはっきり見えている。街だけでなく、奥に見える山も黒々としている。

 温暖化してない、とか、温暖化はむしろいいのだ、とか発言する人がいる。そういう人の話を聞いて、理性の側で納得できたとしても、生活の実感として感じる雪のないことのうすら恐ろしさというものは如何ともしがたい。

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大学説明会に思う

dun (2008年11月 5日 15:20)|コメント(0)| トラックバック(0)

 今月1日、3日と、大阪と東京へ出張してきました。北大単独開催による大学説明会に説明要員として駆り出されたためです。

 大阪は300人、東京は600人をそれぞれ越える方々がご参集くださいました。半分は高校生、半分は保護者、わずかに大学生、 社会人、教師といった構成。特に保護者の方が本当に多いと思います。まあ、それだけ子どもにかける期待も高いということなのでしょう。

 私が高校の頃にも、こういった催しはあったのでしょうが、まるで気がつかなかったです。進路について深く考えていなかった、 というのもあったかもしれません。行くなら実家の近所、学ぶなら人間のこと、ということで単純に決まったように思います。

 個人的な経験を一般化することはできませんが、説明会にいらっしゃる方々のお話を聞くだに、 一般に高校生というのは進路を深く考えないものなのかもしれません。

 北大の場合、特にその立地条件に惹かれる高校生が多いようですね。つまり、「北海道に住んでみたい」ということです。 北の大地への憧れいまだやまず。その上で、「自分は文系(あるいは理系)だけど、一番入りやすい学部はどこですか」といった尋ね方をされるわけです。

 そうした場合、立場上、「学部に入ってから勉強してみたいことで選んだ方がよいのでは」と返答するわけです。実際に、 「入ってはみたが、こんなことを勉強したいのではなかった」と言って他大学に移る、 あるいは大学に来なくなるといったケースも考えられるわけで。

 ただまあ、勉強したいことがもう決まっているというのもまた、ちょっと考えものではあります。結局、 すでに視野が狭くなってしまっているわけです。関心のなかった領域の事柄にも触れることを通して、 広い視野から一つの問題を総合的に考える力を養うことが総合大学の一つの教育方針なのですが、それをはじめから拒否してしまう可能性がある。 教える側としたら、これではいかんのです。

 結局のところ、どんな高校生に来て欲しいのか、よく分かりません。個人的には、大学に入った後も、 自ら貪欲にさまざまなことを吸収していこうとする素質があればそれでいいかなと思います。その上で、「これだ!」 と勉強したいことが定まってくればよし。結局勉強したいことはありませんでした、ならそれでもよし。ただ、入試では、吸収力ではなく、 記憶力と表現力からしかその人の素質を見ることができないのが残念。

 今は無知であるものの、将来にわたって知的好奇心を発揮できることを、どのように評価すればよいのでしょうか。

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それでもいいのだ

dun (2008年8月 8日 13:42)|コメント(0)| トラックバック(0)

 赤塚不二夫先生が亡くなられ,先日告別式が執り行われたようだ。その様子をワイドショーがさかんに取り上げていて,タモリの述べた弔辞がしきりに紹介されている。

 その際の映像と後から報道された弔辞を拝見し,しんみりとした気持ちになった。ちょうど,「まんがNo.1」や「ライブ・イン・ハトヤ」など,当時のあのあたりの集まりの活動の成果が復刻され,それらに接して楽しんでいたということもあったので,ひとしおである。

 そうそう,実際に述べられた弔辞の内容と,報道されたその書き起こしの内容が少し違っているのを見つけたので,指摘しておく(って誰に言えばよいのだ)。

赤塚不二夫さん葬儀 タモリさんの弔辞全文

...あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。...

 上記引用のうち,「重苦しい陰の世界から解放され」のところ,実際には「<font color="red">意味</font>の世界」であった。そう判断したソースはこちら(映像の3分頃から該当の箇所)。ここを「意味の世界」として理解すると,あのニャロメが60年代の学生とともに「ナンセーンス」と叫んだことにつながる。そしてその「ナンセーンス」は結局のところ赤塚先生の意図とは対極にあった,つまり「これでいいのだ」を忘れていたことに気づくのである。

 さて,弔辞ではこのようにも述べられていた。

 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。

 その通り,故人が生きていたら(?)おそらくはそのように言うだろう。しかしタモリは笑わせようとしなかったし,笑いは起こらなかった。笑いを狙わなかった理由は,分からない。

 そもそも,弔辞で笑わせること,笑うことはできないのか?

 いや,できる。その一つの例を紹介しておく。イギリスのコメディ・グループ,モンティ・パイソンのメンバー,グレアム・チャップマンが1989年にガンで亡くなったときに,他のメンバーたちが述べた弔辞がそれである。

 最初に登場するのが,ジョン・クリーズ。チャップマンとはケンブリッジ・フットライツ以来の仲間である。彼の言葉に参列者が爆笑する。

 ジョンのあとに歌を歌うのは,エリック・アイドル。歌うのは,"Allways look on the bright side of life"。これは,パイソン映画『ライフ・オブ・ブライアン』のエンディングに流れることで知られる。下の映像を見れば分かるように,磔にされている罪人たちに向けられた歌である。「どうせみんな死んじゃうんだから,楽しくやろうよ,チョンチョン」という広川太一郎(この人も故人だ)の声が聞こえてきそうだ。

 弔辞で笑わせること,笑うことは不可能ではない。では,なぜタモリはそうしなかったのか。そうしたくなかったからだろう。それでもいいのだ。

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おそらのヘリコプター、まちかどのおまわりさん

dun (2008年7月 4日 22:18)|コメント(0)| トラックバック(0)

 今日もまた雲の上からパラパラパラとプロペラの回転音がひびく。

 一機,二機,三機。

 地下鉄に乗って大学へ急ぐ。構内の柱を背にして,薄青のシャツを着た男性が居丈高に立つ。

 あの柱に,この角に,あの通りに。

 増えたなあと思ったのは先週のことだったか,その感覚は薄れ,もう慣れてしまった。

 イタリアから来たというアーティストがマイクに叫ぶ。

 「サミットのことなんか,メディアは無視している」「未来がどうなるか,資本の側だって分かっちゃいない」

 マイクの音が響く遠友学舎の上をまた一機渡っていく。

 「あ,ヘリコプターよ」

 子どもは空を指さして,嬉しそうに,たどたどしい口で叫んだ。

 「ヘリコプターバイバーイ」

 私たちは,アイステーシスなるものを問題にしなければならないとあらためて思った。

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戒厳令都市

dun (2008年6月30日 22:16)|コメント(0)| トラックバック(0)

 もうすぐサミットである。

 それに合わせて,全国から警察関係者がぞくぞくと千歳~札幌界隈に参集しているようだ。

 先日長崎に行くのに空港に行くと,神奈川県警の警察官が立っていた。空港の外の道沿いには, 10メートルごとに棒を持った警官が立っている。えっちらおっちらと自転車で走り回る方もいた。

 昨日サクランボ狩りに行く道すがら,対向車線をあちらからやってきたのは島根県警と静岡県警のパトカーとバス (と言うのか何と言うのか)。10台ではきかない。次々と向こうからやってきては走り去っていく。

「きっと,新潟経由で小樽に着いたんだよ」
「『北海道は涼しいねえ』とか言いながら定山渓で総決起集会でもしてたんじゃないか」
「『お前北海道行くの,うらやましいなあ』とか言われて送り出されてきたんだよ」

 想像はたくましくなる。もちろん,お巡りさんは私たちの安全を守るというお勤めを果たしにわざわざご足労いただいているのであり, ちゃかすのは大変失礼である。が,人間というのは真剣な中に遊びを見つけるものである。 上のような想像の会話も強ち間違いではないのではないか。

 その帰りには岩手県警のパトカーに会った。九州からの増援は見ていない。前の沖縄サミットの時に駆り出されたからか。

 来週は札幌市内の大部分の交通が規制される。おそらく,地下鉄にも相当数の警備が割かれるだろう。 その期間だけでも自転車で通勤しようか。

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さくらんぼと詩人

dun (2008年6月29日 21:47)|コメント(0)| トラックバック(0)

 朝から家族で果物狩りに行ってきました。

 自宅から車を30分ほど走らせると,温泉街として知られる定山渓への道沿いに果物狩りの看板が立ち並んでいます。その中の1軒, 篠原果樹園におじゃましました。

 山腹を利用した農園で,一番高いところからの眺めが美しい。

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 本日のお目当ては,サクランボ。果樹園の公式ホームページに,29日からサクランボ解禁とあったので,これ幸いと出かけてきたのです。アマネは,お気に入りの手押し車を持って行くと言ってききません。以前,栗拾いに行ったことがあるのですが,それと勘違いしているのでしょうか。

 サクランボの木が植えられている一角にたどり着く手前に,いちご畑がありました。果樹園を経営されるご家族の奥さんが,「いちごがまだあるから食べて行きなさい」と案内してくれます。大粒のいちごを採ってアマネに手渡してくれました。食べてみると,おお,甘いですねえ。

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 いちご畑から続く斜面には,プラム,リンゴ,プルーンなどの木が植わっています。さらに登ると,赤い実をたわわに実らせたサクランボの木がたくさん。たくさん実って,枝がしなっています。これは食べがいがあります。木のそばのはしごに登って,上の方になっているサクランボをもいでむしゃむしゃ。アマネにはタネを取ってあげていたのですが,タネだけ抜いて食べることを覚えたようで,ひとりでむしゃむしゃと食べています。

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 いろんな品種があったのですが,今回いただいたのは佐藤錦,秀ヶ錦,それにアメリカンチェリー。どれも甘くておいしかったですよ。家族3人合わせて80粒くらいは食べたのではないでしょうか。

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 1本の木にこれでもかと実っていたのですが,それでも,今年の天候不順で,だいぶ不作なのだそうです。例年CMを流すような果樹園も,今年はそれを控えているほどなのだとか。案内してくれた篠原さんご一家みなさん口々におっしゃいます。いやあそれでも露天でこれだけおいしいのができれば十分じゃないでしょうか。

 入園料は大人一人800円,2歳以下は無料。持ち帰りは別途お金がかかりますが,十分元を取ったと思います。なにしろ,佐藤錦なんてお店で売っているのを買うと高いですからねえ。

「ハンバーグ食べたい」というアマネのリクエストを容れて,お昼はびっくりドンキーへ。いったん帰宅。

 午後からぼくは,中島公園にある北海道立文学館へ行きました。札幌は6年目になりますが,ここは初めてです。

 今月末からここで,詩人の吉増剛造さんの展覧会が開かれているのですが,それに合わせていくつかのイベントが予定されています。そのうちの一つ,「言葉のざわめき,おとのねにおりてゆくとき」を拝聴したかったのです。

 鼎談なのですが,メンバーがぼくとしては豪華。吉増剛造,工藤正廣,そして柳瀬尚紀!工藤先生は元北大の教授で,パステルナークなど,ロシア・ポーランド文学がご専門。実は一度だけ教授会でお見かけしたことがあります。柳瀬尚紀先生は英米文学の翻訳家として有名ですが,ぼくのなかではヒーローのような方。なにしろジョイス『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳されたわけですから。このブログの名前の由来になったこの作品,高校の時に柳瀬先生の翻訳で読み,衝撃を受けました。このときに,ゆくゆくは詩の研究をしたいと思ったものです。

 吉増剛造の作品は,何度か「ユリイカ」に載ったのを読んだことがありますが,「つぶやき」が多いなというのが第一印象。それと,連想の速度がタイポグラフィをたたきつけるその慎重さに独特のものを感じました。なんだか評論家然として偉そうですね。

「おみやげ」として吉増さんが午前中に書き上げたという,なんでしょうかね,これは。手書きの口上と詩や文章のコラージュ,というか,バロウズ風に言えばカットアップのコピーをいただきました。

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 さて,お三方の登壇を前から2列目の席で待っていると,会場の後ろから,車いすに乗ったご老人が入ってこられました。私の目の前,つまり最前列のイスは空いていたのですが,スタッフの方などがそのイスを運び出してそのご老人が空いたスペースに陣取られました。白髪頭の上に黒いニット帽を載せた,温厚そうな男性です。

 間もなく,司会の方が開会の言葉を始めました。「...今日は山口昌男先生もいらしてますが,どちらでしょうか...。」

 ぼくの隣に座った方が,目の前の車いすのご老人を指さします。ひええ,山口先生だったんですか。驚きました。どうも話を伺っていると,吉増剛造さんとは旧知の間柄のようで,今回の展覧会の開催にもかかわっておられるようです。結局終わりまで,ぼくは山口昌男先生の背中と後頭部を見ながら鼎談を聞くことになりました。

 さてその話ですが。

 やはり,柳瀬先生がいるということで,ジョイスの話から始まりました。羽生善治が永世名人になったことに話が及ぶと,その羽生さんの天才ぶりについて,柳瀬・吉増の両氏から感嘆の声が上がります。なんでも,北海道新聞主催の大会に羽生さんが来るそうで,その機会に札幌まで呼んで文学館で何かしようという話も出ました。

 タイトルの「おとのねにおりてゆくとき」から「根の国」を連想した吉増さんが,「北海道は根の国である」と宣言。一方で,工藤先生が「柳田國男は北海道に来たが,折口信夫は青森で引き返した」ことに触れ,「別の根の国」という言葉が出されました。それに対して「確かに折口は大阪のミナミから南へ行ったんだ」と吉増さんが返し,「じゃあ」と,折口信夫の詠む歌をテープにかけてくれます(録音なんて遺っているんですねえ!)。その声は,確かに「北海道に来なかった」という前段を受けてから聞くと,そのように感じさせるものでありました。

 吉増さんは「宝」と呼んでいたのですが,お手持ちのカセットテープの録音を聞かせてくれたのが嬉しい。与謝野晶子(遺ってるんですねえ),寺山修司,アイヌのおばさん,ジョイス,エセーニン,パステルナーク。

 「耳だって修練しなきゃだめですからねえ」
 「声は記憶の重なりでできてんです」

 とは吉増さんの言葉。

 声をめぐる,詩人と翻訳家の鼎談というか雑談をそばでながめていた,そんな充実した2時間を過ごしました。

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楽しみ

dun (2008年5月24日 21:19)|コメント(0)| トラックバック(0)

 楽しみにしていた,島本和彦先生の第2回講義が順延された模様,残念!

 島本の感想文 2008.5.21 Wednesday

 北大関係者のみに限定...って,私もいちおう,大丈夫なんだよなあ。

 そうそう,楽しみといえば,今年開かれるとある学会にて,ある仕事を引き受けたのだけど,それがまたひどく楽しみ。 人生で三本の指に入るくらいの楽しみ。それが何かは,お相手もいる話なのでまだ詳しく書けませんが,確定し次第宣伝します。 お声をかけてくださった先生方に深く感謝申し上げます。

 ランシエール『不和』,カタツムリのような速度で読んでいるところ。不和の概念とか,政治の3つの形態とか, とてもおもしろそうな個所は頻出するのだけど,全体としてはいったい何を議論しようとしているのか,まだピンとこない。というか, ひどく読みづらい。要旨だけ取り出せば4ページくらいにおさまるんでないかな。

 東浩紀と北田暁大が編集した雑誌(ムック?)『思想地図』。第1巻の特集は「日本」。冒頭のシンポジウム記録と何本か論文を読む。 シンポに参加されていた方の発言にあった,かつて官僚は宦官や外国人などマージナルな人びとがになっていたという指摘, マジョリティが官僚に就けるのは「去勢」されているからだ(とんがったことはしない)という指摘は興味深いなと思った。

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「社会化」って何だ?

dun (2008年5月20日 21:18)|コメント(0)| トラックバック(0)

 臨床発達心理士会の北海道支部主催の講演会(?)でお話しさせていただくことになったようだ。

「ようだ」というのは,日程以外とんと詳しい情報が分からないため。6月22日(日)に北大でやるらしい。

 さて,どんな話をすればよいのやら。たとえばディスレクシアまわりの話をしたところで一般的な話しかできないし。

 そんなこんなでなんとか絞り出したのがこれ。

 「社会化」とは何だろうか
 非社会的存在の社会化は,これまでの心理学研究やその結果を利用した実践においては常に重要な目標とされてきた。政治的文脈では,子育て支援,発達障害支援,若者支援などの形ですすめられており,今なお多くのリソースが投入されている。では,社会的な存在とはそもそも何だろうか?心理学者はこの問題を棚上げにしたままで研究を行なうことはできるのだろうか?これらの問いについて,哲学や政治学でなされた議論をふまえながら,子どもを含む人びとの会話のマイクロエスノグラフィーに基づいて考えてみたい。

 うーん。風呂敷を広げすぎたろうか。

 でも,このテーマで準備をするのがなんだか楽しくなってきた。ジャック・ランシエール『不和あるいは了解なき了解』,Gianni Vattimo "The Transparent Society"をただいま読んでいるところ。このあたりからどういう結論が出てくるのか。

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学級崩壊させない先生とは

dun (2008年4月 9日 19:32)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ぼちぼち新学期が始まりましたねー。今年の札幌は妙に暖かく,GW前に桜が咲いてしまうのではというイキオイです。

 授業が始まると気忙しくなりますが,前期は,火曜に2コマ,木曜に2コマ,金曜に非常勤1コマと,週5コマこなせばいいので, まあのんびりです。後期はちょっと増えますが,水曜3コマ(分担),木曜2コマ,金曜非常勤1コマ,本務校1コマ。2コマ増えるだけか。 そんなに変わりませんねー。まあ偉くもないし,能力もないですから。

 周りにいるのは多忙を極めておられる先生ばかりで,なんだか申し訳なくなります。

 さて新学期最初の演習に行ってきたのですが,そこでお互いに自己紹介してもらったんですね。 そのときに学生さんの口から出た話でおもしろいのがありました。

 大阪の方の調査で,小学校の先生がどういう教科に力を入れているかと, その人が担任するクラスが学級崩壊しているかどうかの関連を調べたものがあったそうです。

 国語,算数,理科などの主要科目に力を入れている先生の学級には荒れているところが見られた。ところが,体育や音楽, 美術などに力を入れている先生が担任する学級には荒れているところが1つもなかった。

 ネタもとが分からないので申し訳ないのですが,だいたいそういう話でした。素朴におもしろいなあと思います。 どうしてなんでしょうね。

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幼児に対するバーチャル・マイキングについて(2)

dun (2008年4月 5日 17:21)|コメント(0)| トラックバック(0)

 バーチャル・マイキングに注目するのは,会話の秩序を組織化する技能の発達過程を調べるうえでなんらかのヒントが得られるのではないかと思うからである。

 会話における秩序を社会的秩序のミニマムな単位と見なして研究する会話分析は,その基本的な秩序として「順番取り(turn-taking)」を見いだした。会話において参加者は一度に一人が話す。これは秩序だったやり方で参加者が発話する順番を取ったり与えたりと行為した結果起きた社会的現象である。行為における秩序は,ごく簡単に言うと,「現在話している者が話し終えたら,その人は自分で話し続けるか,ほかの誰かに発話権を与えられる」と体系的に記述できる。これは,社会学者のサックスらが見いだしたことである。

 このような秩序だったやり方は,実は,発達初期の子どもとその母親の間のやりとりにすでに見られるという指摘がある。たとえば赤ちゃんがごきげんで「ああ,ああ」と声を出す。その次に母親が「どうしたの,気持ちいいの」と話しかける。母親の発話の間,赤ちゃんは沈黙する。母親の発話がやむと,赤ちゃんがもぞもぞとしはじめてまた「ああ,ああ」と声を出す。このようにして,卓球のような発声のラリーが母子相互作用に見られることが知られている。

 発達初期の子どもの行動に見られるこうした相互行為上の秩序だったやり方は,大人の会話に見られるような順番取りの萌芽的基盤だとみなす研究者がいる。確かに発達のごく初期の場合,やりとりは秩序だって交互におこなわれるように見える。

 しかし,1歳を過ぎ,4歳に入る頃までの子どもを見ていると,交互になされていたコミュニケーションがなりを潜めていることもあると気付く。たとえば,親同士が会話をしているところに平気で「ねえねえ」と割り込む。あるいは,こちらが話しかけても返事をしない。などである。そうかと思えば,5分くらいしてから「○○だよ」と返事をすることもある。少なくともこの時期の子どもは,声をかけたら必ず返してくれるやまびこのようなものではない。

 あたかも,2~4歳頃の子どもには会話の秩序以上の何か「気がかりなこと」があって,それ以外のことにはかまってられないかのようである。気がかりがあるからこそ「ねえねえ」と割り込むし,他人の言うことをぼんやりと聞き流すのではないか。

 そう考えると,発達初期におけるやりとりに見られた秩序と,後に成長してからのやりとりに見られる秩序の間に単純な線形的関係を想定することはできない。そのあいだには2~4歳頃特有の何か熱っぽさのようなものが挟まっており,それを経由することにより会話の秩序には量的かつ質的な変化があってしかるべきだろう。その変化とは何なのかを明らかにする必要がある。そのためには,2~4歳頃から幼児期後期にいたるまでの子どもが会話の秩序をどのように組織化しているのか,発達的視点からながめなければならない。

 このテーマにはまだまだ分かっていないことがたくさんあり,あらゆることが検討の範囲の中に入ってくる。そこでバーチャル・マイキングである。

 もう一度確認すると,バーチャル・マイキングとは,保育の場などに見られる,話し手が片手を握り自分の口元に親指の方を向けながら発話し,それを終えるとその手を聞き手の口元に向けるという一連の動作を言う。そう呼んでいるのはおそらくぼくだけだろうと思うが,このような動作を見たことのある人は少なくないと思う。

 こうした動作は保育者と子どものやりとりにおいて,いわば「交通整理」(コミュニケーションを交通と訳すこともある)の機能を果たすのではないかと推測している。というのも,マイクを持っているかのように見える手は,発話権を現在誰がもっているのかを視覚的に示すと考えられるからである。握られた手の親指のある方が向けられている側に話す権利がある,というように。

 多くの場合,「質問-応答」というフォーマットと平行して用いられることも,この動作の機能を有効にしていると考えられる。誰かに質問されたら次に答えるのは自分であり,自分が質問したら次に答えるのは誰か他の人である。このように質問という言語形式は相互行為上の役割の交代と深くかかわっている。このような役割交代は,バーチャル・マイキングによって視覚的に明示されるだろう。

 たとえば,複数の子どもと1人の保育者がいる場を想像してみる。そこには話したがりの子もいれば,無口な子もいるだろう。保育者がバーチャル・マイキングを行うことにより,話したがりの子を牽制しつつ,無口の子から発話を引き出すということが可能となる。それでも,保育者にマイキングされても固まったまましゃべらない,という子も何人も見ているのだが。

 いずれにせよ,バーチャル・マイキングは複数の参加者がいるような状況において,発話権の配分を円滑に行うための手段となりうるだろう。

 ただ,ことはそう単純ではないとも思う。保育者と子どもとのやりとりにおいて,握った手を口元に向けることにより,「今,手が向けられた人が話す番ですよ」という文脈が公的なものとなる。そこで実際に話そうと話すまいと,「話す番だったこと」を文脈としてその人の行為が解釈されていく。無口な子どもは「話さなかった」のではなく「話せなかった」ものとして解釈されていく。このように文脈をつくるものとしてバーチャル・マイキングは機能する。

 バーチャル・マイキングとともに現れる言語形式をもう少し検討すると,それが「学校的な語り口」の特徴を備えていることも分かる。学校的な語り口の特徴を網羅したリストがあるわけではないのだが,丁寧体,語末音の上昇調,そして分かりきっていることについての質問がそこには含まれる。

 バーチャル・マイキングは,「学校的な語り口」にある特徴をもうひとつ教えてくれる。それは,「誰かが話しているときは,残りの人はそれを黙って聞く」というコミュニケーションのやりかたである。日本の小学校ではこうしたやり方は低学年の頃から教師によって徹底的に仕込まれる。クラスメイトが発表しているときに隣の子と話していると「今,誰が話してるの?」と怒られた経験のある人は多いだろう。バーチャル・マイキングは,保育においてこれを暗黙的に行っているものとも考えられる。

 もう少し体系的に調べてみたいものである。

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幼児に対するバーチャル・マイキングについて(1)

dun (2008年4月 3日 17:19)|コメント(0)| トラックバック(0)

 仕事柄,保育の場におじゃますることがたびたびあるのだが,保育者のみなさんが子どもに対するときに行なう行動で気になるものがある。それが,掲題の「バーチャル・マイキング」である。

 マイキング(miking)は,普及版の英和辞書などには載っていないが,りっぱな英語である。最新版のOEDによれば,

The action, process, or technique of arranging microphones for a recording or performance; the manner or fact of using microphones. Also miking-up.

 とある。用例として,「近づけてmikingすれば部屋の音響をほぼ無視することができる」(1973年Studio Sound誌)などがある。「マイキング」と検索すれば,たとえばこんなページがひっかかる。要するに,マイクを向けるふるまいのことをマイキングと呼ぶようだ。

 保育園や幼稚園にうかがい,自由遊びやお集まり場面に参加すると,たまにこの「マイキング」のような出来事を目にすることができる。たとえば,こんな感じだ。保育者が「あなたのお名前はー?」などと子どもに尋ねる。そのとき保育者は手をにぎり,グーの形にして,親指のある側を自分の口元に近づける。尋ね終わると,その手を握ったまま,今度は子どもの口元に近づけるのである。あたかも,インタビュアーがマイクを持ち,それを自分とインタビュイーに交互に向けているかのようである。 

miking_image2.gif

 これまで,茨城,山形,北海道,愛知の保育園・幼稚園で確認している。ちなみに愛知の事例は,名古屋の友人Mさんのご息女がこの行動をしているのを見て,おそらく同様のことを保育園で経験しているものと間接的に推測した。

 保育者は手を握るだけで実際にマイクを持っているわけではない。なので,「バーチャル」をつけて,バーチャル・マイキングと呼びたい。当初は「エアギター」になぞらえて「エア・マイキング」と呼ぼうかと思ったが,それはスタジオ用語で別のことを指すらしく,無用の混乱を避けるために「バーチャル」(嫌いなことばであるが)とした。

 さてこのバーチャル・マイキング(以下VM)であるが,なぜこの行動に注目したのか。

 それについては以下次号。

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共感覚と記憶

dun (2008年3月31日 11:50)|コメント(0)| トラックバック(0)

 テレビ東京系『奇跡の脳ミステリー』を見た。お目当ては、ルリヤが『偉大な記憶力の物語』で発表したことで有名になった記憶術者ソロモン・シェレシェフスキーの話。

 ルリヤについて日本のテレビで紹介されるのはほとんどないだけに、どのように取り上げられるのだろうと興味を持って見た。当時のルリヤがシェレシェフスキーについて取り上げた講義をふりかえって語るのはジンチェンコ、ってあのジンチェンコ先生だろうか?

 シェレシェフスキーの再生能力の高さについて,番組では彼が共感覚者であったことを指摘していた。

 共感覚者が非常に高い再生能力をもっていることはよく知られている。たとえば『ぼくには数字が風景に見える』を書いたダニエル・タメットは,数字や言語に視覚的イメージが付随する共感覚者であるが,彼は円周率を風景のようにして暗記して2万桁の再生に成功した。

 共感覚者であるからといって,かれらがみな高い再生能力をもっているかどうかは分からない。記憶「術」とまでは言わないまでも,自覚的なコントロールによるテクニックが介在している場合もあるようにも思われる。そのテクニックに気付かなければ,再生という文脈にはうまくのれないのではないだろうか。

 と思うのだけど,やはり本当のところはどうなのか分からない。どうなんだろう。

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講義の外をどうするか

dun (2008年3月23日 11:48)|コメント(0)| トラックバック(0)

 発達心理学会2日目に開かれた講習会「こうすれば心理学の授業は面白くなる-あなたのFDのために」に参加。

 講師の澤田匡人君は大学の同級生,大学院の1年先輩(ぼくが大学を5年で出たため)。講演会に誰も来なかったらひやかしてさしあげようと思って会場へ行ったら,杞憂であり,満員の入りであった。このあたりさすがと言えよう。

 心理学について何も知らず,教養として心理学を学ぼうとする大学1年生向けの講義を念頭に置いた講習と理解したが,基本的なところはあらゆる講義に通用するだろう。主な内容は講義の組み立てとプレゼンテーションの具体的な方法についてだった。PCでのスライド作成に全力を懸けているとは聞いていたが,これほどとはと感嘆する美麗さ。言うことにはいちいち頷ける。

 見た目の力は,デパートの実演販売を思い起こせば分かりやすいが,人を魅入らせる第一歩である(当たり前か)。そう,大学1年向けの講義ですべきことはデパートの店員がすべきことに近い。デパートにいる人々とは,はっきりとした買い物の目標があるが,店内をぶらぶらしてそれ以外にもいいものがあれば買って帰ろうという人々である。大学も同様で,取りたい資格や卒論のテーマとしたいことは漠然とあるにはあるが,それ以外にも教養として単位を取りたい(あるいは取らねば卒業できない)人々がお客さんなのである。

 そういう人々を引きつけるために,まず実物を見せる。その次に「実物を手に入れた未来のあなた」を見せるというのがデパート的なやりくちである。であるから,館内に置く鏡はなるべく少ない方がよく,歩いていて見かけるのは化粧品売り場と試着室,それにトイレくらいである。ディズニーランドには鏡がないと聞いたこともある。

 大学も同様であり,大学が発行するパンフレットのたぐいを見れば一目瞭然であるが,そこで学べることとともに,「学んだ結果としての未来のあなた」が示される。○○になりましょう,○○で夢を叶えましょう,○○就職率100%。デパートと大きく違うのは,どこを歩いても大学が鏡だらけだということ,つまり,現実が学生自身に否応もなくつきつけられるという点である。

 だいぶ脱線したが,澤田君からは講義中に誰も眠らない眠らせないJOCX MIDNIGHT-TV的プレゼンの方法を教えてもらった。すぐにも真似できるヒントももらった。

 ところで。講義は講義だけで完結していない。大学の単位の数え方は,半期で1コマ2単位というのが通常であるが,講義への出席だけでなく予習復習も含めて2単位なのだと聞いたことがある。言い換えれば,講義でこれから触れることを確認し,大学に行って教員の話を聞き,その内容をおさらいするというサイクルを毎週繰り返して2単位なのである。そんなことを律儀に遵守していては寝る暇も稼ぐ暇もなくなるのだから,期末試験前にノートをひっくり返すだけでも十分だと思う。(そうすると試験の1週間前になって学生さんが大挙して質問にやってくるわけだが)

 ただ,講義の時間だけで必要なことすべてを伝え切るのは不可能なことは当の教員自身が知っている。学習とは,ポケットからポケットに物を移し替えるようにはいかない。学生になんらかの知識を作り上げることの困難さは,学習科学が扱う大問題である。

 少人数の演習形式や実験形式であれば,なんらかの対応はできよう。しかし100名規模で行われる座学式の講義でできることは限られてくる。いきおい,時間外になんらかの形で学生みずから学ぶ姿勢を求めたくなってくる。たとえばフロイトについて興味が出れば,本を借りるなり,ググるなりしてくれればと願うものである。しかし,そこまでもっていくことはなかなか難しい,少なくともぼくはそうだ。

 これはものすごく難しい問題だと思うのだが,思いつく方策にはいくつかある。

1 教科書を指定し,買ってもらう
 よい教科書であれば,語句の定義から重要な図表まで載っているものであるし,読みやすい参考書も紹介してくれているはずである。教科書のここを見ておくようにと講義中に指示することにより,時間外学習へ導く。
 ただぼく自身は,一般的な講義で教科書を指定したことはない。

2 参考書を紹介する
 たまにぼくがやるのだが,講義の終わり頃に参考書を紹介する。何のことはない,講義を作るのにぼく自身が参考にした本を紹介するだけである。

3 ネットへ誘導する
 ググれと言う。

4 テレビやマンガの見方を変える
 本は読まないがテレビやマンガならという学生もいるだろう。そういう人向けに,それらを心理学的な観点から見るためのコツを伝授するというのもありだと思う。たとえば,教育心理学的に金八先生を見るとか。言説に批判的になるためには必要なことかもしれない。

 思いつくままに挙げてみた。授業を充実させることがFDの目標だとして,個々人の教員ができることにも限界がある。そうしたとき,教員だけが学生を変えるわけではないと気楽に構えること,そして外部のリソースにうまく誘導することも必要かもしれないと思った。

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発達心理学の過去をどうするか

dun (2008年3月22日 11:47)|コメント(0)| トラックバック(0)

 発達心理学会初日に開かれた「発達研究の未来を考える」と題された座談会に出席。藤永保先生,岡本夏木先生といった,日本の発達心理学そのものと言っても過言ではないくらいの大御所の先生方がそろってお話しされるというので出席。ただし,前半だけ。

 両先生の院生時代から語り起こされる思い出。すでに事典にお名前が掲載されるくらいのビッグネームが次々と出てきてくらくらする。

 まだ子どもを対象とした心理学がマイナーもいいところという時代にあえてその道を究められた背景となるものについて語っていただいたように思う。

 未来を語る前に過去をきちんと総括する,ということなのだろう。

 そういう気運は最近目立って現れてきたように思う。最終日に開かれたシンポジウム「『母親の態度・行動と子どもの知的発達 日米比較研究』を読む」はその一つだろう。白百合のSさんに薦められて参加したのだが,ある意味で感慨深く先生方のお話をうかがった。

 日本の心理学を牽引されてきた大家,東洋先生らが中心となって進められた,日本とアメリカ間の文化比較研究について,当時プロジェクトに参加された方々-もちろん東先生も-や,若い方々に語ってもらうという趣旨。

 取り上げられた問題に,比較をする物差し自体を作りながら研究を進めることの難しさや,そもそも研究をする風土に日米で大きく差があること(アメリカはプロジェクト型,日本は趣味(?)型)があった。その悩みは共有できるものであるし,苦労を超えて当初の目標をなんとか完遂しようとされた先輩方の努力には頭が下がる。

 私自身感慨深いのは,そのプロジェクトの中心メンバーのお一人,北大の三宅和夫先生とその研究室の方々が研究の舞台とされていたのが,現在私が部屋を置かせておいていただいている施設だからである。乳幼児発達臨床センター(現・子ども発達臨床研究センター)がそれである。

 そういう日本の発達心理学史に大きな足跡を遺された方々がかつて熱心に議論されていた場にいることにあらためて気づかされ,身の引き締まる思いであった。

 実はこのセンターには,そうしたプロジェクトによって生まれた実質的な財産,すなわちデータの原票や映像資料,その他機材などが実は今もなお残っている。あちらの部屋の棚,こちらの部屋の段ボール箱,あるいは廊下に置かれたロッカーの中,いたるところにプロジェクトの遺産がある。

 日常的にセンターの中で暮らす者にとって,これらは捨てるに捨てられない,正直なところ扱いに困るものである。たとえば将来的にセンターが改築されるとして,そうした際には,誰かが整理しなければ,おそらくポイポイと捨てられていくに違いない。

 日本の発達心理学の歴史を作った偉大なプロジェクトを支えるデータがこのような扱いを受けるのはどうだろうと思う反面,では誰が整理・管理するのかという問題には及び腰になってしまう。今のところの私の立場がまさにその整理・管理をする正統的な立場だからである。また,これらは実験や調査に参加していただいた方々の私的な情報そのものであり,それを遺すことには倫理的な問題もある。

 どうしたらいいのだ。いやほんと,どうしたらいいんだろう。教えてください。

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広川太一郎さんが

dun (2008年3月 9日 11:42)|コメント(0)| トラックバック(0)

 亡くなられたそうだ。

 おくやみ 声優の広川太一郎さんが死去 -映画・アニメで多彩な役演じる(3月8日YOMIURI ONLINE)

 アニメ版ホームズだったり、スノークだったり、「風邪の季節は助かりマスク」だったり。ロジャー・ムーアだったりエリック・アイドルだったり。

 変幻自在な声の質はもちろんのこと、その話芸にはほれぼれした。間もいいし、意表を突くダジャレといい。モンティ・パイソンの吹き替えでは、山田康雄とアドリブの応酬をしていたそうな。

 ご冥福をお祈りいたします。

 広川太一郎データベース(Soma Hitoshiさん)

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ぼくも

dun (2008年2月19日 11:37)|コメント(0)| トラックバック(0)

 2歳半を過ぎて最近のアマネは饒舌である。

 このところの口癖は「ぼくも」。かれは自分のことを「ぼく」と言う。アマネという発音は難しいらしい。これまで「アマネ」 と発話したことはない。

 「おでかけするよ」と言うと、「ぼくもー」。
 「おいしいの、食べちゃおうかなー」と言うと、「ぼくもー」。

 代名詞「ぼく」+助詞「も」という形式の使用が幼児(2:6)において確認された、というわけである。ペダンチックに書けばね。

 不思議なのは、家庭内では誰も「ぼく」という代名詞を使っていなかったということである。まず父親であるぼくは家庭内では自分を 「ぼく」と言わないし、アマネのことを二人称的に「ぼく」と呼ぶこともない。

 ただ、源泉として可能性があるものはほかにもいろいろとある。テレビ番組、 特に毎日のように見ているアンパンマンの中のセリフにそんなのがありそうだ。カバオくんが山寺宏一の声で「ぼくもー」と言うとかね。あとは、 たまに行く児童館とかスポーツクラブとかかなあ。

 「ぼくも」という言い方はおもしろい。この言葉が出た状況を合わせてその意味を理解しようとするならば、 「ぼくはあなたの真似をしたい」ということになるだろうか。模倣を宣言しているというか。オースティンにならえば発語内行為 (illocutionary act)である。

 もちろん、「ぼくも」という発話をすることそのものも模倣であろう。模倣というか、 過去の状況を現在において丸ごとなぞりなおしているのであろう。同じくオースティンにならえば、模倣として出現する発語行為 (locutionary act)であったといえる。

 要は、模倣の宣言を模倣しているのである。

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教育はなぜ難しいのか

dun (2008年2月 6日 11:34)|コメント(0)| トラックバック(0)

 現在の職場に籍を置いてすでに5年が経過しようとしています。そのうち3年間、 対外的に学部を紹介する役回りを担ってきました。ウェブサイトの製作管理が主なのですが、 高校生一日体験入学やオープンユニバーシティへの参加、公開講座や説明会での対応などもちょこちょことしてきました。

 ただいま、学部を紹介する高校生向けパンフレット製作にかかりきりです。 原稿や写真などをもらうのに学部内外の人たちとやりとりをし続ける日々で、 この仕事のために書いたメールは100を越えたのではないかと思います。

 こうした仕事をしていると、「この学部の目標が外部の人たちにいかに伝わっていないか」 ということがいやでも分かってしまいます。

「あなたがたは、何をしているのですか?」

 このご質問に対しては、木で鼻をくくるような感じですが、「教育学を研究しているのです」と答えるしかありません。私は教育学のいわゆる専門家ではないので、 教育学とは何かと聞かれて即答できるものをもっていませんでした。いまだに、コメニウスがどうとか、ペスタロッチがどうとか、 クループスカヤがどうとかいう話はできません(院生時代にもうちょっと勉強しておけばよかったのでしょうし、 それができる環境にあったはずなのですが)。ですから、さらにつっこんだ質問をされてもたじろぐだけですし、質問された方もそれを察して 「ああそうですかごきげんよう」とお帰りになるわけです。

 そんな感じだったのですが、3年間も学部について説明をしてきますと、 あくまでもその固有の体制に即してという限定付きですが、教育学とはいったい何を目指す学問なのか、 そしてそれはどうすれば解決されるのかについて自分なりに言葉にすることができるようになりました。言ってみれば、教育学の専門家ではなく、 「この学部」の専門家になってしまったわけです。

 以下、わたしのいるこの学部はいったい何をするところなのかをできるだけわかりやすく書いてみたいと思います。

 教育とは何でしょうか。簡単に言いますと、教育とは、 次の世代の人々がこの世界で生き延びるために今の世代の人々が行うすべての営みです。では、教育学とは何でしょうか。それは、 教育という営みがうまくいくために必要なあらゆる策を講じる営みです。特に典拠があるわけではないのですが、 ごく一般的にまとめるならばこうなるかと思います。

 学を称してまで、教育に策を講じることがそんなに難しいのか、そんなにこの営みは複雑なのかと思われるかもしれません。そう、 難しいですし、複雑です。なぜなら、 自分には他人の行動を思いのままにコントロールすることが不可能だという自明の事実があるからです。 この当たり前のことが、教育という営みには壁となります。

 教育の目標はとりあえずの定義によれば「次世代という他人が生き延びられるようにすること」であり、 その目標を持っているのは現在の世代=自分なのですから、他人に自分の目標をかなえてもらうのが教育だとも言えます。これは、 他人を思いのままコントロールすることは不可能であるという事実に明らかに反しますね。矛盾です。だから、 あえて策を講じなければならないほど、教育とは難しいのです。

 たとえば子育てを考えましょう。

 1歳くらいの子どもがご飯を食べるとき、彼にとって楽なのは手づかみで食べることです。一方で、 親はスプーンや箸を使って食べてもらいたいと思うでしょう。このとき、親にとって一番楽なのは親がスプーンや箸を使ってご飯をとり、 子どもの口の中にもっていくことです。子どもがスプーンを使って食べることを親がコントロールすることはできません。親にできるのは、 自分で自分の手足をコントロールして子どもに食べさせることです。こちらの方がはるかに楽です。しかし、いつまでも楽をしていては、 子どもがスプーンの使い方を学ぶ機会はなかなか訪れません。

 つまり、自分の能動性をおさえて他人の行動にまかせるという部分が教育には必ず含まれているのです。親になると分かりますが、この部分がとても難しい。親が自分でやる方が、子どもにまかせているよりも早いし上手にできるので、ついつい手を出してしまいます。これは、他人のコントロール不可能性からくる衝動に他なりません。

 ちなみにここまで述べてきたようなことは、俗に「教育のパラドクス」などと呼ばれ、 すでにたくさんの人々が言及したり考えたりしてきたことです。

 人類にとって最大級の難問を専門とする人々が集い、共同して解決を講じようとする場、それが教育を対象とするこの学部なのでしょう。このような学部が存在しているということそのものに意義があると、私は思います。

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愛情の欠乏

dun (2008年1月21日 21:28)|コメント(0)| トラックバック(0)

 アマネが再び微熱を出して鼻風邪をひいた。ずびずび鼻をならしながら寝ていたからかどうなのか分からないが、 昨夜は睡眠の波の周期にそって、何度もびええと夜泣きをした。泣くたびにつきあって起こされていたら、気がつくと夜が明けていた。 6時半にようやくぐっすりと眠りにつくことができた。

 そんななので、本日の非常勤最終講義はもうへろへろ。足ががくがくし、のどは痛くなる。とうとうイスに座って講義をした。 たまには楽をさせていただこう。

 講義が終わるとテストの心配をしに来る学生がちらほら。

「出題はどんな形式なんですかあ」

 チミたち、たまには講義内容について質問にきたまえよ。

 この非常勤、来年も受けることにした。半期半期で1コマずつである。

 思えば、ぼくにとって「心理学」についての概説をしなければならないという必然性は、 この講義の講師を務めることによってもたらされた。 正直なところ心理学については何も知らなかったということを知ることができたのが一番の収穫であった。

 しかし別の思いももたげてきた。果たしてぼくは心理学という学問が好きなのだろうか。 どうもぼくは心理学を愛していないのではないかという疑いが年々増してきているように思う。

 愛しているのならもう少し情熱的に語ることがあってもよさそうなものだが、自分で反省するだにぼくの語り口は冷たい。 「~ってなことが言われてるみたいっすよお」と、教科書に毛の生えたくらいの情報を聞き伝えのように話す程度なのである。授業評価に 「熱心な先生です」と書かれれば嬉しい反面、そんなに熱心でもないけどなあと恐縮する。

 心理学の概論を半期でも通年でも語るネタを確かにぼくはもっている。それは必要に迫られてのことだが、貴重な財産になった。しかし 「心理学なるもの」に対してはあまり関心がない。そんなものあるのか?とも思うし。今日、たまたまナラティヴ・ セラピーについて話をしたからますますそう思うのだろうかね。

 最近では、むしろ教育学におもしろさを見いだすようになってきた。これは多分に、 同僚の先生方のされていることを見たり聞いたり話したりしていることに由来するだろう。 コミュニティにおけるアイデンティティの変化にともなって、有意味と見なす学習内容そのものが変化している。まさにLPPだ!

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スポーツ新聞のインタビュー文体

dun (2007年10月 5日 20:30)|コメント(0)| トラックバック(0)

 今年のセは巨人でしたね。応援する阪神にはぜひCSでがんばっていただきたい。

 さて、プロ野球の結果が気になる私はスポーツ新聞をネットでよく読みます。

 最近気になるのは、その独特の文体。それも、地の文ではなく、選手の発話内容の表現。たとえば、2007年10月4日のサンスポ、 タイガース今岡の復活4号ソロの記事には、こうあります。

 二回一死。フルカウントから、グライジンガーの高め144キロだった。自身も納得の一発。最多勝当確の助っ人右腕を叩き、 上園へ8勝目を贈るアーチを手土産に、試合後はただ真っ直ぐ、次の舞台だけを見据えた。

 「いい締めくくりが出来た? これからやからな、俺は。CSでいい仕事を出来るようにな」

 虎党の声援に応えながら、少ない言葉に気持ちを込めた。

 記事に書かれた発話は、当然今岡選手のものと思われます。実はこの記事中、鉤括弧で地の文と区別される3つの発話があるのですが、発話主が誰であるか、明記されていません。

 さて引用された発話は3つのセンテンスから構成されていますが、第一のセンテンス「いい締めくくりが出来た?」は、どうも今岡選手ではなく、インタビュアーの問いかけのように思われます。今岡選手の実際の発話は、2番目と3番目のセンテンスだったように思われるのですが、どうでしょうか。もしもこの推測が正しいとしたら、このカギカッコ内のセンテンスは2つのターンをあたかも1人の発話であるかのようにまとめあげていることとなります。

 一般的に、作文のルールではそのようなことはなされません。前衛小説とかSFでもない限り、発話主の交代は何らかの仕方で明示されるのが普通です。ところが、スポーツ新聞の場合、インタビュアーとインタビュイーのやりとりが1つのターンとして書かれることがしばしば見られる。最近気になると言ったのは、このスポーツ新聞独特と思われる文体のことです。

 さらに気になるのは、一般的なルールは侵犯しているものの、では理解しづらいかというと、そうでもないという点です。先の引用ですと、今岡選手がその通り発話したとしてもおかしくない、と感じられてしまう。つらつら考えてみますと、今岡選手がインタビュアーの質問を「聞き返した」ものとして「いい締めくくりが出来た?」の箇所を理解しているようですね、私は。つまり、「いい締めくくりができたかって?これからやからな...」のように、「かって」を補足して読んでいるようですね、私は。

 いや、作文のルールも知らないのかと怒っているのではないのです。まったく逆で、工夫に富んだおもしろい文体だと感心しているのですよ。

 おそらくはいくつかの理由から生み出されたのではないかと推測します。第一に、いちいち質問と応答を別のカギカッコに入れて書くのは、限られた紙面の無駄遣いという判断があったのではないか。第二に、読者は選手の発話を知りたいのであり、インタビュアーや記者の発話を知りたいわけではない、という判断があったのではないか(結果的には、読者は記者の手を通して知るわけですが)。

 こうしたもろもろの事情の果てに生まれた文体として読むと、また味わいがあります。

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翻訳のココロとは

dun (2007年9月28日 11:50)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ただいま縁あって翻訳の仕事を2本かかえていて、しかもどちらも大急ぎで仕上げなければならないもので、「どうしやう」 と頭を抱えております。頭を抱えるくらいなら指を動かせばいいのですが。

 翻訳にもいろいろな方針があると思うのですが、私が翻訳をする上で肝に銘じていることはただひとつ、「日本語として理解できること」 だけです。

 茂木健一郎さんのブログで最近知った話なのですが、ココロに響いたのでご紹介。有名なようですのでご存じの方も多かろうと思います。 ちょいと脚色を交えて。

 中学の英語の時間。教科書に出てきた"I love you."の一文を学生は「私はあなたを愛しています」と訳した。 完璧な和訳に思われたが、教師は点数をあげなかった。

 「私たちはそんなふうに言わないでしょう」と、その教師。そして出した訳が「月がきれいですね」。

 教師の名は夏目金之助、筆名を漱石といった。

 この話、ぜひ出典を知りたいんですが、ご存じの方はおられませんか。

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会話の進化論

dun (2007年9月11日 11:38)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ISCARでのダメダメな発表から立ち直れずにいます。気持ちを切り替えねばなりませんね。

 はてさて、来週日心での発表準備をしなければならないのですが、 某学会の事務作業がこのところ毎日続いていてどうにもこうにもなりません。今日はようやく学会誌の発送作業を終えました。 300人程度の規模の学会で、類似した学会と比べると小さい方だと思うのですが、 会員への案内を手作業で発送するとなるとやたら多く感じます。

 これが終わると大学院の某作業で拘束されます。1日みっちりと拘束されるわけではないところがまた気持ち悪い。

 話を日心で話す内容に戻しますと、家族の家庭における自然な会話を分析したものを出します。

 コミュニケーションを開始するために、話し手は聞き手の注意を獲得するためのいろいろな方法を駆使しなければなりません。この 「呼びかけ」の手段は、家族間会話でどのように用いられているのかという問題について調べました。

 話を言語的な「呼びかけ」に絞ります。「呼びかけ」にはいくつか種類があります。たとえば「お父さん」「太郎ちゃん」 といったように相手の名前あるいは続柄を呼ぶ。あるいは「ねー」や「ちょっと」などの間投詞を用いる。さらには「見て」 など注意を要求する言葉を用いる、などが考えられます。

 簡単に発見を述べますと、第一に、呼びかけに用いられる単語の種類は、それを用いる話し手と聞き手の関係によって異なっていました。 たとえば、「太郎ちゃん」など相手の名前を呼ぶのは圧倒的に両親が子どもに話しかけるときでした。子どもが両親を呼ぶ際に名前(お父さん、 お母さん)を用いるのはそれと比べれば少ないようです。逆に、子どもが親を呼ぶときに「ねー」「見て」といった言葉が用いられるのですが、 これらを両親が用いることはまったくありませんでした。

 第二に、今回分析した家族の会話では、言語的な呼びかけの手段がほとんど見られない関係がありました。 それは両親の間でのやりとりでした。たとえば、同じ室内に、父、母、子どもがいたとして、それぞれ自分の作業(父は新聞を読むこと、 母はスーパーのチラシを読むこと、子どもは人形で遊ぶこと)に没頭していたとします。このとき、父親が突然、「明日は晴れるんだって」 と新聞を読みながら発話したとします。これに対して、母親が「ふーん」と答えていました。父親の発話に対して返答する義務は、 母と子どもの両方に等しくあるはずなのです。宛先が明示的には指定されていないのですから。しかし、父親による「呼びかけ」 のない発話に対して答えていたのは、ほとんどが母親でした。これはどうしてなのか。

 とりあえずの答えは、二人は夫婦なのだ、というものです。馬鹿にするなと言われそうですが。

 考えてみると、話は核家族の場合に限りますが、子どもが生まれる以前、夫婦は二人きりで暮らしていたわけです。この場合、 「呼びかけ」がなくとも、話し出せばその相手はおのずと決まります。このようなコミュニケーション・ パターンが形成されていた二人と突然同居することとなったのが、子どもです。そのうち、「呼びかけ」 のない夫婦間コミュニケーションと区別するために、「呼びかけ」のある親子間コミュニケーションパターンが選択され、 両方のパターンが併存することとなった、というのが読み筋です。言い換えると、「呼びかけあう」というコミュニケーションは、 「呼びかけあわない」というコミュニケーションと区別できるがゆえに有効に機能するということです。

 会話で使用される言語形式の多様性を進化論的に見ているわけですね。

 これが正しいとするなら、いくつか言語発達研究に対するインプリケーションを挙げられると思います。ひとつは、 子どもが日常を密に暮らす社会的環境全体を一度に見ないと、子どもがなぜある特定の言葉を利用するのかを理解できないということです。 もうひとつは、子どもが使用する言語形式や文法構造はかれがその社会文化的状況において「何者であるか」ということに依存するという、 OchsとSchieffelinの言語的社会化理論への貢献が考えられます。

 以上のようなことを、先日北海道に来たヴァルシナー教授に話そうとしたらうまく説明できませんでした。説明できないのは、間違っているからでしょうね。

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ヴァルシナー教授講演会に行ってきた

dun (2007年8月22日 11:26)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ヤーン・ヴァルシナー教授による講演会が、過日、北海学園大学にて開催された。講演のタイトルは"Ornaments in our minds and in our worlds"。

 オーナメントとは?装飾、飾りである。我々の住む環境にはさまざまなパターンがある。視覚的なパターン、聴覚的なパターン、 嗅覚的なパターンだってあるだろう。また、そのパターンは人工的なものであるかもしれないし、人の手によらないものかもしれない。 とにかく我々は、反復して現れるパターンに取り囲まれている。これをヴァルシナーはオーナメントと呼ぶ。

 ただし。パターンはそれ自身が反復するのではない。反復しているかのように認識する過程が必要である。 なぜならあちらのパターンとこちらのパターンはそもそも異なるものであり、 それらがそのように置かれているというのは一回きりの出来事だからである。ここには「般化generalization」 という過程が必要である。

 ヴァルシナーによれば、般化はダイナミックな過程だ。一方で目の前の複雑さをひとつのカテゴリーにまとめあげる過程 (schematization)があり、他方で目の前の複雑さがそのまま別の複雑な記号体系に移される過程 (pleromatization)がある。両者は逆向きに働くが、その運動として般化が創発するというのである。

 さて、schematizationは図式化でいいと思うのだが、 pleromatizationはヴァルシナーの独特な用語法であり、分かりづらい。図書館でお目当ての本を探そうとしていて、 その隣にあった本を手にとって読んでみたら出てきた言葉のようだ。由来をたどれば、 プレローマpleromaはキリスト教グノーシス派の言葉で、神の力全体を指す。万物の本質はそこから分岐したものであり、 ゆくゆくは全体性へと統合される。調べてみたらこんなところのようだ。ユングやベイトソンも援用していた概念らしい。

 pleroma--Wikipedia

 話をオーナメントに戻そう。ヴァルシナーによれば、オーナメントははじめ、我々を取り囲んでいた外在的なものに依拠していた。 しかしそれは次第に精神内へ内化される。精神内にあるオーナメントは、外在的なパターンを「どのように」知覚するかを規定する。たとえば、 夜空に輝く星の配列に、ひしゃくを見る人もいれば、熊を見る人もいるだろうし、世紀末救世主を見る人もいるだろう。

 しかしことはそれだけにとどまらない。何かをあるオーナメントとして見るということは、不可避的に、 その人のもつ複雑な記号体系へと結びつけられていく過程も含むのである。北斗七星に熊を見るなら、 それは壮大な神話体系の広がりに位置づけられていることを意味する。また、その神話は悲劇でもあろうし、喜劇でもあろう。このように、 オーナメントは「般化された感情的意味場generalized affective meaning field」を構成する。

 ぼくに理解できたのはこんなところである。

 講演会の後は、サッポロビール園に移動して懇親会。ヴァルシナー教授は3年前にすでに1度来たことがあるため、 ジンギスカンのやり方は手慣れたもののよう。ジョッキをもって、アイライクビア、ハハハ、 と笑うその顔がみるみる赤くなっていくのを隣で眺めていた。

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力業の力強さ

dun (2007年7月 7日 13:12)|コメント(0)| トラックバック(0)

 Yahooのニュースなんかでも紹介されたのでご存じの方も多いと思いますが、Scienceにこんな論文が載ったそうです。

  「女性の方がおしゃべり」はウソ?-米大学研究

 紹介されている論文の書誌情報はこちら。

 Mehl, M. R., Vazire, S., Ramírez-Esparza, N., Slatcher, R. B., and Pennebaker, J. W. (2007). Are women really more talkative than men? Science, 5834, p.82.

 まだ読んでいないので詳細は不明なのですが、方法としてはどうやら大学生に録音装置をつけて、その音声から発話語数を単純にカウントした模様です。6年間で396人の発話が採集されたとのこと。

 得られた結果から、男女ともに毎日およそ1万6千語を話しているものと考えられるそうです。著者たちの関心は発話語数の男女差にあったわけですが、統計的に有意な差はなかったらしい。

 つっこもうと思えばつっこみどころは多々あるのでしょうが、私としてはこの研究に素朴に驚嘆してしまいました。

 人は1日にどれくらいの単語数を話しているのか、疑問に思うのは簡単ですが、これを実際に数えるとなるとそうとう苦労するのは目に見えています。いや、実は数えることそれ自体はそれほど手間ではない。形態素分析ソフトのようなものもありますし。

 この手の研究で一番手間がかかる問題は、コンピュータでカウント可能な形に発話を文字化することでしょう。この作業をやったことがある人なら実感として分かりますが、書き起こしはとにかく時間がかかる。ぼくの場合、1時間の会話を書き起こすのに6時間くらいかかります。それを1日分、しかも396人!1人について1日の発話を書き起こすとして、1日のうち起きている時間(録音された時間)を16時間とすると、396(人)×16(時間)×6(時間)=38016時間! 24時間ぶっとおしで書き起こしをしまくるとして、ぼく一人ではまるまる4年以上かかる計算となります。

 繰り返しますが、まだ元を読んでいないので詳細は分かりませんが、仮に396人分の1日の発話を「すべて」書き起こし、文字化した上で、1日に使用された単語数をカウントしたのでしたら、ぼくは素直に拍手を送りたい。

 「ぼくら、1日でどんだけしゃべってんだろうねー」って、なんだか「トリビアの種」のように素朴な疑問です。これに対して回答する術としては、サンプルとなる時間帯を取り出してそこで用いられた単語数から1日の単語数を推計するか、あるいは実際に1日の単語数を数え上げるかしかないわけです。

 こざかしい計量言語学者ならば前者を採用するのでしょうが、あえて後者というイバラの道を選ぶ。言ってみれば、「力業」ですよ。しかし、得られた数は、異論をはさむ余地のないものであります。この力強さ。

 「数え終わりました!1万6千語でした!」

 うつろな目、髪はぼさぼさ、肩はがちがちになったスタッフが、窓から差し込む朝焼けに照らされながら、集計の終わったメモを読み上げる。同じく目やに混じりの眼をしたまわりのスタッフはパチパチと力強く拍手、そしてかれらはそのままばったりと机に倒れ伏し、安らかな寝息をたてはじめるのでありましょう。なんかそんな情景が頭に浮かびますよ。

 理論もない、技術もない、あるのはただひたすら疑問に素朴に答えようとする執念のみ。いいですなあ。

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ケータイ非使用時のケータイ使用について

dun (2007年6月12日 09:24)|コメント(0)| トラックバック(0)

 人目につくようなかたちでケータイを持つことが可能となるためには、2つの条件が満たされていることが必要だろう、という話をした。

 持つことが可能であるとして、では実際にどうやって持っているのか。このことについて街の中の人々の行動を眺めてみよう。

 そのつもりで眺めていると、人々はケータイを実にさまざまな仕方で「持って」いることが分かる。

「ケータイの持ち方」に注目したのは、JRの駅にいたある若い女性の振る舞いを見たせいである。 彼女は折りたたみ式ケータイを右手に持ち、画面が見えるようそれを広げたまま、画面のある側の縁を自分のあごの先につけて立っていた。

 彼女はケータイの主な機能を使ってはいなかった。メールも電話もしていなかった。ただ、ケータイにあごを「載せて」 視線を遠くに投げかけていただけだった。

 しかし、まぎれもなく彼女はケータイを使っていた。手に持つことが可能なモノとして使っていた。 われわれが傘やステッキに体ごともたれかかるように、ケータイにあごがもたれかかっていたのである。

 タイトルの、「非使用時の使用」とはこのことを指す。確かに主機能は使われていない。しかし「あご載せ台」 として使われていたのである。

 「あご載せ台」としての使用法の他に、どのようなものがありうるのか。同じく駅にいた男子高校生の10分間の観察から、 以下のような行動レパートリーが得られた。ちなみに彼が持っていたのは折りたたみ式ケータイであった。

 ・ 頻繁な開閉。
 ・ 開閉の一バージョンとして、ケータイを開いたまま、持った手の肘を支点にして勢いよく上に上げ、その勢いで画面側を閉じる。 「ケン玉型開閉」。
 ・ 閉じたケータイの両横を、手の親指と中指を使ってはさみ、 別の手の指でケータイのアンテナ側とその反対側の端をはじいてくるくると回す。
 ・ 開いた状態で画面側を体の一部にこすりつける。観察された動作としては、ケータイを持っていない側の膝頭が服の上からこすられていた。
 ・ 同様に、開いた状態で、画面側で体の一部をぽんぽんとたたく。同様に膝頭をポンポンとたたいていた。
 ・ アンテナを延ばし、手の指ではじく。アンテナはびよんびよんとしなる。

 彼は待合所のベンチに腰を下ろしており、そのことが多様な行動を可能にした側面もあろう。 たとえばケータイの画面でこすられたりたたかれたりしていた体の部位が膝頭だったのは、座っていたからだと言えそうだ。 もしも立位であったら、他の場所(腿の脇とか)が選ばれていたはずである。

 いずれにせよ、ケータイとは使っていないときにも使われるモノなのである。「もてあそび」という用途を満たすモノとして。

 前のエントリからの話をまとめると、ケータイとは「もちはこび」と「もてあそび」を可能にするモノだということが言える。ここで、 人が人前でケータイを「もてあそぶ」ことが可能となるための条件に、「もちはこび」 が可能となるための諸条件が含まれていることは言うまでもない。

 蛇足だが、ケータイのもてあそび行動を見て取りやすいのは、乳幼児においてである。わが子は1歳前後の頃、 親の使うケータイをしきりに持ちたがった。持っては、パタパタ開いたり閉じたりしてみたり、アンテナを延ばしたり、 キーをプチプチと押したりしていた。

 もてあそび行動のレパートリーとして他に何があるのか、もう少し観察を続けてみようと思う。 今和次郎の考現学のような感じになるだろうか。

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持ち運び可能なモノとしてのケータイ

dun (2007年6月11日 09:23)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ケータイを使った行動について興味をもっている。ケータイとは、携帯電話やPHSを含む移動通信機器をここではまとめてそう呼ぶ。

 ケータイにかんする研究というと、電話やメールなど、それを使ったコミュニケーション行動に焦点があてられている。その一方で、 ケータイのケータイたる所以、すなわち、持ち運ぶことのできるモノという性質にはあまり焦点があてられていないように思われる。

 カバンや衣服のポケットに収納した持ち運びはもちろんのこと、文字通り手にケータイを持ちながら街を歩く人のなんと多いことだろう。 ケータイはコミュニケーション・ツールである以前に、我々が人々のいる社会的環境の中を持ち運ぶことの可能なモノなのである。

 社会的環境の中を持ち運ぶことが可能、とは2つのことを意味する。一つは、 人間が持ち運びできるくらいの形状や重さだという意味である。30kgもあるケータイは物理的に持ち運ぶことが不可能である。

 もう一つは、ある個人が他の人々を前にしている際に、持ち運んでいてもかまわない、おかしくない、という意味である。 これはたとえば、衆人の中を鶏もも肉の塊やむきだしのナイフを手に持って歩いている姿を想像してもらえればよい。 獣の肉の塊を手に持ち歩く人が駅の構内を歩いていたら「変」であるし(「変」とならないための工夫としては、食肉業者的な格好をする、 という手がある)、ナイフをむきだしで持って歩いていると、「変」である以前に銃刀法違反で捕まる。

 面白いことに、紙幣をむきだしのまま手に持って歩くのも「変」である(これはぼくだけの感想か?)。ところが、 びらびら広げた状態だと変なのだが、折りたたんで手の中に入れておくと「変」でない。というか「変」かどうかという判断が、 第三者にはできない。隠れて見えないのだから。だが、容易に想像がつくように、 街を歩く多くの大人は紙幣を身体のどこかに持ち運んでいるはずである。

 このように、他者から見て持ち運びが許されているモノは、実はそんなに多くない。日本のこれまでの歴史の中では、 思いつくままにたとえば傘、ステッキ、うちわ、タバコ、ペット、財布(紙幣は変なのに財布は許される)、 カメラなどが持ち運び可能なモノの一覧に入れられてきた。

 繰り返すが、人間にとって身につけた状態での自力移動が可能な程度の物理的な大きさや重さである、という条件(条件1としよう) とともに、人目につくようなかたちで所持したまま社会的環境の中を移動することが適切だと考えられている、という条件(条件2とする) がそろってはじめて、手にそれを持って歩くことが可能になる。

 ケータイに話を戻すと、1990年代初頭までのケータイは、条件1も満たされていなかったが、 条件2もまた満たされていなかったのである。

 いわゆる自動車電話と呼ばれていた時代は、確かに鈍重な形をしており、手に持ったまま長時間歩くことは至難の業だったろう。 NTTドコモによれば、1985年に世に出たショルダーホンは3㎏近くあったようである。 1987年のケータイ専用機TZ-802型ですら、 900gあった。

 これまでのケータイの歴史の語られ方では、この条件1がいかに満たされていくかという観点が中心になっていたように思われる。 軽薄短小を理想のゴールとする歴史観である。

 ところがその陰で、いかにして条件2が満たされるようになっていったかという歴史観はほとんど語られてこなかった。

 面白いことに、初期のケータイは、人目につくような形で持ち運ぶことが快く思われていなかったのである。たとえば松田・伊藤・ 岡部編(2006)「ケータイのある風景」 所収の松田論文には、金持ちの鼻持ちならなさを象徴するものとして、ケータイをこれ見よがしに持っている人への嫌悪感を語った、 1990年代初頭の文章が引用されていた。条件2が満たされていなかったのである。

 ところが、いつの間にか、条件2は満たされていた。こちらの歴史をきちんと解かない限り、 移動通信機器と人間とのかかわりを理解することは難しいだろう。

 なぜこんなことをつらつらと書いているかというと、ひとつには学部の心理学実習でケータイをテーマに取り上げていることがある。 先日も駅でケータイを使う人の行動を観察しに出かけた。もうひとつは、それとの関連なのだが、ぼく自身、 高校生や大学生のケータイ使用をよく観察するようになったことがある。観察していて気付いたのだが、 ケータイをカバンや衣服のポケットにしまうという時間がほとんどないのである。

 たとえば、駅構内のベンチに座っていたある男子高校生の場合、メールを打ったあと服の胸ポケットにケータイを入れた。 20秒ほどたって取り出し、ふたたび画面に見入った。折りたたみ式ケータイの場合、たたむことはあってもどこかにしまうことはほとんどない。 人目につくところに出しっぱなしなのである。

 こういう光景を見て、世の中には人前で出しっぱなしにできるモノとできないモノがあって、 ケータイは前者の範疇に入るのだなあと考えた次第。

 (もうちょっと続く)

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動機の対象としてのクルマ

dun (2007年6月 4日 09:21)|コメント(0)| トラックバック(0)

 札幌に来て5年目、とうとうクルマを買うことにした。理由は1点、子どもといっしょにあちこちに行くためである。

 なにしろ、安い買い物ではない。買ってみて失敗したと思うのも癪であるから、いろいろと調べてみている。

 クルマの知識はまったくない。トルクがどうこうという知識もない。アドバイスをもらおうにも、何について知りたいかも分からないので、結局アドバイスをする方も途方に暮れるしかないだろうから、もらえずにいる。

 それでもこの週末に近所の中古車屋をまわって、安くて良さそうなのを見つくろった。書類を揃えて来週にも買うような勢いである。

 さて、「クルマを買う」というのは初めての経験である。学生時代は親に頼り切っていた。

 そうこうしているうちに、どうだろう。道を走っているクルマ、駐車場に停まっているクルマのいちいちがどうも気になり始めてきた。メーカー、車種、ボディの色など、とてもとても気になってしまう。歩いていてもつい目がいくし、停まっていればじいっと眺めてしまう。

 これもまた、自分にとっては初めての経験である。もちろん、これまでだってクルマは腐るほど見てきたし、18のときから27までの10年間ほぼ毎日自分でも乗っていた。しかし、そのときは他人の乗っているクルマを見てはいなかったのだろう。いざ自分で、懐を痛めて買うとなると、クルマが急に視界に飛び込んできたのだ。ここまでクルマの「見え方」が変貌するとは思わなかった。

 ちょうど、活動理論の解説を翻訳していたところで、今回のぼくのこの経験にぴったりと符合することがあった。クルマを買うという動機とともに、クルマが行為の目標として、ぼくという行為主体に相関した対象として、発生したと言えるのではないか。世界への志向の仕方が変わると、唐突にモノや人同士の連関の様相が変わる。これまでにぼくの人間関係の網の目の中には絶対に入ってこなかった人々(中古車屋の人、クルマを売る人、買う人)がクルマという対象で結節した大きな活動のシステムをなす。アクターネットワーク風に言うなら、クルマはもちろん、駐車場や印鑑証明といったものもアクターとしてぼくの新たな動機に形を与える。

 みずからの動機が変わることによって世界の見え方そのものが変わったわけだが、実はこのような経験をすでに小説の形で書いている人がいる。夏目漱石である。

「それから」に登場する主人公、長井代助は裕福な父親からの援助で定職に就かずにぶらぶらと過ごしている。ところが、その父からの援助を絶たれ、はじめて自ら職を探さねばならなくなったとき、代助の目には世界にあるさまざまな「赤」が唐突に見えるようになる。青空文庫から引用してみようか。

門野かどのさん。 僕は一寸ちよつと 職業をさが して る」 と云ふや否や、とり 打帽をかぶ つて、 かさ さずに日盛ひざか りのおもて へ飛び出した。
 代助はあつなか けないばかり に、 いそ ぎ足にある いた。 は代助のあたま の上から真直まつすぐ に射おろ した。 かは いたほこり が、 火の の様にかれ素足すあしつゝ んだ。 かれ はぢり/\ とこげ る心持がした。
こげる/\」 とある きながらくちうち で云つた。
 飯田橋へ て電車に つた。 電車は真直にはし した。 代助は車のなかで、
「あゝうごく。 世の中が動く」とはた の人に聞える様に云つた。 かれ あたまは電車の速力を以て回転し した。 回転するに従つて の様にほて つて た。 是で半日乗りつゞ けたら焼き尽す事が出来るだらうと思つた。
 忽ちあか い郵便筒が いた。 すると其赤い色が忽ち代助の あたま なかに飛び込んで、くる/\と回転し始めた。 傘屋かさやの看板に、 赤い蝙蝠傘かうもりがさ を四つかさ ねてたか るしてあつた。 かさ の色が、 又代助のあたま に飛び込んで、くる/\と うづ いた。四つ かどに、大きい真赤な風船玉を売つてるものがあつた。 電車が急にかどまが るとき、風船玉は追懸 おつかけ て、代助の あたまに飛び いた。小包 こづゝみ郵便を せた赤い車がはつと電車と れ違ふとき、又代助の あたま なかに吸ひ込まれた。烟草屋の暖簾が赤かつた。 売出しの旗も赤かつた。電柱が赤かつた。赤ペンキの看板がそれから、それへと つゞいた。 仕舞には世の中が真赤まつかになつた。さうして、代助の あたまを中心としてくるり/\ とほのほいき を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きる迄電車に乗つて行かうと決心した。

 はじめてこの箇所を読んだとき、ちょっとこれはすごいなと慄然としたことを覚えている。そして代助の赤とぼくのクルマはおそらくはおなじ枠組みでうまく説明できるのではないか。そんな気がしている。

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YouTubeで学ぶ心理学

dun (2007年5月11日 09:15)|コメント(0)| トラックバック(0)

 心理学について講義するとき、「こういう映像があればいいのになー」と思うことがあります。実験の様子を口や模式図で説明するのと、 その際の映像を見てもらうのとでは、理解の深みはぜんぜん違うと思うのです。

 もちろん、市販のビデオ教材はありますから、それを使えばよいわけです。また、たまにテレビでもドキュメンタリーや科学バラエティ (という言い方をするのか分かりませんが)で関連するテーマを扱いますので、それをビデオに撮って使うのもいいでしょう。

 とはいえ、輸入学問の悲哀と言うべきでしょうか、やはりアメリカやフランス、 ドイツあたりに蓄積されている心理学関連の映像の量や質は、日本のそれと比べものになりません。そしてそういうものは、 この国に座しているだけでは入手が困難でした。

「でした」と過去形を使ったのは、いまやこうして座しているだけで入手できるようになってしまったからであります。言うまでもなく、 インターネットの登場による変化であります。

 これまでも、秘蔵の映像がデジタル化され、インターネットを通じて入手できる状況はありました。しかし、 それらは個々人あるいは研究施設がまちまちにアップロードしたものであり、いかんせん、 どこに何があるのか知らなければどうしようもなかったわけです。

 ところが、最近はYouTubeに代表されるように、投稿された映像を誰でも閲覧できるサイトができました。言ってみれば、 映像の集積所ができたわけであります。これを利用しない手はありません。

 ためしに、YouTubeに行って、授業に使えそうな映像を探してみましょう。

 例えば、心理学の歴史について授業をしたいとします。そこでは、「行動主義」は必須事項でしょう。そこで、行動主義の産みの親、 "John Watson"を検索すると、こんなのが引っかかってきます。 おそらく、心理学教材か、教養番組の一部でしょうね。有名なアルバート坊やの実験らしきものが映っています。

 便利な世の中になったものであります。

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ケテスタだって

dun (2007年4月17日 09:07)|コメント(0)| トラックバック(0)

 私の現在のサブテーマは、幼児期における音韻意識の発達過程に関する研究である。

 このテーマを扱った先行研究には、幼児に対して介入プログラムを実施するものが少なくない。そういうのを読むと、たまあに、 がちっと組んだ実験がしたくなるわけで、そのへんは母校の"意"伝子のなせるワザであろうか。

 そんなわけで、身近な子どもたちに協力してもらって、いま、ちょっとした実験を繰り返している。結果発表は9月になる予定だが、 うーん、思うような結果が出てこない。そういう悩みもまた楽しさなのであるが。

 で、今日も今日とて実験を終えて研究室に戻ったのだが、そのときにふと思い出したのが掲題のセリフ。ご存じ、『ドラえもん』 にてジャイアンがのたまわったものである。

 ドラえもんの出した秘密道具に「コエカタマリン」という薬がある。この薬を飲むと、出す声が大きな文字となって固まるというもの。 マンガのお約束である、いわゆる書き文字を「声が固まったもの」と見なすという、考えてみればむちゃくちゃな秘密道具である。

 小さくなれる潜水艦で金魚鉢の水の中にもぐったまま大きく戻れなくなったのび太とドラえもんが、コエカタマリンを飲んで叫んだ 「助けて」が、「タ」「ス」「ケ」「テ」という文字の塊となって水中を漂う。それを見た剛田先生が「ケテスタだって」と言う。

 大昔に読んだマンガなのに、なんか俺、いやに覚えてるなあ。

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漢字を使おう

dun (2007年4月16日 08:53)|コメント(0)| トラックバック(0)

 仲間内で出した本がアマゾンに書影付きで載ったのでご紹介。

 卒論・修論をはじめるための心理学理論ガイドブック

 ところで、当該のページの書誌情報を見ると「誰それ(編さん)」となっている。ほんの一瞬、「あれ、"編さん" の正体は誰それさんだったのか」と思ってしまった。

 なんのことか分からない方も多いだろうが、80年代パソコン少年の聖書「マイコンBASICマガジン」(通称ベーマガ)に登場する、電波新聞社社員をモデルとしたキャラに「編さん」(編集部の「編」に、呼称の「さん」をつけた形)と呼ばれる人がいて、彼のことを思い出した、ということである。

 ベーマガとは何か?

 編さんとは誰か?

 そんなレアな連想をする方が悪いと言われてしまえば、はいそうですねと謝るしかないのだけれど、「纂」の字体がコード化されていないわけではないのだから、きちんと漢字で表記したらどうなの、とも思う。変なところで最近の新聞や雑誌のまねをしないで欲しいな。

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出発点が同じでも

dun (2007年4月13日 08:51)|コメント(0)| トラックバック(0)

 4月も中旬に入り、大学の構内を上気した笑顔が行き交うようになった。新しいことの始まる季節には、 何が嬉しいのか自分でも分からぬままに笑みが出てしまうものである。

 こちらも新しい講義が始まるわけだが、今年も非常勤をすることになり、先週そのオリエンテーションをやった。 3~40人といったところ。教務の方は「もっと増えますよ」とのことだが、さて。

 心理学の概略を教えよとのことで、今年は心理学の歴史から始めることにした。しかし、 それを教えるこちらは教科書的な常識以上のことをほとんど知らないときた。

 というわけで、デカルト『方法序説』とロック『人間知性論』を読んだ。

 人間は、すべてを知ることはできない。

 この謙虚な反省から、デカルトとロックはともに出発したのだが、そこから導き出した答えは極端に違っていた。

 ロックは言う。人間には、およそ知り得るものしか知ることができない。そのような制約をもった存在が人間なのである。したがって、 知っていることとは知り得たもののことである。子どもは「すべて」や「神」といった名辞を聞いてはじめて知るのであり、その反対ではない。

 デカルトは言う。有限の存在であるところの身体をもつ人間は、確かに「すべて」を知ることができないはずなのだが、 にもかかわらずその精神は「すべて」という何かがあることを知っている。ゆえに「すべて」は精神にとって先験的に知られた何かであり、 かつ実在する。ここで「すべて」を、「神」と言い換えても同じだ。

 ロックは生得論者に対し、たとえば「神」といった生得的な観念があるとするなら、子どもは神を「知りつつ、知らない」 という矛盾した状態にあることになる。デカルトはこの矛盾を、精神と身体を分けた上で、精神は神を知っているが、身体(あるいは感覚) はそれを経験することができないとして回避した。

 デカルトとロックがはまったこの問題、ぼくのカンでは、そもそも「人間はすべてを知ることができない」 という否定を含む言語的命題から出発してしまったことにポイントがあるように思う。

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a memorandum for analyzing conversation of children (2)

dun (2007年2月26日 15:19)|コメント(0)| トラックバック(0)

 Goffman(1961)において提起された、状況的活動システム(situated activity system)と状況的役割(situated role)という2つの概念を見ておきたい。

 状況的活動システムとは、活動の目標を共有する参加者たちが構成するある程度閉鎖的なまとまりであり、状況的役割とは、そうしたシステムが反復されることで形成される、参加者が遂行すべき行為のパターンである(Goffman, 1961, 邦訳 p.98-100)。

 状況的活動システムの身近な例は会話であろう。会話の「輪」がシステムの境界を指し示し、「話し手」や「聞き手」といった会話上の役割が、「輪」の中での適切なふるまいを参加者にとって予期可能なものとする。


文献
Goffman, E. 1961 Encounters: two studies in tehe sociology of interaction. New York : The Bobbs-Merrill Company. (佐藤毅・折橋徹彦(訳) 1985 出会い:相互行為の社会学 誠信書房)

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a memorandum for analyzing conversation of children (1)

dun (2007年2月26日 15:18)|コメント(0)| トラックバック(0)

 GoffmanとSacksのそれぞれの相互行為についての見方には、安易に統合できない違いのあることが指摘されている。高原・林・林(2002)は、Goffmanにさかのぼるコミュニケーション研究のパラダイムを「相互行為分析」、Sacksにさかのぼるそれを「会話分析」とそれぞれ呼び、その発想の違いに触れている。

 たとえば、相互行為分析と会話分析のひとつの違いは、ある行為の「原因」をどのように説明するかにある。前者の見方によれば、「原因」の一部は参与者の内的な認識に求められる。ある発話が起こるのは参与者がそれを用いてなんらかの効果を相互行為の場にもたらそうと「意図した」ことによる。

 一方、後者の会話分析では、参加者たちは行為の「原因」なるものを互いに提示し、承認しあいながら相互行為を進めていくという見方を取る。相互行為分析では「原因」の一つとされた参加者の「意図」の扱いに関して、Sacksに影響を与えたエスノメソドロジーでは、その実在の真偽を問わない。むしろ、相互行為において参加者が実際に何を「意図」や「動機」と見なし、またそれらについていかに語るかを明らかにすることを目指す。

 行為の「原因」なるものをいかに捉えるかは興味深い問題である(「原因」としての知覚と行為に関する議論として、高木(2000)がある)。


文献
高木光太郎 2000 行為・知覚・文化:状況的認知アプローチにおける文化の実体化について 心理学評論, 43(1), 43-51.
高原脩・林宅男・林礼子 2002 プラグマティックスの展開 勁草書房

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早期教育へ誘う言葉

dun (2007年2月 1日 20:22)|コメント(0)| トラックバック(0)

 大学から帰り、たどり着いた団地の地階にある集合郵便受けを開けるたび、早期教育について考えざるを得なくなる。

 たとえば「今回が最後のご案内!」とデカデカと書かれた封書を開くと、親が1歳児とどのように遊べばよいのか、 その指南を教材とともに送ってくれるという案内が、見本教材とともに飛び出してくる。

 「最近、お子様との遊びがマンネリ化していませんか?」
 「1歳頃のお子様は知的能力が急速に発達しています。ワンパターンの遊び方ではお子様が飽きてしまうのです」
 「お子様の成長にあわせた教材を毎月お送り致します」
 「ワタシニデンワシテクダサイ」

 最後のは違うか。

 この会社の案内はまだましである。うさんくさい封書として面白かったのは、「脳活性化」モノ。なんでも、 脳を活性化させる遊びをさせると、IQが160になるのだそうである。

 その他、近所の英会話教室のチラシが入ってくる。1歳頃の子どもには、歌や踊りで遊びながら英語に親しむことから始めるのだそうだ。

 ちょっと前まではどうでもよいものとしてポイポイ捨てていたが、最近はとっておいて集めるようにしている。なぜか。

 「早期教育への誘い」はいかなる語り口によってなされるのか、について調べるためである。

 先日読んだ、苅谷剛彦・増田ユリヤ『欲ばり過ぎるニッポンの教育』には、 早期から子どもを外国語に触れさせようとする親の言葉が紹介されていた。最近は英語ばかりか、中国語に触れさせようとする人もいるらしい。

 こうした親の行動を引き起こすきっかけは、おそらくごく素朴なものだろう。 たとえば郵便受けの中に入り込むチラシやDMの類というのは、地味ではあるが、静かに効いてくるのではないか。 最近そのように考えるようになった。

 第一子を育てている親にとって子どもの発達とはいかなるものか不明である。毎日、 手探りの中で子どもの反応をみながらやりくりしているだけである。もちろんそれしかできないのだし、それでよい。ただ、 先が不明であるということは、ちょうど霧の中をさまよっているように、現在の状態を解釈する手掛かりがないということでもある。

 早期教育へと誘う媒体は、そうした不明の現在を解釈するひとつの手掛かりを与えている。たとえば、先に紹介した「遊びのマンネリ化」 は、親子の現在の状態を枠づける機能を果たすだろう。もちろん、実際のところ、 子どもにとって家庭内の遊びが退屈なものになっていたのかもしれない。それはそうなのだが、重要なことは、早期教育へと誘う媒体は、 子どもに対するオルタナティブなパースペクティブを親に与えるかもしれない、ということである。

 もちろん、親というものはチラシやDMの情報に簡単にひっかかるものだ、などと言っているのではない。 チラシやDMは言語的情報であるがゆえに、それらを読むことにより、 親が子どもについて語ったり考えたりする際に用いる語彙が増える可能性がある、ということを言いたいのである。

 子どもを可能性のかたまりと見なすこと、子どもをその能力によって語ること、そして、子どもを投資の対象と見なすこと。 早期教育とは、子どもに対する見方や語り方となんらかの仕方で結託して成立する活動であるはずだ。

 では、そうしたチラシやDMはどのような語彙を用いて子どもを語ろうとするのか。こうして先の調査目的に戻る。 調査といっても趣味としてやるものなのであるが。

 現在、我が家に届いたDMの一部が研究室に置いてある。これからも増えるだろう。 このようにして私は労せずに資料を手に入れているのである。

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過去との強制的邂逅

dun (2007年1月26日 20:20)|コメント(0)| トラックバック(0)

 基礎ゼミ。本日が最後。

 これまで、別冊発達から関心のあるテーマを扱った章を1つずつ選んでレポートしてもらってきた。それだけだと、どうしても「こーいうことがあいてありました」で終わってしまう。そこで、各章で取り上げられていた研究を身近な人数名で追試する、という課題を正月前に出した。その結果をラスト3回で発表してもらうのだが、今日はその最終回でもあった。

 5名の発表があったが、一人の学生さんが自分が2歳の時のホームビデオを引っ張り出して持ってきてくれた。彼女はごっこ遊びについて発表してくれていたのだが、「2歳頃にふり遊びができるようになる」という文献中の記述を確認するために、自分の過去の姿を見てくれたのである。

 ビデオで彼女は手にしたカバンの中にもう一方の手を突っ込み、「グー」の形をしたままテーブルにその手を置いた。そして再び、その手をカバンの中に突っ込んだ。さて、テーブルをはさんで彼女のおじいさんが座っていたのだが、おじいさんは彼女の「グー」がカバンの中に去った後、それがあった場所の空気をつかみ、その手を自分の口に持っていった。

 こう記述すると動きが分かりにくいが、見たところ、2歳のこの学生さんはカバンから「パン」を取り出し、テーブルの上に置いたらしい。おじいさんはその「パン」を手にとって食べるふりをしたというわけである。

 現実にはそこには手しかないのだが、あたかもパンがあるかのように2人ともふるまっていたという点で、この場面は象徴遊びの萌芽として解釈できるのではないか、というのが発表者の結論であった。

 結論に異論はない。発表を聞いてひとつ感慨深く思ったのは、現在の学生さんは自分の小さい頃の映ったビデオを利用することができるのだなということ。現在20歳の学生が2歳のころだから1990年。もうすでにその頃には家庭用ビデオカメラはだいぶ普及していたことだろう。誕生日や旅行といった家族のイベントごとに撮影が行なわれたこともあったに違いない。

 おそらく学生たちの実家のどこかに眠っているであろうそうした幼少期のホームビデオ映像を使った授業は何かできないか。来年度、どこかでやってみよう。

 アマネはその点、短めのムービーばかりなのでちょっとどうかな。最近きちんとビデオを撮っていないので、そろそろ長めに回してみるか。

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卒論の何が難しいのか

dun (2007年1月18日 20:01)|コメント(0)| トラックバック(0)

 先週は卒論発表会、今週は修論発表会がそれぞれ開かれた。本日、副査として出なければならない発表が終わり、これで一連の発表モノが一段落することとなった。息つく間もなく、来週からは来年度に向けた資料作成が始まる。

 卒論生は昨年クリスマスに本文の提出がすんでいるのだが、発表用の資料作りは正月明けてからとなった人が大半であった。今年の発表会は成人の日の連休明けてすぐに始まったため、資料作成にあてることのできる期間が少なかった。発表会の直前まで資料を束ねるのに苦労していたようだ。

 15分という短い限られた時間の中に1年間かけて書き上げた内容を圧縮することは難しい。ここにも一種の「捨てる技術」が必要となる。捨て所を間違え、自分の「主張」のみを言おうとして、根拠を示したがらない学生もいる。パワーポイントを作成しても、主張の根拠として「グラフを出せばいいのに」と思うのだが、どうしても主張を「文」としてスライドに盛り込みたがる。そういう点は事前の練習会で徹底的にたたいておいたので、発表当日はなおっていた。

 これで卒論生たちは1年間の重荷からほぼ完全に解放されたわけである。おつかれさま。

 それにしても、卒論と聞くとなぜに学生は(かつての私も含めて、だが)身構えてしまうのか。「問題を発見し、それについて根拠を示しながら自分の主張を述べる」という課題は、おそらく彼らにとっては生まれて初めてのものではないだろう。研究の文体を取っていなくても、日常生活でおそらくごく些細な場面で行なっている活動である。たとえば、こんなふうに。

「○○ってなんだったっけー」←問題の発見
「△じゃねーか。ケータイで調べてみっか」←主張の陳述、調査
「どうだった?」
「やっぱり△だったよー、ほれ」←根拠の提示

 上のような日常的な友人とのやりとりにも、「問題の発見」「根拠の提示」「主張の陳述」といった一連の課題の含まれていることが見て取れるのである。

 それを一定の形式に載せるというのが、おそらく難しいところなのだ。その点が試練なのであり、かつまた私たち指導教員にとっても試練なのである。

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概念とスクリプト

dun (2006年12月30日 20:24)|コメント(0)| トラックバック(0)

 先のエントリーにも書きましたが、札幌から茨城へやってまいりました。

 帰省前日の関東地方を季節はずれの暴風雨が襲っていたらしく、着陸を目前にした飛行機に名残の横風があたって機体はぐらぐらと揺れていました。うう、気持ち悪い。

P1000705.jpg

 ちょうど妹と甥っ子が遊びに来ており、実家に豆台風が発生してしまいました。

 甥っ子はちょくちょく遊びに来るので、実家には子ども用のままごとキッチンがしつらえられていました。それを見たアマネも我が物のように遊びはじめました。

 本格的なキッチンセットで、ガスコンロのスイッチをひねると「コココ、ゴー」と音がして五徳の下が赤く光るのですね。さらに、専用の鍋をその上に載せると、「くつくつくつ」と音が鳴ります。ふたりとも大のお気に入りのようで、並んで遊んでいました。

P1000710.jpg

 アマネの遊んでいる様子を見ていると、面白いことに気付きます。鍋におもちゃのニンジンが入っているのですが、鍋の蓋を取ってから、シウマイ弁当の醤油さしを右手に持って鍋にその中身をふりかけているようなのです。あたかも、料理に調味料を入れているかのように。かのように、ではなく、当人にはそうなのでしょう。なかなか堂に入ったものでした。

P1000730-thumb.jpg(MOV形式、11747KB)

 さて、ここで気になるのは、彼はいったい何を手掛かりとしてこうした一連の行為を行なっているのだろうか、という問題です。

 醤油さしに入っているのが、鍋にふりかける物、すなわち鍋には入れないもの(つまり、食材でないもの)だと考えているのか。鍋にはニンジンが入っており、醤油さしをそれと同等の物と扱って良いはずですが、そうはしていない。逆に、おもちゃのニンジンやピーマンを使って、醤油さしでしたのと同様の行為をすることはない。

 仮に、彼が実際、醤油さしを鍋の上で振る物と考えていたとして、料理中に調味料をふるという手順がここでは再現されていたことになります。料理スクリプトとでも呼べばよいでしょうか、彼はそのスクリプトを再現していたようにも見えます。

 ここから推測するに、目の前にいる16ヶ月児は、自分の手に持っている物が「調味料」の代替物であり、それを鍋の上で振るということが「料理」の一工程であると認識していた、と言えそうです。そしてこれまでの認知発達心理学はそのように記述することが多かったように思います。

 さて、この見方をどう崩していくか。彼の行動をずっと見つめなければ、概念とスクリプトによる説明(これは実際のところ、言い換えをしただけで説明にはなっていないのですが)を越える何かは見えないのだろうなと思いました。

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An individual as a grin

dun (2006年10月30日 14:31)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ようやっと原稿を書き上げた。関係各位にはひどくご迷惑をおかけしました。ここに謹んでお詫び申し上げます。

 嬉しくなり、帰途東急に寄ってギネスと獺祭を買い晩酌とした。

 何に苦しんでいたかと言うと、ジェイムズ・ワーチを短大生・学部生向けに紹介するという作業に心底苦労していたのである。 苦しんでいたのだが、正確な紹介が必要なのではなく、分かりやすいこと、 自分にも社会文化的アプローチを理論的枠組みとして使えそうだと思わせることが重要だと考え直し、正確さは多少犠牲になろうとも、 具体的な例をふんだんに混ぜながら書いて何とか脱稿した。

 で、PCを開いてみると、かつて苦しんでいたさなかに書いていた一文を発見した。 学部生に分かりやすい例えはないかと呻吟していた頃のものである。結局使わずじまいだったのだが、 もったいないのでここにご披露する次第である。


 どうも昨日からアマネが激しく下している。夜中、寝ているときまでぷっぷとやっているので、妻は対応に追われて寝不足気味、 こちらは手伝いに起きたまま眠れず、このような時間に仕事をしている。

 個人と環境の描き方をめぐって、苦しんでいる。

 ワーチの社会文化的アプローチは、近代西欧的自我論の前提である個人と環境の二分法を超克せんとするものである。 どう超克するかと言えば、個人と環境をあらかじめ措定することが認識論的な錯誤だとすることによってである。それらは、 行為によって事後的に生まれる。行為とは、あたかも、真白き紙を切り裂く鋏のようなものだ。 鋏による裂開が単一の紙を二つのパートを生み出していく。私がイメージするところの、 社会文化的アプローチにおける行為観はこのようなものである。

 近代西欧的自我論の失敗は、事後的に生まれるはずの個人を説明の出発点としたことにある。これはあたかも、 「ネコなしのにやにや笑い」である。アリスのチェシャネコは、にやにや笑いだけを残して消えていった。これがナンセンスだと理解できるのは、 にやにや笑いはネコの属性だということを私たちが知っているからにほかならない。ところが人間の知について説明する段になると、 私たちはにやにや笑いだけを見ようとしてしまう。ネコがにやにや笑いを作ったように、自然が個人を作ったにもかかわらず。

 個人と環境とのこうした錯誤をチェシャネコに例えたのは、これが言葉遊びだからである。

 ここまでのところですでに明らかなように、行為から説明を出発するにせよ、「個人」「環境」という言葉をそこに含めざるをえない。 「個人が環境に対して行為する」といったように。ここで、個人とにやにや笑いをアナロジカルにとらえるなら、「行為が個人し、環境する」 と言い換えることができる。こんなの言葉遊びではないか、と思われるだろう。しかし、 社会文化的アプローチが念頭に置く現実とはまさにこのようなものなのである。こうした表現がおかしいと思うのは、 社会文化的アプローチがおかしいのではなく、まさに言語が個人中心主義を構成していることの明白な証拠なのである。


 なるほど。かつての私はこのようなことを考えていたのか。

 かつて、ヴィゴツキーやポリツェルは、抽象的カテゴリを心理の本質とする古典的心理学を非難し、 かわりに具体的個人の動態を描くドラマ心理学の構想を提示した。ワーチはその批判を再び繰り返しているのである。 そのことを私はここでチェシャネコに託したのだった。

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落ち込みに行く

dun (2006年8月29日 13:57)|コメント(0)| トラックバック(0)

 日曜、月曜と、名古屋にて研究会。大学院の頃からの仲間内で出す本の編集会議である。

 自分の担当した章が締め切りに間に合わず、シノプシスだけ提出しての参加であったため、まことにばつが悪い。無能さをひけらかしに行くようなものである。どんなに画期的なアイディアがあったとしても、期限に間に合わなければただのゴミくずである。卒論や修論を書く学生にふだんそう言っているだけに、落ち込み度+3。

 書いたものの受けもあまり芳しくない。落ち込み度+2。

 せめてまっとうな文章を書いて、締め切りに遅れず、迷惑をかけないようにしよう。

 行き帰りの移動で、高木先生の「証言の心理学」を読了。

証言の心理学―記憶を信じる、記憶を疑う (中公新書)
高木 光太郎
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 書かれた言葉から一貫した人格を復元するという作業が、先生たちが最後にたどりついたスキーマ・アプローチだという理解でよいだろうか。そうだとするなら、それは俳優が台本から登場人物の内的な一貫性を探るというスタニスラフスキー・システムに似ている。ヴィゴツキーが「思考と言語」第7章で触れている、あらゆる言葉に映し出された意識とは実はそのことではないか。

 あとがきを読み、高木先生にも書けなくなることがあるんだとなんだか安心した。落ち込み度少し回復。

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集中講義

dun (2006年8月 2日 22:44)|コメント(0)| トラックバック(0)

 31日から本日2日にかけて、大学院の集中講義に佐々木正人先生がいらっしゃいました。

 佐々木先生と言えばアフォーダンス。いろいろと日頃より募る疑問もあったのですが、仕事柄裏方に徹することが多く、ろくすっぽお話しせぬまま終わってしまった感じです。

 今回の講義は、最新の著作『ダーウィン的方法』および『動く赤ちゃん事典』の紹介を中心に進められました。

 ダーウィン的方法とは、理解できた範囲で端的に申し上げれば、行為によってなぞられる輪郭をもって環境を描くための方法です。

 たとえば階段とは常識的には上階に移動するための通路ですが、そのほかにもいろいろと使い道があります。座ることもできるし、ひな飾りのように物を並べて飾ることもできます。このように、ふだん私たちが簡単に「階段」と言って済ませる環境が、行為によって多様な仕方で利用されていることが分かります。この仕方をできるかぎり列挙することが、とりあえず現時点で佐々木先生の取っている生態心理学へのアプローチであり、それをダーウィン的方法と呼んでいる、と理解しました。

 『動く赤ちゃん事典』の紹介もありましたが、なかにこんな映像がありました。

 10か月の男児が、いっしょうけんめい冷蔵庫の脇にある棚の引き出しから、調味料やら小麦粉の袋やらを取り出している。「何をしているんだろう?」と見ていると、中の物を取り出すのをやめて、やおら立ち上がり、引き出しの縁に手をついて片足をあげようとしている。どうも、引き出しの中から物が出されて空いたスペースに、自分の体を入れようとしているらしい。

 こんなことは、小さな子どもを見ているとよくあるわけです。そのたびに、「なんでこんなことをするんだろう?」と不思議に思います。はたまた、「なんでこんなこともできないんだろう?」と考えることもあります。たとえば、おとなしくごはんを食べるとか。

 しかし、佐々木先生のアプローチからするなら、小さな子どもの行動からわたしたちが感じることとは、「人間って、こういう環境に出会ったとき、こんなこともできるんだ」という驚きなのだと言えます。

 佐々木先生がおっしゃっておられましたが、環境とは「ある-ない」の世界ではなく、「ある」しかない世界です。「ない」のない世界なのですね。当たり前ですが、このことは人間の認知発達を考えるとき、絶望的なほどに重要です。

 人間の行為もそうで、「なんでできないんだろう」「なんでこんな(アホな)ことをするんだろう」と、ついつい陥りがちなこれらの思考スタイルは、言ってみれば、人間の行為に欠損を見ているわけですね。そうではなく、常に肯定形で行為を記述することが、私たちの住む世界によりそった方法と言える。肯定形ですから、人間のやってしまった行為群はいずれもすべて対等に記述されるべき価値を持つ。だから羅列的にどうしてもなってしまう。事典製作プロジェクトは、赤ちゃんの行為を「とにかくたくさん集める」というところから出発したのだそうです。

 おもしろい方法だと思います。特に共感を覚えたのは、否定形のない世界(これがギブソンの言うリアリズムの一面だと思います)に私たちが住んでいるというところ。そして言語心理学的に面白いのは、そうした世界に住みながら、言語的には否定形を用いているという事実です。

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沈黙を見ねばならない

dun (2006年7月 3日 21:38)|コメント(0)| トラックバック(0)

 沈黙は多様である。このことを分かりやすく示しているのが、小津安二郎の映画『お早よう』(1959年、松竹)である。

 高度経済成長期の日本の庶民生活をユーモラスに描いたこの映画は、「黙っていること」が主要なモチーフだと思われる。そこでは2種類の沈黙が登場する。

 第一の沈黙は、発話の不在という形式をとる。映画に登場する林家の2人の子どもは、テレビを両親にねだる。そのあまりのやかましさに、父親の笠智衆は「男の子は黙っていろ」としかる。へそを曲げた子どもたちは、誰とも口をきかなくなる。

 家族や隣近所の人々とも口をきかないし、学校の授業中にもしゃべらない。結局このストライキは、父親がテレビを買ったために終了する。ここで、子どもたちのしたことが第一の沈黙である。

 一方、第二の沈黙の場合、発話が存在する。子どもたちはある青年(佐田啓二)の家に英語を習いに通っていた。その青年の元へ、子どもたちの若き叔母(久我美子)が仕事を依頼しにたびたび訪れる。青年の姉は彼に、彼女に対する好意を指摘するが、青年は答えをはぐらかす。

 こうして映画のラストシーン、当の2人が駅のホームで偶然出会う。天気のことなどたわいない話題を交わすだけで、結局2人のお互いに対する気持ちははっきりとは語られない。ここで観客が、2人の会話の背後にあると感じるものが、第二の沈黙である。

 第一の沈黙が典型なのが狭義の沈黙、すなわち不在の発話である。一方で、第二の沈黙の場合、発話は存在するものの、聞く者にとってその発話は、会話の核心だとは思われず、結果的に、「話し手が話すべき核心」の存在が浮かび上がる。つまり、聞き手は話し手について、あることについては話し、それとは別のあることについては沈黙している、と推測するのである。こうして第二の沈黙は、未遂の発話として捉えられる。

 ひるがえって、言語発達研究、あるいは相互行為研究の文献を読むと、沈黙が単にデータの不在としてしか捉えられていないことが分かる。人々にとっては話すことが至上の命題なのであって、沈黙とは「話す」という必死の作業の合間の止まり木のようなものでしかない。そのように描かれるのだ。

 しかし上で見たように、沈黙はシンプルなものではない。そこでも人々はいろいろなことをしているのである。ある人は、生命について知るには死についても知らねばならないと言ったそうだが、発話について知るには、沈黙についても知らねばならないようだ。

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院生と研究会

dun (2006年4月28日 22:14)|コメント(0)| トラックバック(0)

 さて、昨日は大学院のゼミでした。今年はマスターの学生さんが2名入ってきました。今回はかれらに卒論の反省と修論に向けた構想発表をしてもらいました。

 いずれの計画も、まだぼんやりとしていて、「とにかくがんばってくれ」としか言えないような感じでした。「おもしろい」と感じている現象はあるものの、それをどうしたらいいのか分からない。徒手空拳というか。これからの大学院生活で必要なことは、いろいろな「武器」を身につけることでしょうね。それでもって集めたデータに対峙すること。

 武器というのは、要するに理論であり、方法論です。ですがマスターの段階では、まずは先に理論にどっぷりと浸かってみることをおすすめします。方法論については、修論を書いた後、隣接領域を横断できる余裕が出てきたころに勉強すると面白いと思います。

 振り返ってみると、自分はどうだったんでしょうか。

 とにかく本を読まねばと、なんか気ばかり焦って、学内でいろいろな読書会や研究会を立ち上げてはつぶしていただけのような気がします。さいわい東京近郊でさまざまな研究会が毎週のように開かれていたので、面白そうなものには臆面もなく顔を出していましたね。そのうちのいくつかは確実に今の自分の方向性を決定づけましたし、仲間と呼べるような方々も見つけることができました。いろいろな人に会ってまったく知らないことを聞くことが、ほんとに楽しかった。逆もそうですね。知らない人に自分がどういう研究をしているか話すことは、自信になります。プレゼンの基礎スキルを磨くことにもなると思いますし。

 ですから、集まりに参加するということは、もちろんそれに専心することは本末転倒なのかもしれませんが、研究を進める上で大切だと思うのですね。

 話は飛びますが、発達心理学会の分科会に認知発達理論分科会というのがあります。ぼくはここにもとてもお世話になったという実感があります。ここのよいところは、くくりが大雑把だという点です。参加する人が実際に採用しているアプローチや、具体的な研究対象や関心はバラバラなんです。それでも、実にさまざまな最新の理論を学ぶ。悪く言えば意地汚いのですが(本当に失礼だな)、よく言えば自分が現在のところ採用している理論を相対化できるという利点があります。

 たとえばここ見てください。ワクワクするでしょう。しないですか?しないでもいいです。ぼくはしたんですね、院生時代に。だから、ぼく自身はたぶんヴィゴツキアンだけど、ピアジェも読んだし、コネクショニズムも読んだし、マイクロジェネティックも読んだし、ダイナミックシステムズアプローチも読みました。身についているかどうかは分かりませんが。

 マスターのうちからふらふらするのは必ずしもいいことだとは思いません。ですが、一つのアプローチの奥底に潜っていくばかりではそのうち息苦しくなってくることもあるかと思います。そのとき、周辺から漏れてくる光明のようなものに触れてみるのもよいでしょう。

 そういう光明に触れられるような集まりを、ここ札幌で作りたいという欲望があります。まずは若い有職者で集まって、そこにとんがった院生を巻き込んでいくのがいいのかなとか、いろいろ考えてはいるのですが、どうしたらよいか。

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藍よりも青い君

dun (2006年3月24日 14:34)|コメント(0)| トラックバック(0)

 今日は卒業式だった。

 学部の祝賀会会場へ踏み入れると、色とりどりの縮緬が視界を覆った。昨日卒業生に会ったので聞いていたのだが、朝5時起きで美容室に入るのだそうだ。どんな服を着ても良いのだが、服にはそれに見合うしゃべり方、笑い方、歩き方があるのだということは覚えておいてほしい。

 ゼミの4年生から色紙と記念品をいただく。みんなの手助けができたかどうか分からないけど、ありがとう。藍よりも青くなってくれ。

 それにしても、と毎年思う。

 昨年の2月頃には卒論など書けるのだろうかと部屋に来て悩みを口にしていた彼/女らが、いつの間にかそれなりに形なすものを書き上げ、それなりの評価を得る。これは目を見張る学習過程である。この過程を傍から眺めて分析できないかとも思うのだが、本人も必死、それを見守るスーパーバイザーも必死とあって、なかなかできないでいる。

 祝賀会を20分で辞し、研究会へ。

 埼玉県立大学から、小児看護を専門とされる徳本弘子先生と添田啓子先生がいらして、先生方が看護学生に行なっている実習の方法について意見交換。学生たちは乳児に触った経験がないか、ごく少ない。そういう現状のなか、実際の病棟に連れて行ってもよいくらいにまで、乳児の扱い方を習得させなければならない。これが先生方の抱えた問題である。

 学生さんたちはグループになって、喘息様の症状が見られるという想定で乳児の人形に対処する、という課題にあたる。体重や身長を測るんでも、体重計にタオルをどうやって敷くか、身長計にどう赤ちゃんを乗せるか、グループのなかで声をかけ合いながら作業を進めていく。ただ、ビデオを見ると、乳児の人形を抱く両腕の形がとにかくあぶなっかしい学生さんもいれば、しっかりと安定した抱き方のできる学生さんもいる。離れたところで作業するために、一次的に人形をテーブルの端に置く学生さんもいて、見ているこちらは思わず「うわ」と声を上げてしまった。

 もちろん子どもに接したことがないのだからできないのは仕方ない。しかし彼女らは(ビデオに出ていたのは全員女性だった)数日間の実習を通して、一通り赤ちゃんの扱い方を身につける。さらには、人形に一個の人格を見出すに至る(それを目論み、はじめから人形には「あっくん」という名前がつけられていた)。

 座学を通して一応の知識と基礎技能を学び、次の段階で演習を通して一連の身体技能を学び、さらに実習を通して現場での総合を試す。このように、場を横断することが看護教育の4年間を通して一貫しているのである。

 乳児保育を担当しているという保育士の方が、会に参加されていた。保育士の中には、2年間の教育を終えて現場に入り、突然生後半年ぐらいの子どもを受け持つことになる人もいる。そうした場合、びいと床で泣く赤ちゃんの枕元に棒のように立ちつくし、どうすればいいのですかという目で見る人もいるそうだ。しかたない、赤ちゃんを実際にあやしたことがなければ、やり方など分からないのは当たり前である。

 たぶん、2年間や4年間というごく短い期間で、「学習することを学習する」ように学生に仕向けなければならないのだろう。難しいけれど、現場に行って動けるようになるためには絶対に必要なことだ。

 研究会の打ち上げで、北大そばの居酒屋「しょうた」へ。これからの大学のあり方について、先生方が杯を傾けながらとりとめなく語り合うのを聞く。

 明日は朝5時起きで、美容室ではなく、青森へ。

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職場の世代交代

dun (2006年3月18日 14:29)|コメント(0)| トラックバック(0)

 いまや転職など当たり前の時代、一つの職場で世代が交代する機会などごく稀であろう。昨日今日とそういう稀な機会があったので感じるところを書く。

 私が奉職している学部の教授お二方が今月で定年を迎えられ、めでたく退官されていく。昨日はそれをお祝いする会が教員親睦会主催で開かれ、本日はお二方合同の最終講義が催された。

 「昭和50年にこの学部に来て云々」とおっしゃっておられたが、私はその年生まれである。そのことを直接申し上げることはしなかった。そんなことは私が言わずとも、もう十分、世代は交代するという事実に戸惑って来られたことと思う。それでもなお、旧世代に属されようがなんだろうが、ご自分で出来うるお仕事をまっとうされ、最後の数年間のお勤めを果たされたのだろう。実に清々しいお顔であった。

 もちろん、自分が古い世代に入るという出来事は誰の身にも起こることである。これを書いている私もそのうち古い人間と呼ばれるわけだ。そんなことは当たり前である。

 そんなときに、無理に新しい世代に合わせようとすることを、新しい世代に属する、少なくとも私は、旧世代の方々には求めていない。時折、新しい世代のことをなんとかご理解なさろうとする御仁、さらにはその表面的な装飾や言説をご自分の身に纏おうとなさる御仁もおられる。あるいはまた、理解できないことに腹を立て、あいつら若い世代はとただ怒ることしかなさらない御仁もおられる。しかし私は、旧い世代の方々にそんなことはしていただきたくはない。

 言い方が正しいのかどうか分からないが、なんらかの「高み」を体現していていただきたいのである。高みとは、私には到底到達しえない場所である。それこそ、「三丁目の夕日」ではないが、その時代、その場所を共有していた世代でないと絶対に理解し得ない何かというものがあるのなら、それは新しい世代には絶対に知り得ないものなのである。それを黙って見せていただければそれでよいのである。媚びていただく必要も、叱っていただく必要もない。

 30年の間、一つ所で多くの学生を世に送り出してこられた先輩に、新しい世代に属する私から何か申し上げることなど、たとえば「長年お疲れ様でした云々」などという表現はとてもではないが畏れ多い。世代の交代に際しては、「どうだ」「分かりました」「うむ」と言うだけのやりとりこそがふさわしいのだろう。そこに至るまでにすべてがあるのである。そうしたやりとりが成立するような関係を築くことは、実は教育というものの到達する一つの極だと思う。

 そしてかく言う私もある世代からすればすでに旧世代なのである。私の一挙手一投足が新しい世代にしてみれば学ぶべき何かなのだ。

 分かりました。かな。

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吾妻讃

dun (2006年1月17日 10:55)|コメント(0)| トラックバック(0)

 すーぱーがーるカンパニーから『吾妻讃』(本当は、讃の字が少し違う。夫2つではなく、先2つだ)が届く。

 去年吾妻先生が『失踪日記』で日本漫画家協会大賞を受賞したのをうけて作られたファンジンである。表紙は『失踪日記』にあわせて、オレンジ色。

 お祝いの言葉を述べる執筆者がすごい。新井素子、とり・みき、米沢嘉博などなどなど。受賞式のレポートや、『失踪日記』について書かれた書評一覧まである。

 授賞式でもそうだったようだが、いま、古くからのファンが走り回って吾妻先生を支えようとしているようだ。そうした方々には頭が上がらない。

 漫画家の悲惨さが最近あちこちで喧伝されるようになってきた。稿料の安さもさることながら、人気がなくなれば使い捨てされ、挙げ句の果てには四畳半のアパートでひっそりと息を引き取るといったこともあるらしい。

 声高に言わないだけで同業者はそうした過酷な状況を知っているのだろう。昨年の受賞には、彼岸より戻ってきた人、サバイバーへの敬意もあったのかもしれない。もちろん、作品として面白いのは当然なのだが。

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鬼ごっこの矛盾

dun (2006年1月 6日 10:28)|コメント(0)| トラックバック(0)

 研究で去年の4月に撮影した幼稚園での自由遊びのビデオを見返している。

 4月なのでまだ園になじめない子も多く、そうした子はおもちゃを持ち出してそれに一人で興じたり、あるいは先生の後をくっついて歩いたりする。

 見たビデオでは、先生と子どもたちがいっしょになって室内で鬼ごっこをしていた。部屋の中をぐるぐると、鬼役の先生に追いかけられて子どもたちが逃げている。

 その先生のあとを入園したばかりの子が追いかける。先生と話をしたくてうずうずしているようでもあり、ときに追いかける先生の先回りをしたりする。

 これを見ていてはっとしたのだが、鬼ごっこという遊びは「好きな人から逃げる」ということなのだ。ここでの「好きな人」とは別に恋愛感情にある人ではなく、いっしょにいたい人、という程度の関係と思ってほしい。先生と子どもたちはちょうどそんな感じの関係だろう。

 入園したばかりの子どもは、好きな人に近づこうとする。だから先生の後を追いかける。しかし、鬼ごっこに参加することのできる子どもは、逆に、好きな人から逃げていく。逃げるという行為が、いっしょにいることの証なのである。

 しかし、逃げるという行為は、当然ながらいっしょにいるという関係性をくずす契機を含む。だから本気になって逃げてしまうと(たとえば絶対に見つからない場所に隠れるとか)遊びが成立しなくなる。

 子どもはこうした矛盾をやすやすと生きている。鬼ごっこにおいて、子どもたちは相反する要求を調和させる能力が試されている。

 きっとこんなことは誰もが思いつくことなんだろうなあと思いながらも、ちょっとおもしろかったのでここに書きつけておいた。

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煩悩は消えず

dun (2005年12月31日 10:26)|コメント(0)| トラックバック(0)

 百八煩悩を追い払うとのことで、今夜あちこちの寺院で鐘が撞かれるのだが、身辺にはいまだ瑣事の多く、心安らかにして新春を迎えるとまではいかぬ。

 家人共々いまだに頭やら腹やらの調子があがらない。月曜に食った生牡蠣がどうもいけなかったのではとの噂あり。

 今朝方奥歯の詰め物が取れてしまった。正月休みにつきいきつけの歯医者は開いていない。4日を待って駆け込むか。

 そして、大学の先輩の訃報を聞く。にこにことしていたご尊顔を思い出す。残念。

 かように煩悩は消えず、ただ消そうとする煩悩が残るのみ。

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61年目の子ども

dun (2005年12月23日 10:23)|コメント(0)| トラックバック(0)

 朝から北海道医療大学へ。N先生の実験に、アマネを参加させるためだ。母親とのインタラクションをさまざまな角度から調べるというもの。脇で見学させていただいた。

 実験終了後、札幌駅の東急で食事。そのあとロフトの紀伊国屋へ。妻の実家から図書カードをいただいたので、有益に使わなければと、欲しかった写真集を買う。

 日本の子ども60年

 1945年から2005年の60年、広島に原爆が炸裂した3時間後の写真から、ゴスロリまで。子どもを写した写真204点を集めたもの。表紙の写真は土門拳の撮ったあの筑豊の子である。

051223.jpg

 これまでの60年をかかえた子が、これからの60年を生きていく。ぼくらはそのための道をならしていく役目を負っている。60年後、もしもまた同じような写真集が出たなら、その表紙には今度は笑顔の子の姿がありますよう。

 帰宅したら、嬉しいことが。K田さんよりアマネにクリスマスプレゼントが届いていた。ありがとうございます!

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頭を英語に

dun (2005年12月22日 10:22)|コメント(0)| トラックバック(0)

 ただいま英語で論文を書いているところ。

 しばらく作っていなかった頭のモードなので、取り戻すのに苦労している。リハビリと称して、いままで貯めていたものの読む暇のなかった英語の先行研究をガシガシと読んでいる。そんなわけでじわじわとモードの切り替えを行なっている。

 ふと気になって、TOEFLの無料オンライン模試というのを受けてみた。リスニング、構文、リーディングがそれぞれ10問ずつ出題される。

 構文、リーディングはなんとかなるが、問題はやはりリスニングである。何を言っているのか聞き取れない。結局170点しかとれなかった。

 やはり、勝負すべき舞台を見定めるならば、言葉の問題はクリアしたい。最近、ささやかな楽しみや幸せばかりで満足して、大きな目標を失っていたけど、ちょっと本気で考えておきたい。

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ドーナツ

dun (2005年12月22日 10:21)|コメント(0)| トラックバック(0)

 今年(今年度、ではなく)最後の非常勤。

 クリスマスも近いし、札幌駅のミスドでドーナツを買って行く。学生といっしょに食べながら講義をするため。人数が少ないからできる芸当である。本日は3名だった。ドーナツがあるぞと言うと、3人とも諸手を挙げて喜んでいた。

 先週の講義で性同一性障害について話題を振ってみたのだけど、学生からそのことについて、ちょっと考えさせられる話を聞いた。

 そのあとつらつら考えたことがあった。思うに、性の同一性のありかたはそう単純ではない。

 ここに、身体的には男性である人がいるとしよう。その人が身体的性に違和感をもつとして、「性指向として男性を指向すること」と「身体的性としての男性を嫌悪すること」は違うと思う。もう少し簡単に言うと、「女性になりたいと考えること」と「自分が男性ではないと考えること」は同じではない。同じではないかと思われるかもしれないが、そうではない。

 このことは、ジェンダーあるいはセクシュアリティが3種類あった場合に明らかになる。男性ではない場合、女性と第三の性のどちらかを選択することとなる。すると、女性になりたいことは、選択肢のひとつに過ぎないことが分かる。ジェンダーあるいはセクシュアリティが2種類しかない場合には、男性でない場合は女性になるしかないから、女性になりたい願望と男性性の否定とを同じことと考えて不都合がないというだけの話なのである。

 ここでは、3種類あるいはそれ以上あるものが「ジェンダー」であることが、ひとつのポイントとなるかもしれない。

 てなことをつらつら考えながら帰途についた。

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Nスペ

dun (2005年12月 6日 10:11)|コメント(0)| トラックバック(0)

 現在NHKに対する視聴者の風当たりが強まっているようだが、ぼくはいくつかの理由で、なんとかNHKにはがんばっていただきたいと思っている。

 理由のひとつが、タイトルに挙げたNHKスペシャルをはじめとするドキュメンタリーを見たいからである。受信料を投げ銭と考えたら、払うに値する、良質なものを観ることができると思う。

 先日放送された、免疫学者の多田富雄さんの現在を取材したNスペもよかった。脳梗塞で倒れてから右半身不随に。喉の辺りの麻痺も残ったようで、言葉も出ないし、食べ物を飲み込むのも難しいようだ。よだれをたらした姿はお世辞にも格好いいとは言えなかった。

 それでも多田先生は(謦咳に接したことなどあるはずもないが、あえて先生とお呼びしたい)倒れるまでは使わなかったというパソコンを覚え、それから6冊も本を書き、新作能も(この方は能もするのだ)数本書いた。

 5年越しの原稿がどうだとか言ってる場合じゃない。俺はこんなことでいいのか。泣けてくるよまったく。

 そのあとで観たNHKアーカイブスの宮沢賢治もよかった。1992年の放送だそうだが、賢治の教え子さんが矍鑠としておられ、農学校時代に賢治が作って学生と歌ったオペレッタを再現してくださっていた。『星めぐりの歌』など、賢治は歌もいいのである。

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社会と心理学の接点

dun (2005年10月29日 00:48)|コメント(0)| トラックバック(0)

 以下の文章は、10月30日に開催される北海道心理学会で行われる予定のシンポジウム「心理学が社会にできること」にて話そうとしていたものである。

 書いていてなんだか面白くないし、話が抽象的だし、結論もありきたりだし、将来の具体的な道筋も描けていないので、棚上げすることにした。ただ、ふくらませられれば面白くなる可能性はあるような気もする。そこで、議論のたたき台にでもなればと、人目にさらすことにした。何かご意見がある方はコメントいただければさいわいです。


 心理学は社会にたいしてどう貢献できるのか?この問いを向けられてどう答えるか。

 そもそも心理学も社会の大きな営みの一部だと考えれば、この問いは、研究者集団とそれ以外の人びととの分業体制をどのように調節するのか、と読み替えることができるだろう。

 この分業体制のあり方にはいくつかの種類があるだろう。少なくとも3つ挙げられると思う。

(1)社会からの要請とそれへの応答
 研究者集団がなんらかの社会的課題を解決するという依頼を受け、そのための基礎研究を実施。研究結果を社会的課題を抱えた現場へ還元する。

(2)心理学概念の社会的普及
 研究者が説明に使用する概念を、研究者以外が使用する。日常的経験で得られた知を体系化するうえで不可欠である。

 私的な経験だが、子育てサークルに参加したときのこと、3ヶ月くらいの子どもを連れてきた母親が、子どもの成長の程度を紹介する際に「喃語」という言葉を用いた、ということがあった。

「喃語」という言葉は、現在では一般的に使われることは少ないが、そもそもは、ぺちゃくちゃしゃべること、男女がいちゃいちゃしゃべることを指す。
 くだんの母親は明らかに発達心理学用語としてこの単語を用いていた。子どもの成長の説明に心理学概念が入り込んでいる例といえるだろう。

 (1)(2)はいかにも成功した分業体制であるように思われる。知を得たいものの道具も時間もない人びとと、知を得ることに道具と時間をかけている人びととが相補的関係にある。

 しかし、これら2つの集団には、分業しているがゆえに、互いに見えない部分がある。成果を求める側は知見が生産された現場を見ていないし、知見を生産した側は成果が用いられることに無力である。その結果、次の(3)のような接点を考えねばならなくなる。

(3)心理学概念の暴走
 研究者の使用する概念が普及する一方で、概念の埋め込まれていた作業仮説や理論が失われ、概念のみが先走ってしまうこともある。

 たとえば、現在、脳の研究から得られた知見を教育に活用しようとする動き、あるいはそのような要請がある。ためしにAmazonで「脳」「教育」をキーワードとしてAND検索してみた(2005年10月28日調べ)。157点のヒットがあったが、1980年から2001年までは年間10冊以下の出版点数で推移していたものの、2002年以降、2003年を除いて、出版点数が年間20冊を超えていた。近年の出版界での「脳と教育」ブームを示す結果と言えよう。

 このことについて「世界」2005年11月号が、伊藤正男、榊原洋一、柳沢正史、河原ノリエ各氏による討論を掲載している。
 討論の趣意は、こうである。現在脳科学では分子的レベルとより高次の意識や心のレベルという2つのレベルでの議論がおこなわれている。分子的レベルでの知見は確実に積み上げられているが、それと意識のレベルとをつなげるブレイクスルーはいまだ見えない。ただ、研究者は橋渡しはいつか可能と信じて研究を続けている。

 この段階では実にさまざまな作業仮説が生まれる。たとえば、同性愛者と異性愛者のあいだで、脳内のある部位の活動や神経伝達物質の多少に差異が見られたとする。すると、当の物質が同性愛の原因である可能性はある。

 この研究結果はあくまでも相関に基づくものであり、因果関係をつきとめたわけではない。なぜならクリティカルな原因が別にあるかもしれないからだ。研究者はそのことを重々承知しており、可能性の指摘にとどめる。研究はこの可能性の確からしさを上げていくことにターゲットをしぼっていく。

 一方で、作業仮説を独自の文脈で読み解こうとする人びともいる。討論で主として挙げられていたのは、教育学、ジャーナリズム、そして一部の企業である。これらにかかわる人の中には、作業仮説にすぎなかったものを科学者お墨付きの結論として採用し、広報に努める。仮説はいつのまにか事実となるわけで、その際には科学的言説が一種の権威として用いられるのである。

 では、研究者は、果たしてこの状況を指をくわえてただ眺めているだけでよいのかだろうか。

 何がどこまで分かっているのか、それはどのようにして分かったのか、結局のところ何が分かっていないのか。少なくとも、これらのことを真摯に伝えようとする努力は必要だろう。そのためには研究者集団とその他の集団とのあいだを橋渡しする良質の翻訳者が必要だ(優秀な翻訳者が優秀な研究者であるケースもあろう)。流布する知を批判的に眺めるサイエンス・リテラシーの教育もそれを下支えするはずだ。

 都合のいい概念を得て先走ろうとする社会的動向がどこかにあるならば、それをなだめることはいかにして可能か。おそらく、分業のあり方を見直す作業から明らかになるだろう。

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若手とは

dun (2005年8月27日 23:26)|コメント(0)| トラックバック(0)

 野暮用で非常勤先の大学へ。偶然、知り合いのM先生に遭う。

 十月末に開かれる小さな学会で、M先生とともにシンポジウムのスピーカーになっているのだが、話す内容について相談。学会の実行委員会が企画した(のだと思うのだが)シンポだが、提案されたたたき台には「若手研究者からの発信」というサブタイトルがついていた。

「なんでわざわざ若手であることを強調するのだろう」とM先生は疑問に感じてらしたようだ。

 夕方過ぎから、学部で研究交流会。

 この9月に転出される同僚に、これまでの成果を発表してもらい、そのあと壮行会を開こうという趣旨。

 集まったのは発表者含めて6名。2000年以降に赴任した「若手教員」というくくりで集めた。

 S先生のフィールドはインドで、初等教育にかんしてどのような問題があるのか、これから自分の手で掘り起こしていくのだという決意表明として聞いた。

 発表終了後、場所を移して札幌駅北口の飲み屋へ。幹事をしていたのと、酔っぱらってしまったのとで、何を話したのかあまり覚えていない。安心して酔っぱらえたのは、緊張していなかったからだろう。年の近い「若手」の集まりだったからこそ。

 「若手」の意義について考えた1日であった。

 翌日、宿酔でトイレと布団を往復したのも、まだ自分が若造であることの証か。

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